第48話 デスクマット
カナに署名入りルールを突きつけられてから三ヶ月。
思いつかなかった。
嘘だ。思いついた。だがカナに言う前に、自分でシミュレーションしてみた。赤字だった。言わなかった。
また思いついた。またシミュレーションした。また赤字だった。また言わなかった。
三ヶ月で四回思いついて、四回自分で潰した。
成長している——のか、単に疲れているだけなのか分からない。
だが五回目は、カナに持っていった。
——【サブスクBOX】
「毎月ゲーム関連グッズが届くサブスクリプションBOXをやりたい」
カナに損益シミュレーションを頼んだ。ルール通りだ。
翌日。
「会員数百人の場合。月額三千九百八十円。月の売上三十九万八千円。仕入れ原価は一BOXあたり約二千円として月二十万。梱包・発送の人件費が月五万。送料が月八万。粗利約七万。初年度の黒字は見込めます」
黒字だ。カナのシミュレーションで黒字が出た。
「ただし」
カナが紙をめくった。
「会員が百人を維持できる前提です。解約率が月5%を超えると、半年で五十人を割ります。五十人では赤字です。また、毎月異なるグッズを百個ずつ仕入れるための仕入れルートの確保が必要です。せどりの一個ずつの仕入れとは構造が異なります」
構造が異なる。
せどりは一個ずつ見つけて一個ずつ売る。サブスクBOXは同じものを百個仕入れて百人に送る。
「リスクは認識しています。やります」
カナが書面を出した。署名入りルール。
「初年度黒字が見込めるため、ルール上は承認です。ただし、会員数が六十人を切った時点で撤退ラインとします。よろしいですか」
撤退ライン付きの承認。カナらしい。
「了解」
——始めた。
自社ECサイトで告知。YouTube二チャンネルで告知。SNSで告知。
初月。百二十人が入会した。予想の百人を超えた。
嬉しかった。だが問題はすぐに来た。
仕入れだ。
百二十個の「ゲーム関連グッズ」を毎月集めないといけない。一個や二個なら見つかる。百二十個の同じものは、簡単には見つからない。
卸業者を探した。ゲーム関連のグッズ卸は限られている。大手のグッズメーカーに問い合わせたが、ロットが千個からで、百二十個では取引してもらえない。
結局、仕入れは毎月バラバラのルートになった。Amazonで三十個。ゲーム系のECで二十個。メーカー直で五十個。残りはオリジナルのステッカーやポストカードで埋めた。
仕入れだけで毎月二十時間以上かかった。
そして梱包。
百二十個のBOXを一つずつ組み立てて、グッズを入れて、緩衝材を詰めて、封をして、送り状を貼る。
週末が潰れた。土曜日の朝から夜まで梱包。日曜日にコンビニとヤマトの営業所を何往復もして発送。
岡田にも手伝わせた。岡田のSNS運用の時間が削られた。本業に影響が出始めた。
——二ヶ月目。解約が始まった。
「今月のBOX、あまり使わないものばかりでした」
「正直、期待はずれでした」
「毎月届くのが面倒になってきました」
百二十人→九十五人。
三ヶ月目。八十人。
四ヶ月目。六十二人。
カナの撤退ラインは六十人。あと二人だ。
五ヶ月目。五十三人。
ラインを割った。
「代表。撤退ラインです」
「分かってる。来月で終了する」
会員にメールを送った。「サブスクBOXは来月をもちまして終了いたします。長らくのご利用ありがとうございました」。
損失:約八十万(仕入れの積み上がりと梱包コスト。会員からの売上で一部回収済み)。
——だが八十万より痛かったのは、この五ヶ月間に俺と岡田が梱包に費やした時間だ。
毎月二十時間以上。五ヶ月で百時間。
百時間をSNS運用やYouTubeに使っていたら、クライアントをもう一社取れていたかもしれない。
見えないコストが最も高い。
——ほぼ同時期に、もう一つ失敗した。
【AI自動切り抜き】
YouTubeの長尺動画からAIでハイライトを自動切り抜きして、ショート動画を量産する。
AI編集ツールの延長だ。長尺動画のテロップ生成で使っているAIを、切り抜きにも応用する。
やってみた。一本の三十分動画から、AIが三十秒のショート動画を五本自動生成する。
投稿した。
再生数は回った。ショート動画はアルゴリズムに乗りやすい。一本で十万回再生されたものもあった。
だが——
コメント欄。
「最近手抜きですね」
「この切り抜き、文脈が飛んでて意味分かんないです」
「時田さんのチャンネル、AIで量産してるんですか?」
