第50話 八人
四十八歳になった。会社を作って五年。
数字を並べる。
SNS運用クライアント:七社(全て紹介経由。田中さんの紹介網が業界内に広がった)。
YouTube:二チャンネル合計登録者八万人。
D2Cブランド:デスクマット、アパレル、アクセサリー。月商二百万突破。
攻略サイト:月間三十万PV。
デイトレ:個人口座五百万超え。月平均三十五万の利益。
年商が二千四百万を超えた。
二千四百万。
コンビニまで歩くのに十二分かかった男の会社が、年商二千四百万。創業時の年商三百万から八倍だ。
——だが目標の十億はまだ遠い。遠いのに、組織が軋んでいる。
社員が八人になった。
オフィスは手狭になっていた。八坪にデスク四つで始めた部屋に、もう全員は入れない。同じビルの三階に空き部屋が出た時に追加で借りた。四階が制作チーム(浩平、岡田、藤川、松本)、三階がバックオフィスとEC管理(カナ、鈴木、バイト)。家賃は合わせて月二十万に増えた。
カナ、岡田に加えて、この二年で六人を採用した。
六人採用して、三人が残った。残りの三人は辞めた。
——辞めた三人の話をする。
田口。二十七歳。デザイナー。
ポートフォリオは綺麗だった。D2Cブランドのデザインを任せたかった。
だが納期を守らない。
「クオリティのためにもう少し時間が欲しいです」
一回目は理解した。二回目も許容した。三回連続で遅れて、クライアントに謝ることになった。
俺が注意した。
「納期は守ってほしい。クオリティも大事だけど——」
「クリエイターの仕事を分かってないですね」
クリエイターの仕事。
分かっていないかもしれない。だが送迎ドライバーで覚えたことがある。待たせない。時間通りに動く。それがサービスだ。
クオリティと納期は両方必要だ。どちらかだけでは仕事にならない。
六ヶ月で退職。自分から辞めた。「もっとクリエイティブを尊重してくれる環境に行きます」。
中村。三十三歳。マーケター。
面接三回。スキルテスト合格。実務経験もある。即戦力だと思った。
内定を出した。
翌日。「年収が希望に合わないので辞退します」。
希望年収を聞いたら、四百五十万だった。うちが出せるのは三百二十万。
百三十万の差。中小企業は大手と給与で殴り合えない。
後日、中村は大手のデジタル広告代理店に入ったと聞いた。
佐藤。四十歳。マーケター。
経験豊富。大手広告代理店に八年いた。年齢的にも俺に近い。頼もしいと思った。
入社二週間で分かった。「前の会社ではこうやっていた」が口癖だ。
岡田のやり方を変えようとした。レポートのフォーマットを変えようとした。ミーティングの頻度を増やそうとした。
岡田と険悪になった。
岡田が俺に言った。
「代表。佐藤さんと仕事するの、正直きついです。全部変えようとしてくる。僕のやり方が全部間違ってるみたいに言われます」
岡田は三年間、このやり方でやってきた。クライアントの評価は高い。結果が出ている。
佐藤の「前の会社ではこうやっていた」は、大手のやり方だ。大手のやり方が中小に合うとは限らない。
——初めて「辞めてもらう」話をした。
試用期間中の退職勧奨。
カナが同席した。
「佐藤さん。申し訳ないのですが、弊社の仕事の進め方と合わない部分があり——」
佐藤が遮った。
「分かってます。この規模の会社には向いてないって自分でも思ってました」
あっさり受け入れた。佐藤にとっても、うちは合わなかったのだろう。
だが——辞めさせるのは、辞められるより辛い。
人を選んで、迎え入れて、合わなくて、出ていってもらう。その全工程が俺の胃に穴を開ける。
——残った三人。
藤川。二十五歳。SNS運用の実務経験者。ゲーマーではないが仕事ができる。即戦力。
松本。二十八歳。動画編集者。YouTubeの編集を任せられる。
鈴木。二十四歳。ECサイト運営の経験者。D2Cの受注管理と発送を担当。
カナ、岡田、藤川、松本、鈴木。プラス俺。六人。
それに加えて、アルバイトが二人。D2Cの梱包発送と、攻略サイトの記事ライター。
合計八人。
八人の組織。
ギルドで言えば、レイドパーティが組める人数だ。
——だが問題がある。
八人全員に、俺が直接指示を出している。
毎朝、全員にSlackで今日のタスクを送る。質問が来たら俺が答える。トラブルが起きたら俺が対応する。クライアントからの連絡は俺を経由する。
全部俺を通る。
全部。
ギルドマスターの時はそれでよかった。二百人のギルドでも、ボイスチャットで全員に指示を出していた。
だが会社は違う。
ゲームのギルドは「ボスを倒す」という一つの目標しかない。全員が同じ画面を見ている。
会社は複数の事業を同時に走らせている。SNS運用七社。YouTube二チャンネル。D2C。攻略サイト。それぞれ違う目標、違うクライアント、違うスケジュール。
全部を一人で見ることは——
——無理だ。
品質が落ち始めた。
