↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
50/52

第50話 八人


 四十八歳になった。会社を作って五年。

 数字を並べる。

 SNS運用クライアント:七社(全て紹介経由。田中さんの紹介網が業界内に広がった)。

 YouTube:二チャンネル合計登録者八万人。

 D2Cブランド:デスクマット、アパレル、アクセサリー。月商二百万突破。

 攻略サイト:月間三十万PV。

 デイトレ:個人口座五百万超え。月平均三十五万の利益。

 年商が二千四百万を超えた。

 二千四百万。

 コンビニまで歩くのに十二分かかった男の会社が、年商二千四百万。創業時の年商三百万から八倍だ。

 ——だが目標の十億はまだ遠い。遠いのに、組織が軋んでいる。

 社員が八人になった。

 オフィスは手狭になっていた。八坪にデスク四つで始めた部屋に、もう全員は入れない。同じビルの三階に空き部屋が出た時に追加で借りた。四階が制作チーム(浩平、岡田、藤川、松本)、三階がバックオフィスとEC管理(カナ、鈴木、バイト)。家賃は合わせて月二十万に増えた。

 カナ、岡田に加えて、この二年で六人を採用した。

 六人採用して、三人が残った。残りの三人は辞めた。

 ——辞めた三人の話をする。

 田口。二十七歳。デザイナー。

 ポートフォリオは綺麗だった。D2Cブランドのデザインを任せたかった。

 だが納期を守らない。

 「クオリティのためにもう少し時間が欲しいです」

 一回目は理解した。二回目も許容した。三回連続で遅れて、クライアントに謝ることになった。

 俺が注意した。

 「納期は守ってほしい。クオリティも大事だけど——」

 「クリエイターの仕事を分かってないですね」

 クリエイターの仕事。

 分かっていないかもしれない。だが送迎ドライバーで覚えたことがある。待たせない。時間通りに動く。それがサービスだ。

 クオリティと納期は両方必要だ。どちらかだけでは仕事にならない。

 六ヶ月で退職。自分から辞めた。「もっとクリエイティブを尊重してくれる環境に行きます」。

 中村。三十三歳。マーケター。

 面接三回。スキルテスト合格。実務経験もある。即戦力だと思った。

 内定を出した。

 翌日。「年収が希望に合わないので辞退します」。

 希望年収を聞いたら、四百五十万だった。うちが出せるのは三百二十万。

 百三十万の差。中小企業は大手と給与で殴り合えない。

 後日、中村は大手のデジタル広告代理店に入ったと聞いた。

 佐藤。四十歳。マーケター。

 経験豊富。大手広告代理店に八年いた。年齢的にも俺に近い。頼もしいと思った。

 入社二週間で分かった。「前の会社ではこうやっていた」が口癖だ。

 岡田のやり方を変えようとした。レポートのフォーマットを変えようとした。ミーティングの頻度を増やそうとした。

 岡田と険悪になった。

 岡田が俺に言った。

 「代表。佐藤さんと仕事するの、正直きついです。全部変えようとしてくる。僕のやり方が全部間違ってるみたいに言われます」

 岡田は三年間、このやり方でやってきた。クライアントの評価は高い。結果が出ている。

 佐藤の「前の会社ではこうやっていた」は、大手のやり方だ。大手のやり方が中小に合うとは限らない。

 ——初めて「辞めてもらう」話をした。

 試用期間中の退職勧奨。

 カナが同席した。

 「佐藤さん。申し訳ないのですが、弊社の仕事の進め方と合わない部分があり——」

 佐藤が遮った。

 「分かってます。この規模の会社には向いてないって自分でも思ってました」

 あっさり受け入れた。佐藤にとっても、うちは合わなかったのだろう。

 だが——辞めさせるのは、辞められるより辛い。

 人を選んで、迎え入れて、合わなくて、出ていってもらう。その全工程が俺の胃に穴を開ける。

 ——残った三人。

 藤川。二十五歳。SNS運用の実務経験者。ゲーマーではないが仕事ができる。即戦力。

 松本。二十八歳。動画編集者。YouTubeの編集を任せられる。

 鈴木。二十四歳。ECサイト運営の経験者。D2Cの受注管理と発送を担当。

 カナ、岡田、藤川、松本、鈴木。プラス俺。六人。

 それに加えて、アルバイトが二人。D2Cの梱包発送と、攻略サイトの記事ライター。

 合計八人。

 八人の組織。

 ギルドで言えば、レイドパーティが組める人数だ。

 ——だが問題がある。

 八人全員に、俺が直接指示を出している。

 毎朝、全員にSlackで今日のタスクを送る。質問が来たら俺が答える。トラブルが起きたら俺が対応する。クライアントからの連絡は俺を経由する。

 全部俺を通る。

 全部。

 ギルドマスターの時はそれでよかった。二百人のギルドでも、ボイスチャットで全員に指示を出していた。

 だが会社は違う。

 ゲームのギルドは「ボスを倒す」という一つの目標しかない。全員が同じ画面を見ている。

 会社は複数の事業を同時に走らせている。SNS運用七社。YouTube二チャンネル。D2C。攻略サイト。それぞれ違う目標、違うクライアント、違うスケジュール。

 全部を一人で見ることは——

 ——無理だ。

 品質が落ち始めた。

