第14話 軍議
夕刻。
軍議が行われている広間を、重苦しい空気が支配していた。
長大なテーブルには、ホッホブルク領と周辺の地形が記された大きな地図が広げられ、エドマンドさんを中心に、武官や文官たちが苦い顔でそれを囲んでいる。
わたしとレオニー団長も、末席に並んで立っていた。
「状況は最悪です!」
白髪まじりの髭をたくわえた、古参の大臣――軍務卿のバルテルが、血ばしった目でテーブルを叩いた。
「崖下の前哨砦が限界を迎えております! 敵はゼクセン帝国の重装兵、その数はおよそ三万。我が軍の五千では到底防ぎきれません。
ただちに砦を放棄し、領地境の『大縁崖』まで後退して迎えうつべきですが……問題はあの地形です!」
バルテル大臣の声に、他の武官たちも絶望に満ちた顔で重々しくうなずく。
「あの大崖には、軍が通れる規模の大峡谷が二か所、さらに歩兵が登れる中規模の谷が四か所もあります。五千の兵をすべての谷に分けると、一か所あたりの守備隊は千人にも満たない!」
「もし自分が守る谷に、敵の主力三万が現れたらどうなるか……あっという間に突破されるでしょう!」
「くそっ、敵は圧倒的な兵力差を活かし、複数の谷を同時に攻めてくるに違いない」
「それに、無数にある枯れ沢から別働隊がはい上がってくるやもしれん。どこから主力が来るかわからん以上、防ぎようがないぞ……!」
軍議の場は、兵力の分散という弱点を前に完全なパニックになりかけていた。
(なるほど……ゼクセン帝国は大国らしく、いくつもの谷へ同時に兵を向けて、フェイントをかけるつもりなんだね。でも、それなら打つ手はある)
堂々めぐりの議論を聞きながら、わたしは地図上の「大縁崖」と、その上に広がる平坦な「高平原」の地形を見比べていた。
(あの大臣、マジメに兵力を分けようとしてるけど、それじゃマンガのかませキャラの戦術だよ……。
大軍に対して兵力を分散させるなんて自殺行為だって、歴史モノの動画とかでもさんざん言ってた)
ふと視線を感じて顔を上げると、上座のエドマンドさんが、こちらの様子を静かにうかがっていた。
「あの、少しよろしいでしょうか」
キャスター時代と同じ、落ちついたよく通る声を発すると視線が一斉にこちらへと集まった。エドマンドさんがうなずく。
「構わん。申してみよ、ケイ殿」
「ありがとうございます。……結論から言いますと、すべての谷に兵を均等に分散させるのは、絶対にやめてください」
辺境伯の許可を得たとはいえ、いきなり口をはさんで自分たちの戦術を真っ向から否定したよそ者の小娘に、バルテル大臣はカッとなって怒鳴った。
「なんだ貴様は! どこぞの貴族の令嬢か知らんが、小娘が戦を語るな! 谷をふさがずして、どうやって三万の軍勢を食いとめるというのだ!」
「地図を見てください」
わたしは全く動じず、テーブル上の地図の『大峡谷』を指さした。
「ゼクセン帝国が東から攻め込むとき、大量の補給馬車を崖上に引き上げるためには、道幅が広く傾斜のゆるいこの『大峡谷』を通るしかありません。
つまり、敵の主力は必ずここに来ます。中規模の谷へ派手に向かってくる敵は、こちらの援軍を釣り出すための陽動です」
淡々と兵站の理屈を突きつけると、バルテル大臣は言葉に詰まり、他の武官たちもハッとしたように地図に見入った。
「……な、ならばなおさらだ! 『大峡谷』に全軍を集中させろと言うのか! もし読みが外れてほかの谷を抜かれ、側面から回りこまれたら終わりではないか!」
「いいえ。谷の出口で待ち構えるのは『足止め用の最小限の守備隊』だけで十分です。残りの主力は、崖の上に待機させます」
「なんだと!?」
地図の上をスッと指でなぞり、大縁崖の上に広がる平坦な高地をトントンと叩く。
「この戦いのカギは、崖上の『横の機動力』です。大縁崖の上は平坦で、馬の機動力が活かせます。
主力を『遊撃本隊』として崖上に待機させ、敵の主力が現れた危険な谷へ、一点集中で急行させるんです」
想像もつかなかった発想に、バルテル大臣は目を見ひらいたまま固まった。
「三万もの大軍が、狭い谷筋を登る時、軍列はどうなりますか? 縦に細長ーく伸びてしまいますよね。
敵の先頭が谷を登りきり、顔を出したタイミングで、こちらの遊撃本隊が囲んで一気に叩くんです。
後続の敵は狭い斜面に詰まっていて、前方の援護に行けません」
「……っ!」
「つまり、どこから来ても、敵の先頭数百だけを確実に『各個撃破の陣』にはめることができる。これなら、五千の兵力でも三万の大軍をすり潰せます。
枯れ沢から登ってくる少数の工作兵は、軽騎兵を崖上で巡回させて処理すればいい」
(ゲームの防衛戦でよくやる王道のハメ技じゃん……。マップの狭い一本道に敵をおびき寄せて、渋滞して動けなくなった先頭から、囲んでチクチクとケズるやつ)
理路整然とした戦術に、軍議の間は水を打ったように静まり返った。
レオニー団長は、静かに感嘆の声を漏らしている。
「……」
バルテル大臣は反論する言葉を失い、ワナワナとふるえながら地図の『大縁崖』を見おろしている。
それまで黙って聞いていたエドマンドさんが、静かに口を開いた。
「ケイ殿の策を採用する」
「父上!」
レオニー団長がパッと顔を輝かせた。エドマンドさんは地図をじっと見つめたあと、姿勢を正し、力強い号令を発した。
「全軍に通達! 東の国境砦を放棄し、『大縁崖』にて陣を敷け! それぞれの谷に守備隊を置き、主力を崖上の遊撃に回す。
地形を読みきり、ゼクセンの先陣を我らの総力で各個撃破せよ!」
高度な情報戦と機動力を駆使した、ホッホブルクの命運をかけた防衛戦の火ぶたが切って落とされる。
出陣は二日後に決まった。
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