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第51話 指示書


 岡田がマニュアルを作り始めた。

 最初の一週間で、俺は思い知った。自分の仕事を言語化するのが、こんなに難しいとは。

 「代表、SNSの投稿を確認する時、何を見てますか」

 「えっと……全体の雰囲気と、誤字と、ハッシュタグと——」

 「雰囲気って具体的に何ですか」

 「文のトーンが堅すぎないかとか、絵文字の量がちょうどいいかとか——」

 「ちょうどいい、の基準は」

 「……感覚」

 感覚。

 二十年間ゲームのコミュニティにいた感覚。ギルドチャットの空気を何千回も読んだ感覚。

 それをマニュアルに書けない。

 ——岡田が粘った。

 「じゃあ代表、過去の投稿で『これはOK』と『これはNG』の具体例を出してください。十個ずつ」

 出した。OK十個。NG十個。

 岡田がそれを並べて、共通点を抽出した。

 「OKの投稿は全部、最初の一文が質問形になってますね。『今日のアプデ、もう試しました?』とか。NGの方は全部、報告形です。『本日アップデートを実施しました』」

 ——言われてみれば、そうだ。

 俺が無意識にやっていたことを、岡田が言語化した。

 「あと、OKの方は絵文字が一投稿あたり二~三個。NGは五個以上か、ゼロ。多すぎても少なすぎてもダメってことですね」

 パターンだ。

 ゲームの攻略と同じだ。ボスの行動パターンを記録して、最適な対応を見つける。岡田は俺の仕事の攻略wikiを書いている。

 一ヶ月で「SNS運用マニュアル」の初版ができた。

 三十二ページ。投稿の作り方、確認のチェックリスト、リプライの判断基準、クレーム対応フロー、レポートのテンプレート。

 全社員に共有した。

 ——効果はすぐに出た。

 質問が減った。

 一日三十一件だったSlackの質問が、マニュアル導入後に十八件に減った。四割減。

 マニュアルに書いてあることは、マニュアルを見れば分かる。聞かなくていい。

 俺の時間が空いた。空いた時間で既存クライアントへの提案資料を作れた。田中さん経由の紹介が三社増えた。自分から飛び込み営業をしたわけではない。全部、既存の繋がりからだ。

 飛び込み営業はできない。初対面の相手に電話してアポを取って、会議室でプレゼンして——それは俺の世界ではない。

 だが紹介なら話が違う。田中さんが「うちのSNS運用やってる時田さん、いいですよ」と言ってくれれば、先方は「田中さんの紹介なら」で会ってくれる。あとはYouTubeの実績とコミュニティレポートを見せれば、数字で説得できる。

 営業力ではなく、実績と紹介で仕事を取る。俺にできるのはそれだけだ。

 ——だが新しい問題が出た。

 マニュアルでは対応できないことがある。

 「代表、このクレームはマニュアルのどれに当てはまりますか」

 マニュアルに書いていないパターン。書いた時点では想定していなかったケース。

 マニュアルは完璧ではない。完璧にしようとすると、百ページになる。百ページのマニュアルは誰も読まない。

 必要なのは「判断基準」だ。マニュアルに書いていないことが起きた時に、どう判断するかの基準。

 「迷ったら、ユーザーの立場に立て。ユーザーが見て嬉しいか、嫌な気持ちになるか。嬉しい方を選べ」

 これを判断基準として追加した。

 岡田が笑った。「代表、それギルドのルールと同じこと言ってますね」

 同じだ。ギルドのルールも「迷ったらメンバーが楽しい方を選べ」だった。

 ——マニュアルが回り始めると、次の問題が見えてきた。

 誰が何をやっているか、全体が見えない。

 八人の社員がそれぞれのタスクを進めている。進捗はSlackで報告されるが、断片的だ。全体像が見えない。

 ギルドマスターの時は全員のステータスが一画面で見えた。HP、MP、バフの残り時間、装備。全部がUIに表示されていた。

 会社にはそのUIがない。

 ——作った。

 「ギルドボード」。

 NotionとGoogleスプレッドシートを組み合わせて、社内ダッシュボードを作った。

 全社員のタスク一覧。進捗状況。各クライアントの対応状況。KPI(投稿数、リプライ数、エンゲージメント率)。D2Cの受注数と発送状況。YouTubeの再生数とコメント数。

 全部が一画面で見える。

 レイド画面と同じだ。誰がどこにいて、何をしていて、あとどれくらいで終わるか。全部見える。

 ——そしてもう一つ。

 評価をスコア化した。

 各社員のタスク完了率、対応速度、クライアント満足度(月次アンケート)。数字にした。

 月次のボーナスをこのスコアに連動させた。スコアが高ければボーナスが増える。低ければ減る。

 基準が明確だ。誰がどう評価されているか、数字で見える。

 ——反発が来た。

 藤川が言った。

 「代表。正直、監視されてるみたいで嫌です」

 監視。

 ——リナの記憶がフラッシュバックした。

 リナに俺のスマホを見られた夜。LINEの友達リストをスクロールされた夜。「この人誰」と聞かれた夜。

 監視される側の気持ちを、俺は知っている。

 監視と可視化は違う——と言いたい。監視は支配のため。可視化は成長のため。

 だがそれは管理する側の論理だ。される側には同じに見える。

 リナの時、俺はされる側だった。今、俺はする側になっている。

 ——岡田に聞いた。

 「岡田。ギルドボード、どう思う」

 「僕はいいと思いますけど、藤川さんの気持ちも分かります。自分の仕事が全部数字で見られてるのは、プレッシャーです」

 「ギルドでは全員のDPSが表示されてた。パフォーマンスが丸見えだった。でも誰も文句言わなかった」

 「ゲームだからですよ。仕事は違います」

 ゲームと仕事は違う。

 ゲームのDPSメーターは、全員が「ボスを倒す」という同じ目標に向かっているから受け入れられる。自分のDPSが低ければ、それはパーティの足を引っ張っているということだ。直す動機がある。