質が落ちている。
AIは「再生数が伸びそうな場面」を切り抜いたが、話の流れを無視している。結論だけ切り取って、前提が抜けている。
ボス撃破の瞬間だけ見せても、そこに至る攻略の過程が見えなければ何がすごいか分からない。動画の価値は文脈にある。文脈を切り落とした切り抜きは、ただの断片だ。
すぐにやめた。自動生成した動画は全て非公開にした。
損失は小さい。約五万円(AIツールの追加費用と対応の時間)。だがブランドへのダメージは金額では測れない。
攻略チャンネルの常連から「時田さんらしくないです」と言われた。
らしくない。俺らしさは手抜きの対極にある。地道にコメントを返して、一本一本丁寧に動画を作る。それが俺のブランドだ。
AIで量産すると、そのブランドが壊れる。
量は道具で増やしていい。だが質は人間が守らないといけない。
——失敗二つ。サブスクBOX八十万。AI切り抜き五万。合計八十五万。
カナに報告した。
「サブスクはシミュレーション通りに撤退しました。AI切り抜きは——シミュレーション出す前にやりました。すみません」
カナが眼鏡の奥の目で俺を見た。
「AI切り抜きの五万は、シミュレーション費用だと思ってください。次からは先に言ってください」
——ここまでが失敗の話だ。
ここからが、成功の話だ。
——サブスクBOXの会員から、撤退の連絡をした時にメッセージが来た。
「BOXは終わっちゃうんですね。残念です。でも時田さんのオリジナルグッズは好きだったので、単品で買えるなら買いたいです」
単品で買える。
サブスクBOXの中身で一番評判が良かったのは、他メーカーのグッズではなく、俺がオリジナルで作ったステッカーやポストカードだった。
他メーカーのグッズは「知ってる」「持ってる」と言われがちだった。オリジナルは「ここでしか買えない」から価値があった。
——ここでしか買えないもの。
受注生産ECで売っているTシャツやマグカップと同じだ。ここでしか買えない。在庫なし。注文が入ったら作る。
だがTシャツやマグカップは「日用品に近いグッズ」だ。もっとゲーマーの心に刺さるものはないか。
——デスクマット。
ゲーマーの机の上に敷く、大判のマウスパッド。
八十センチ×四十センチ。マウスの動きを滑らかにする布製のマット。ゲーマーなら全員が使う。消耗品だから買い替え需要がある。
そして——デザインが載せられる。
マットの表面に、オリジナルのイラストを全面印刷できる。
AIイラストは著作権で駄目だった。だが今回は違う。イラストレーターに発注する。人間が描いた、権利がクリアなオリジナルイラストだ。
テーマは「ゲームの世界観」。特定のゲームのキャラではなく、汎用的なゲームの風景。ファンタジーの城。サイバーパンクの街。宇宙船のコクピット。
どのゲームのファンでも使える。特定のIPに依存しない。
——カナにシミュレーションを出した。
「受注生産のゲーミングデスクマットを売りたい」
カナが損益シミュレーションを作った。
イラスト発注費:一枚五万円。三種類で十五万。
デスクマット製造:受注生産で一枚千二百円(印刷代込み)。
販売価格:三千九百八十円。
粗利:一枚二千七百八十円。
初期費用:イラスト十五万+ECサイト調整三万=十八万。
損益分岐点:十八万÷二千七百八十円=約六十五枚。
「六十五枚売れば回収できます。YouTubeの登録者が合計七万人います。その0.1%が買えば七十枚。初年度黒字が見込めます」
カナが言った。
「承認します」
——カナが「承認します」と言った。初めてだ。
マウスOEMの時は黙った。攻略本の時も黙った。ゲーム喫茶の時は止めた。アプリの時はシミュレーションで止めた。サブスクの時は撤退ラインつきの承認だった。
今回は、条件なしの承認。
なぜか。
在庫がないからだ。受注生産だから。売れなくても損しない。イラスト代の十五万がリスクの上限だ。それ以上は失わない。
マウスの百五十万。ゲーム喫茶の三百万。それに比べたら十五万は小さい。
だが十五万が利益を生む可能性がある。
リスクが限定的で、リターンが見込める。これが正しい賭け方だ。
——イラストレーターに発注した。Twitterでゲーム系のイラストを描いている人を探した。フォロワー五千人くらいの中堅イラストレーター。大手には頼めない予算だが、中堅なら五万で受けてくれる。
三枚のイラストが上がってきた。