A社の投稿に誤字があった。藤川が書いて、俺がチェックするはずだった。チェックする時間がなかった。B社のリプライ対応が遅れた。C社のレポートが一日遅延した。
松本が編集した動画のテロップが間違っていた。確認する時間がなかった。
鈴木が発送した商品のサイズが違っていた。注文管理の確認漏れ。
全部、俺が確認すれば防げたミスだ。
全部、俺が確認する時間がなかったから起きたミスだ。
——「全部俺がやった方が早い」。
この思考が頭に浮かぶ。
浮かぶたびに、打ち消す。打ち消すが、また浮かぶ。
一人でやっていた頃は、ミスがなかった。全部自分でやっていたから。自分の目で確認して、自分の手で修正して、自分の責任で出していた。
人に任せると、ミスが出る。ミスが出ると、俺が謝る。謝って、修正して、再発防止を指示して、また別のミスが出る。
俺が全部やれば——
——カナが月次レポートを出した。
いつもの数字が並んでいる。だが最後の一ページに、いつもと違うことが書いてあった。
「代表への質問・確認件数の推移(Slack集計)」
グラフ。
一月:一日平均十二件。
二月:一日平均十八件。
三月:一日平均二十四件。
四月:一日平均三十一件。
右肩上がりだ。
社員が増えるたびに、俺への質問が増えている。
カナが言った。
「代表。一日三十一件の質問に返していたら、代表自身の仕事をする時間がありません」
「分かってる。でも聞かれたら答えないと——」
「聞かなくても分かる仕組みを作ってください。マニュアルです。判断基準の明文化です。代表が一件ずつ答えている限り、この会社は代表の処理速度で頭打ちになります」
処理速度で頭打ち。
ゲームで言えば、サーバーのスペックが足りなくてラグが発生している状態だ。プレイヤー(社員)が増えるほどラグが酷くなる。サーバー(俺)を強化するか、負荷を分散するか。
俺を強化するのは無理だ。一日は二十四時間しかない。
負荷を分散するしかない。
「全部自分でやるなら、社員は要りません」
カナが言った。
冷たい。
だが正確だ。
社員を雇って、全部自分でやるなら、人件費を払って自分の仕事を増やしているだけだ。
社員を雇う意味は、自分がやらなくていい仕事を任せることだ。任せるためには、任せ方を決めないといけない。
任せ方を決めるのが——マニュアルだ。
——ギルドの攻略指示書を思い出した。
レイドに参加する前に、全員に配る指示書。
「タンクは右側に立て。ヒーラーは中央。DPSは左側。フェーズ2に入ったら全員散開。赤い床は踏むな」。
誰がやっても同じ動きになる指示書。
会社にも同じものが必要だ。
誰がやっても同じ品質の仕事が出る指示書。
——そう思った。だが作る時間がない。
質問に答えて、ミスを修正して、クライアントに謝って、デイトレをやって、YouTubeを撮って。
時間がない。
マニュアルを作る時間がないから、質問が来る。質問に答える時間を取られるから、マニュアルを作る時間がない。
無限ループだ。
——岡田が言った。
「代表。僕でよければ、マニュアル作りますよ」
「え」
「僕、三年間代表の隣で仕事見てきたんで。やり方は分かってます。代表に確認してもらいながら、文章にしていきます」
岡田が作る。
「分からないことは聞きます」と言って入社した岡田が、三年間で代表の仕事を覚えて、それをマニュアルにする。
「素直さは最強のスキル」だと思った。岡田を採用した時に。
その素直さが、今、組織を救おうとしている。
「頼む」
次の話は、仕組み化だ。
【個人資産】約695万(証券口座510万+銀行6万+NISA177万 ※評価額約211万)
※デイトレ口座が500万超え。フェーズ4(500万→2,500万)に突入
※NISA:59ヶ月目。元本177万
【法人】株式会社ギルド
<年商>
年商2,364万(月商197万×12ヶ月。創業時の8倍)
<内訳(月次)>
SNS運用七社:+112万
YouTube二ch:+38万(広告33万+案件5万)
D2Cブランド:+42万(デスクマット+アパレル+アクセ)
攻略サイト広告:+3万
WEBマーケ月額:+2万
月次売上合計:+197万
<経費>
人件費(社員5人+バイト2人):−124万
カナ26.5万+岡田23万+藤川23万+松本22万+鈴木21万+バイト計8.5万
家賃(4F+3F):−20万
固定費(回線・ツール・サーバー他):−8万
D2C製造原価・イラスト発注:−18万
経費合計:−162万
<月次損益>:+35万
<法人口座残高>:約420万
★年商2,364万。創業時の8倍。だが組織が軋んでいる★
★採用6人→定着3人。定着率50%。田口・中村・佐藤が去った★
★代表への質問:月初12件/日→月末31件/日。処理限界★
★カナ「全部自分でやるなら社員は要りません」★
★岡田がマニュアル作成を申し出る。素直さが組織を救う★