 A社の投稿に誤字があった。藤川が書いて、俺がチェックするはずだった。チェックする時間がなかった。B社のリプライ対応が遅れた。C社のレポートが一日遅延した。

 松本が編集した動画のテロップが間違っていた。確認する時間がなかった。

 鈴木が発送した商品のサイズが違っていた。注文管理の確認漏れ。

 全部、俺が確認すれば防げたミスだ。

 全部、俺が確認する時間がなかったから起きたミスだ。

 ——「全部俺がやった方が早い」。

 この思考が頭に浮かぶ。

 浮かぶたびに、打ち消す。打ち消すが、また浮かぶ。

 一人でやっていた頃は、ミスがなかった。全部自分でやっていたから。自分の目で確認して、自分の手で修正して、自分の責任で出していた。

 人に任せると、ミスが出る。ミスが出ると、俺が謝る。謝って、修正して、再発防止を指示して、また別のミスが出る。

 俺が全部やれば——

 ——カナが月次レポートを出した。

 いつもの数字が並んでいる。だが最後の一ページに、いつもと違うことが書いてあった。

 「代表への質問・確認件数の推移(Slack集計)」

 グラフ。

 一月:一日平均十二件。

 二月:一日平均十八件。

 三月:一日平均二十四件。

 四月:一日平均三十一件。

 右肩上がりだ。

 社員が増えるたびに、俺への質問が増えている。

 カナが言った。

 「代表。一日三十一件の質問に返していたら、代表自身の仕事をする時間がありません」

 「分かってる。でも聞かれたら答えないと——」

 「聞かなくても分かる仕組みを作ってください。マニュアルです。判断基準の明文化です。代表が一件ずつ答えている限り、この会社は代表の処理速度で頭打ちになります」

 処理速度で頭打ち。

 ゲームで言えば、サーバーのスペックが足りなくてラグが発生している状態だ。プレイヤー(社員)が増えるほどラグが酷くなる。サーバー(俺)を強化するか、負荷を分散するか。

 俺を強化するのは無理だ。一日は二十四時間しかない。

 負荷を分散するしかない。

 「全部自分でやるなら、社員は要りません」

 カナが言った。

 冷たい。

 だが正確だ。

 社員を雇って、全部自分でやるなら、人件費を払って自分の仕事を増やしているだけだ。

 社員を雇う意味は、自分がやらなくていい仕事を任せることだ。任せるためには、任せ方を決めないといけない。

 任せ方を決めるのが——マニュアルだ。

 ——ギルドの攻略指示書を思い出した。

 レイドに参加する前に、全員に配る指示書。

 「タンクは右側に立て。ヒーラーは中央。DPSは左側。フェーズ2に入ったら全員散開。赤い床は踏むな」。

 誰がやっても同じ動きになる指示書。

 会社にも同じものが必要だ。

 誰がやっても同じ品質の仕事が出る指示書。

 ——そう思った。だが作る時間がない。

 質問に答えて、ミスを修正して、クライアントに謝って、デイトレをやって、YouTubeを撮って。

 時間がない。

 マニュアルを作る時間がないから、質問が来る。質問に答える時間を取られるから、マニュアルを作る時間がない。

 無限ループだ。

 ——岡田が言った。

 「代表。僕でよければ、マニュアル作りますよ」

 「え」

 「僕、三年間代表の隣で仕事見てきたんで。やり方は分かってます。代表に確認してもらいながら、文章にしていきます」

 岡田が作る。

 「分からないことは聞きます」と言って入社した岡田が、三年間で代表の仕事を覚えて、それをマニュアルにする。

 「素直さは最強のスキル」だと思った。岡田を採用した時に。

 その素直さが、今、組織を救おうとしている。

 「頼む」

 次の話は、仕組み化だ。

   【個人資産】約695万(証券口座510万+銀行6万+NISA177万 ※評価額約211万)

   ※デイトレ口座が500万超え。フェーズ4(500万→2,500万)に突入

   ※NISA:59ヶ月目。元本177万

   【法人】株式会社ギルド

   <年商>

    年商2,364万(月商197万×12ヶ月。創業時の8倍)

   <内訳(月次)>

    SNS運用七社:+112万

    YouTube二ch:+38万(広告33万+案件5万)

    D2Cブランド:+42万(デスクマット+アパレル+アクセ)

    攻略サイト広告:+3万

    WEBマーケ月額:+2万

    月次売上合計:+197万

   <経費>

    人件費(社員5人+バイト2人):−124万

     カナ26.5万+岡田23万+藤川23万+松本22万+鈴木21万+バイト計8.5万

    家賃(4F+3F):−20万

    固定費(回線・ツール・サーバー他):−8万

    D2C製造原価・イラスト発注:−18万

    経費合計:−162万

   <月次損益>:+35万

   <法人口座残高>:約420万

   ★年商2,364万。創業時の8倍。だが組織が軋んでいる★

   ★採用6人→定着3人。定着率50%。田口・中村・佐藤が去った★

   ★代表への質問:月初12件/日→月末31件/日。処理限界★

   ★カナ「全部自分でやるなら社員は要りません」★

   ★岡田がマニュアル作成を申し出る。素直さが組織を救う★

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。