ファンタジーの城。夕焼けに染まった城塞都市。RPGの冒険の始まりを思わせる。
サイバーパンクの街。ネオンが光る夜の裏路地。FPSやアクションゲームの空気。
宇宙船のコクピット。星が流れる窓の向こう。SFゲームの操縦席。
三枚とも、俺自身がデスクに敷きたいと思った。
——ECサイトに掲載した。YouTubeの二チャンネルとSNSで告知動画を出した。
告知動画では、自分のデスクにマットを敷いて、その上でデイトレをやっている映像を映した。「このデスクマットの上で、今日は十一万稼ぎました」。
冗談半分の演出だが、視聴者に刺さった。
——公開から三日。
二百枚が完売した。
三種類合わせて二百枚。ファンタジーが九十枚。サイバーパンクが七十枚。宇宙船が四十枚。
受注生産だから「完売」という概念はない。注文を受けて作るだけだ。だが初回の告知で二百枚の注文が入った。
売上:二百枚×三千九百八十円=七十九万六千円。
製造原価:二百枚×千二百円=二十四万円。
イラスト費:十五万円。
粗利:約四十万円。
三日で四十万。
マウスは半年かけて百五十万溶かした。デスクマットは三日で四十万を生んだ。
——何が違うのか。
在庫がない。受注生産。注文が入ってから作る。売れなくてもリスクがない。
品質を自分で確認できる。サンプルを取り寄せて、実際に使って、問題ないことを確かめた。
オリジナルデザイン。権利がクリア。誰のIPにも依存していない。
既存のファンベース。YouTubeの七万人がそのまま顧客。新規開拓の必要がない。
全部、過去の失敗から学んだことだ。
マウスで「在庫は敵」を学んだ。AIイラストで「権利がグレーはダメ」を学んだ。攻略本で「物理在庫は部屋を埋める」を学んだ。サブスクで「毎月百個仕入れるのは地獄」を学んだ。
失敗の破片が、デスクマットという一つの商品に結晶した。
——翌月。追加デザインを三枚発注した。計六種類。
その翌月。パーカーを追加。ゲーミングアパレルだ。デスクマットと同じイラストをパーカーに刷る。
キャップも追加。ステッカーセットも追加。
全て受注生産。在庫ゼロ。
ECの月商が五十万を超えた。粗利は月二十万以上。
——「メディアの視聴者をD2Cの顧客に変換する」。
このモデルだ。
YouTubeでファンを作る→ファンがECで買う→利益が出る→利益でコンテンツを作る→ファンが増える→ECで買う。
循環だ。ギルドの循環と同じだ。メンバーが増える→レイドが成功する→報酬が出る→メンバーが増える。
年商三千万のラインが見える。月商二百五十万。今は五十万だが、商品ラインを増やし、コラボ商品を追加し、海外展開すれば。
見える。まだ遠いが、見える。
——カナが月次レポートを出した。
「D2C事業、初月から黒字です。初月で四十万の粗利が出た新規事業は初めてです」
初めて。
十一事業失敗して、受注生産のTシャツやステッカーで小さな黒字は出していた。だがあれは月三万〜五万の世界だ。
初月で四十万。規模が違う。
「代表。この事業だけは、伸ばす価値があります」
カナが「伸ばす価値がある」と言った。カナが事業を褒めたのも初めてだ。
「伸ばそう」
「はい」
八坪のオフィスで、カナと目が合った。
眼鏡の奥の目が、いつもと少しだけ違って見えた。
何が違うのかは、分からなかった。
【個人資産】約520万(証券口座330万+銀行5万+NISA171万 ※評価額約200万)
※デイトレ口座が順調に成長。月平均+35万
【法人】株式会社ギルド
<新たな事業>
サブスクBOX:−80万(5ヶ月で撤退。ルール通り)
AI自動切り抜き:−5万(即時撤退。ブランド毀損のリスクが本体)
D2Cブランド(デスクマット他):初月+40万。翌月以降も黒字継続
<累計事業損失>
失敗11事業:−907万
<月次(D2C開始後)>
売上:+118万(SNS四社56万+YouTube計33万+EC/D2C 25万+サイト2万+WEB2万)
経費:−60万(人件費+家賃+固定費+イラスト発注費按分)
月次損益:+58万
<法人口座残高>
約180万(D2C利益で急回復)
★D2C初月黒字。カナ「伸ばす価値がある」——初めて事業を褒めた★
★失敗11、成功7(+AI裏方1)。打率.364★
★月次+58万。年間696万の黒字ペース。法人口座が急回復★
★全ての失敗がデスクマットに結晶した★
★眼鏡の奥の目がいつもと少し違った(気がした)★




