第13話 練兵場
「さて、私はこれから精霊騎士団の演習に向かわねばなりません。ケイ殿はどうされますか? 」
「あ、わたしもついて行っていいですか? 騎士団の訓練、見てみたいです」
レオニー団長は「もちろんです」と笑顔で快諾してくれた。
案内されたのは、城のすぐ近くにある広大な練兵場。そこでは数十人の女性騎士たちが、気合いの入った掛け声を響かせながら稽古に励んでいた。
「これが我が『精霊騎士団』です。今から約百五十年前に『三導師様が発展させたこの地を、我々の手で護り継ごう』という理念の下に創設されました」
レオニー団長が、誇らしげに練兵場を見渡しながら教えてくれた。
「名称は、女神様の御使い『精霊様』からお借りしています。出自に貴賤は問いません。
三導師様がそうであったように、孤児院から素質のある少女たちを募る制度もあるのですよ」
「そうなんですね……」
わたしは深い感慨を覚えていた。
あの子たちの生きた証や想いが、ただの石像や伝承だけでなく、こうして「人を育てるシステム」としてこの時代にも脈々と受け継がれている。
その事実が、何よりも嬉しかった。
「団長、お疲れ様です!」
そこへ、少し大人っぽいショートボブに髪を切り揃えた、柔らかな顔立ちの女性騎士が駆け寄ってきた。
「ああ、ご苦労、セリア副官。皆の仕上がりはどうだ?」
「はっ。近日に控えた戦いに向けて、気合いに満ちております。……して、そちらの可愛らしいご令嬢は?」
セリアと呼ばれた副官が、不思議そうにわたしを見た。
「父上の強いご意向で、今回のゼクセンとの戦いに同行されることになった、ケイ殿だ」
「わたしも前線に行きます。皆さん、よろしくお願いしますね」
笑顔で挨拶をしたのだけど……セリア副官をはじめ、集まってきた騎士たちは顔を見合わせて、何とも言えない苦笑いを浮かべている。
「あの……ケイ殿、とおっしゃいましたか。お気持ちは大変ありがたい。ですが、実戦とは血で血を洗う過酷なものです。正直、足手まといになる危険性が……」
セリア副官が言葉を選びながらも、はっきりと難色を示した。
(まあ、そりゃそうだよね。見た目はひ弱な一般人だし)
と、頭では彼女たちの言い分が真っ当だと理解しつつも、あからさまに「守られポジション」扱いされたので、思わずぷくっと頬をふくらませてしまった。
「足手まといにはなりませんよ。自分の身くらい自分で守れますし」
「ふふっ、強気ね。……団長、よろしければ私、ヴィルヘルミーナが彼女の『護身術』の腕前を拝見しましょうか? もちろん、手加減はいたしますので」
見かねたのか、赤毛を三つ編みにした勝気そうな若い騎士が一歩前に出た。
「ミーナ……」レオニー団長は少し迷う素振りを見せたが、やがて鋭い視線でわたしを見つめ「……怪我はさせないように」としぶしぶ頷いた。
「それじゃあ、武器を借りてもいいですか?」
わたしは練兵場の隅に置かれた武器ラックから、細身で軽い訓練用の木剣を手に取る。
シュンッ、シュンッ!
手首のスナップを利かせ、空を切るように軽く二度振ってみる。うん、これがいいかな。
「……ほう。なかなかサマになっているではありませんか。ケイ殿、剣の修行は何年くらいされたのですか?」
「ええと……だいたい百年くらい?」
「ははは、それは頼もしい!」
周囲の騎士たちからドッと笑いが起きた。完全に冗談だと思われている。
(いや、本当なんだけどな。昔お兄様から教わった型を、毎朝の運動がてら百年くらい、やり続けてただけだけど……)
ともあれ、わたしは木剣を下げたまま四メートルほどの距離で、ミーナと呼ばれた若い騎士と向かい合った。
相手は両手持ちの木剣を軽々と上段に構え、油断のない表情を見せている。
「では、始め!」
セリア副官の鋭い声が響いた。
「行きますよ!」
ミーナさんが地面を蹴り、勢いよく間合いを詰めてこようとした――その瞬間。
『精霊式』
『加速』
精霊たちが、瞬時に式へ呼応した。
足元と背後に作り出した高気圧――その圧縮された空気を後方へ一気に噴射し、反作用を推進力に変える。
パンッ!! という小さな破裂音とともに、低い体勢をとったわたしの体は、常人には目で追えないほどの超高速で前へと突進していた。
足元から土煙が爆ぜる。
「えっ!?」
自ら突進しようとしていたはずが、それよりはるかに速い踏みこみで目前に迫られ、ミーナさんが驚愕の声を漏らす。
彼女はあわてて剣を振りおろそうとしたが、わたしは木剣を相手の刀身の側面に沿わせ、振り下ろされる力を利用して円の軌道で柔らかく受け流す。
相手の体勢が前のめりに崩れた瞬間。今度は右腕の周囲に圧縮しておいた高気圧を解放した。
強烈な風のブーストで非力さを補い、木剣を鍔元へすべり込ませてそのまま下からひねり上げる。
その勢いで彼女は手首の関節を反対側に極められる形となった。たまらず手放した剣を、そのまま空中へ大きく弾き飛ばす。
カラン、と乾いた音を立てて、両手剣が後方の地面に転がった。
そして木剣の切っ先を、目を見開いて硬直する相手の首元にピタリと寸分違わず突きつける。
練兵場が、水を打ったような静寂に包まれた。
誰もが何が起きたのか理解できず、あ然としてこちらを見ていた。レオニー団長でさえ、驚愕に目を見開いて固まっている。
「ね? 言ったでしょ。自分の身くらい守れるって」
首元の剣をスッと引く。
⋯⋯ちょっと大人げない気もするけれど、仕方ない。ここで『守られるべきか弱い令嬢』というレッテルを貼られてしまうと、最前線に出してもらえなくなる可能性があるからね。
(純粋な剣の腕にはそんなに自信がないんだけど……お兄様に感謝)
心の中で遠い空に向かってそっとお礼を言いながら、わたしはペコリと頭を下げた。
「それじゃあ、そういうことなので。皆さんよろしくお願いしますね!」
木剣をセリア副官に押し付け、くるりと踵を返して城へ向かって歩き出す。
背後からは、ミーナさんが興奮気味に話しこむ声が聞こえる。『強い剣士』と思ってくれたみたいで、胸をなで下ろした。
「あっ……お、お待ちください! ケイ殿! ⋯⋯セリア! 後の訓練は任せたぞ!」
小走りで追いついたレオニー団長が、騎士団長としての鋭い表情を取り戻して話しかけてきた。
「夕刻より軍議を開きます。⋯⋯父上から、貴女にも必ず同席していただきたいと伝えられております」
そのただならぬ気配に、気を引き締めてうなずいた。
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