 会社の評価は、もっと複雑だ。何のための数字なのか。上から監視するためなのか。それとも——

 「全員に公開しよう」

 「え」

 「スコアを、俺だけが見るんじゃなくて、全員が全員のスコアを見られるようにする。俺のスコアも出す」

 俺のスコアも。社長のパフォーマンスも数字で見える。

 「それと、評価基準を全員で決め直す。俺が一方的に決めた基準じゃなくて、全員で話し合って決める」

 ギルドのルールはギルマスが独断で決めるのではなく、メンバーと話し合って決めていた。それと同じだ。

 ——全員でミーティングをした。四階の部屋に全員が集まると立ち見が出る。三階と四階に分かれて仕事をしているから、全員が顔を合わせるのは週一回のこのミーティングだけだ。

 評価項目を議論した。

 「対応速度は入れるべきだと思います。でも速さだけじゃなくて、質も見てほしい」と藤川。

 「クライアントの満足度は月次アンケートだけだと偏る。定性的なフィードバックも入れた方がいい」と松本。

 「経費精算の締め切りを守ってるかも入れてください」とカナ。

 全員の意見を入れた。評価基準を作り直した。全員が納得した基準だ。

 全スコアを全員にリアルタイム公開。

 ——翌月。

 藤川が言った。

 「代表。ギルドボード、前よりいいです。自分のスコアが見えるから、どこを改善すればいいか分かります。他の人のスコアも見えるから、参考にできます」

 監視ではなく、自己改善のツールになった。

 「上から見下ろす監視」から「横並びで見える可視化」に変わった。

 ——そして三ヶ月後。

 SNS運用のクライアントの一社が、ギルドボードの画面を見た。月次レポートの打ち合わせで画面共有した時に映った。

 「時田さん、これ何ですか」

 「社内のタスク管理ダッシュボードです」

 「これ、うちの社内でも使いたいんですけど。開発チームのタスク管理、今Excelでやってて全然回ってなくて」

 ——欲しいと言われた。

 社外に売れるものが、社内で生まれた。

 だがNotionとスプレッドシートの組み合わせでは、他社に提供できない。操作方法を教えるだけで膨大な時間がかかる。

 Webアプリにしないと売り物にならない。

 Webアプリを作るにはエンジニアが必要だ。

 過去にアプリ開発を外注して二百万溶かした。外注では駄目だ。

 「知識の外に出るな」——ではなく、「知識の外の人間を中に入れる」。

 初めてエンジニアを正社員で雇う決断をした。

 ——エンジニア採用は別ゲーだった。

 求人を出した。応募がゼロ。

 エンジニアの求人倍率は十倍以上だ。大手が高給で囲い込んでいる。中小の無名企業に来る理由がない。

 スカウトサービスを使った。月三十万のコスト。

 三ヶ月探して面接五人。二人が辞退。二人がスキル不足。

 一人残った。高橋。二十八歳。

 「ギルドボードの仕様を見て面白いと思いました。ゲームのUIみたいで」

 高橋はゲーマーではない。だが俺のYouTubeチャンネルを見て「この人の会社は面白そう」と思ったらしい。

 岡田と同じパターンだ。「この人の下で」が定着する人間の共通項。

 月給三十五万。エンジニアの相場だ。カナが「高いですが、SaaS化の収益が見込めるなら投資です」とシミュレーションを出した。

 ——高橋が入社した。

 ギルドボードのWebアプリ化が始まった。

 三ヶ月で最小限の機能を持つβ版が完成。社内で使い始めた。

 半年でクライアント向けにカスタマイズ。月額三万円のSaaSとして外販開始。

 最初の顧客は、欲しいと言ってくれたクライアント企業。次に、そのクライアントの紹介で別の会社。口コミで広がった。

 一年後。三十社が導入。月額三万×三十社=月九十万の安定収入。

 ——自社の課題を解決したツールが、そのまま商品になった。

 ゲーム喫茶は「俺がいないと回らない」で失敗した。

 ギルドボードは「俺がいなくても回る」ために作った。

 「俺がいなくても回る仕組み」は、他の会社も欲しがっていた。

   【個人資産】約920万(証券口座720万+銀行8万+NISA180万 ※評価額約218万)

   ※デイトレ口座720万。フェーズ4順調。月平均+35万

   【法人】株式会社ギルド

   <社員>

    9人(カナ・岡田・藤川・松本・鈴木・高橋+バイト3人)

   <月次>

    売上:+297万

     SNS運用七社120万+YouTube38万+D2C 42万

     +ギルドボードSaaS 90万+サイト3万+WEB2万+その他2万

    経費:−223万

     人件費(社員6人+バイト3人)175万+家賃20万+固定費12万+D2C原価16万

    月次損益:+74万

   <法人口座残高>:約850万

   <年商ペース>:3,564万(月商297万×12。前年比150%成長)

   ★マニュアル導入で質問件数40%減。岡田の功績★

   ★ギルドボード:監視→可視化→SaaS化。月90万の新収入★

   ★エンジニア初の正社員採用。月給35万。「知識の外の人間を中に入れる」★

   ★年商ペース3,564万。1億への道が見え始めている★

   ★「俺がいなくても回る仕組み」は、他の会社も欲しがっていた★

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