第11話 大聖堂
広場を抜けて大通りをしばらく進むと、開けた空間の先に、天を突くような巨大な建造物が現れた。
「これがシュテルンフェルス大聖堂です」
レオニー団長は、誇らしげに建物を見渡した。
緻密な彫刻が施された白亜の石壁に、色あざやかなステンドグラス。見上げると首が痛くなるほどの高さを誇る尖塔が、陽の光を浴びて神々しく輝いている。
「国中を探しても、これほどの規模を誇る聖堂は他にありません。なにせここは、大陸でもっとも信者が多い『天候と豊穣の女神レヴィナ様』を祀る、信仰の総本山ですからね」
大聖堂の周辺は、広場以上の熱気に包まれていた。神妙な面持ちで祈りを捧げる地元の人々だけでなく、長旅の疲れをまとった巡礼者たちの姿も数多く見受けられる。
入り口付近には、巡礼者向けのお土産や、ちょっとしたお守りを売る屋台まで並んでいた。
「レヴィナ様の御加護が宿る木札はいかがかな! 持っているだけで災厄から身を守ってくださるぞ!」
威勢のいい売り子の声を聞きながら、わたしは内心でそっとツッコミを入れた。
(御加護なんていつ宿らせたし……というか、この辺り、精霊たちがいっぱい飛んでる)
常人には見えないけれど、大聖堂の周囲には人々の感謝や祈りのポジティブな感情に引き寄せられたかのように、光の蝶たちがキラキラと楽しげに飛び交っていた。
「我々も祈りを捧げていきましょう。並びますよ」
レオニー団長に促され、大聖堂の中へと足を踏み入れる。高い天井には荘厳な賛美歌が響きわたり、祭壇へ向かってゆっくりと進む人々の長い列ができていた。
しばらく並び、ようやくわたしたちの順番が来た。
「さあ!」というようにレオニー団長が横に退き、わたしは祭壇の前に進み出た。
見上げるような高い台座の上に、大きな女神レヴィナの石像が鎮座している。わたしは両手を胸の前で組み、大理石の床に跪いた。
(……ええと。これ、どういう顔で祈ればいいの?)
目を閉じて祈りのポーズをとったものの、よくよく考えれば「自分自身の像」に向かって祈りを捧げているわけで……
あまりにもシュールな状況に、心の底からやさぐれた気分になってくる。
『あははははっ!』
『自分で自分にお祈りしてるー!』
『ウケるー!』
『変なのー!』
頭の中で、精霊たちが爆笑する声が響く。キラキラとまたたいて笑う彼らを心の中でにらみつけながら、わたしは薄目を開けて、正面の女神像を観察した。
(……ていうか、全然似てなくない? 誰よこれ。なんか無駄にふくよかだし。……絶対、本人の方が美人だわ)
心の中でブツブツと文句をたれつつも、周囲の信者たちが捧げる純粋な祈りのエネルギーに心が洗われる。
ここで祈ってもらってもわたしに何か伝わるわけではないけれど、信仰という形で人々の心が一つになり、それが再びこの土地を潤す。
その循環自体は、とても尊くよいことだ。
視線を横に向けると、女神像の足元を囲むように三体の少し小さめの石像が配置されていた。
あの子たちだ。
「……リナ、エミリー、サアラ」
こちらの像は、女神像とは違ってしっかりと面影が残っていた。おそらく、彼女たちが二十代前半の頃の姿をモデルにしたのだろう。
若々しくも、強い決意を秘めた立派な顔立ちをしていた。
わたしは居住まいを正し、今度こそ心の底からの真摯な想いをこめて、深く頭を下げた。
(本当に、よく頑張ったね。……ありがとう)
長い祈りを終えて立ち上がると、傍らで見ていたレオニー団長が、どこか満足げな、安堵したような表情を浮かべていた。
「ヴィナ」という名を口にした怪しい女が、三導師の像の前でこれほどまでに深い祈りを捧げたことで、彼女の中の警戒心がまた一つ解けたのかもしれない。
「立派な信仰心ですね。……さあ、そろそろ戻りましょうか」
柔らかくなった声色にうなずき、わたしたちは大聖堂の出口へと向かって歩き出そうとしたとき。
「そ、そこのお方! 少々お待ちくだされ!」
背後から切羽詰まったような声が響き、慌ただしい足音が近づいてきた。
振り返ると、豪華な祭服を着た年配の神官が、わたしの顔……正確には、わたしの「頭の後ろ」を凝視しながら息を切らしていた。
「遺物研究のバルガス司祭⋯⋯何か用でしょうか?」
レオニー団長が訝しげに間に割って入るが、神官の目は完全にわたしの後頭部――髪をたばねている木製の髪留めに釘付けになっていた。
「あ、あの……不躾ながらお尋ねいたします。貴女様が身につけておられるその木彫りの髪留め……それは、いかなる意匠でしょうか?」
「えっ? これですか?」
わたしは後ろ手に髪留めを触りながら、不思議に思って答えた。
「ただの木の髪留めですよ。あえて言うなら……『吹き抜ける風の軌跡の意匠』ですね」
「か、風……っ!!」
その言葉を聞いた瞬間、神官の顔色が見る見るうちに青ざめ、ガタガタと震え出した。
「お、おお……なんという奇跡……! 大聖堂の奥深く、古の伝承に記された通りだ!
偉大なる三導師様は、それぞれ聖リナが『土』、聖エミリーが『水』、聖サアラが『火』を模した、揃いの木彫りの髪留めを生涯大切に身につけておられた!
そして伝承には、もう一つ……『風』の髪留めが存在したと……!!」
神官がワナワナと指をふるわせながら、大声で叫び始めた。
周囲の巡礼者や信者たちが、「なんだなんだ」と一斉にこちらを振り向く。
(やばい!)
「ま、全くの偶然です! ただの既製品です! レオニー団長、走りますよ!」
「えっ!? ケ、ケイ殿!?」
わたしは茫然としているレオニー団長の腕をガシッとつかむと、精霊式で足裏にほんの少しだけ高気圧を宿す。神官がそれ以上言葉を発する前に、大聖堂の出口へと向かってドタバタと猛ダッシュした。
「ああっ! お待ちを! どうか幻の第四の髪留めを――!!」
後ろから神官の叫び声が聞こえたが、わたしは一切振り返らずに人混みを縫って逃げ続けた。
思いがけないハプニングに心臓はバクバクと鳴っていたけど――。
(そっか……。あの子たち、わたしとお揃いの髪留めを作って、ずっと大切にしてくれてたんだ……)
走りながらも、わたしの胸の奥にはひだまりのような温かくて優しい喜びが、じんわりと広がっていた。
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