第47話 懲りない
止血してから半年が経った。
新規事業を凍結し、既存事業だけに集中した半年間。
数字が変わった。
カナの月次レポート。
SNS運用:三社から四社に増えた。既存クライアントの田中さんが別の会社を紹介してくれた。月の売上が四十二万から五十六万に。
YouTube:更新頻度を週二本に戻した。登録者が一万五千人から二万人に。広告収入が月三万に増えた。
受注生産EC:商品ラインをTシャツとステッカーだけでなく、パーカー、キャップ、マグカップに拡大。月の利益が四万から七万に。
攻略サイト:記事を週一本ペースで追加再開。月間PVが伸びて広告収入が月二万に。
月の売上合計:約六十八万。
月の経費:約五十万(人件費+家賃+固定費)。
月次損益:+十八万。
黒字だ。月十八万の黒字。
法人口座残高:百六十六万。半年前の五十八万から百八万増えた。
——止血は正しかった。
散らかすのをやめて、あるものを丁寧に育てたら、数字が回り始めた。
岡田の仕事の質も上がった。新規事業に振り回されなくなって、SNS運用に集中できるようになった。クライアントの評価が上がった。四社目の受注はその評価のおかげだ。
カナの経理も安定した。月次レポートの精度が上がり、キャッシュフローの予測が三ヶ月先まで見えるようになった。
——そして、この半年間に二つの「当たり」が生まれた。
どちらも「新規事業」ではない。既存事業の延長だ。
だがその前に、個人のデイトレの話をしなければならない。
法人に資本金五百万を入れた時、証券口座は十三万に戻った。振り出しだ。
だが「一度やった。もう一度やれる」と思った。思った通りだった。
十三万を再び回し始めて、止血宣言の頃には証券口座が二百八十万まで戻っていた。二年半かけて。最初の五百万より時間がかかったのは、途中で法人に役員貸付として資金を抜いたからだ。それがなければもっと早かった。
二百八十万。信用二倍で五百六十万の買付余力。
五百六十万を動かせると、一日の利益の桁が変わる。
スキャルピングで一回の取引が二万〜三万。一日に三回転すれば六万〜九万。
そして決算シーズン。コミュニティの温度感で読んだ銘柄にレバレッジをかける。ストップ高を掴んだ日は、一日で十五万を超えた。
一日十五万。
月のSNS運用一社分を、一日で稼ぐ日がある。
もちろん負ける日もある。損切りで五万消える日もある。だが月のトータルでは安定してプラスが出ている。月平均三十万〜四十万。良い月は六十万。
スキャルピングの技術が三年で研ぎ澄まされた。板の動きが「見える」ようになった。大口の注文が入る瞬間、出来高が急変する瞬間、チャートがブレイクする瞬間。
ギルドマスター時代にレイド画面の情報を同時に処理していた能力が、板読みに完全に転化している。
——この実績が、次の「当たり」を生んだ。
——【当たり①】YouTube多角化。
攻略チャンネルに加えて、二つ目のチャンネルを作った。
「ゲーム×株式投資」の解説チャンネル。
「このゲーム会社の決算を読む」「新作発表で株価はどう動くか」「ゲーム業界の勢力図を投資家目線で解説」。
俺にしかできないコンテンツだ。
そして机上の空論ではない。俺は毎日九時に板を開いて、自分の金を張っている。一日で十万を超える日がある人間の解説と、本を読んだだけの解説では重みが違う。
実際のトレードの振り返りを動画にした。「今日の決算トレード。コミュニティの温度感で事前登録数の伸びを読んで、朝の寄り付きで千株買い。後場に利確。利益十二万三千円」。画面にリアルタイムの約定履歴を映す。
視聴者が食いついた。「リアルに稼いでる人の解説は説得力が違う」「エアプの投資チャンネルとは全然違う」。
ゲームを二十年やった知識。デイトレで一日に十万以上の利益を出す腕。WEBマーケでデータを分析するスキル。三つが交わる場所に、誰も立っていなかった。
ゲームの攻略チャンネルは山ほどある。株式投資のチャンネルも山ほどある。
だが「ゲーム会社の株を、ゲーマーの視点で分析する」チャンネルは、ほぼない。
ニッチだ。だがニッチは競合が少ない。
半年で登録者が五万人を超えた。攻略チャンネルの二万人を一気に追い抜いた。
投資に興味があるゲーマーと、ゲームに興味がある投資家が集まった。コメント欄で銘柄分析の議論が始まった。
コミュニティだ。またコミュニティができている。
広告収入が月三十万を超えた。攻略チャンネルの十倍だ。
投資系チャンネルは広告単価が高い。金融系の広告主は一再生あたりの単価が、ゲーム系の五倍以上だ。
月三十万。これだけでカナの給与を賄える。
——【当たり②】AI動画編集の効率化。
チャンネルが二本になって、編集が追いつかなくなった。
週四本の動画を一人で編集するのは物理的に無理だ。
AIツールを導入した。
テロップの自動生成。音声を認識して、テキストを自動で画面に表示する。精度は90%くらい。残り10%は手動で修正する。
無音部分の自動カット。「えー」「あー」をAIが検出して自動で削除する。
サムネイルの自動提案。動画のキーフレームから、クリック率が高そうなサムネイル候補をAIが三枚提案する。選ぶだけでいい。
編集時間が一本三時間から一時間に短縮された。
週四本×三時間=十二時間だったのが、週四本×一時間=四時間になった。週八時間の余裕ができた。
——ここで気づいた。
AIチャットボットは失敗した。AIを「商品」にしたからだ。
AI動画編集は成功した。AIを「道具」にしたからだ。
リングフィットが体の道具。眠剤が脳の道具。AIは仕事の道具。
道具は使うものだ。道具に仕事を丸投げするのではなく、面倒な作業だけを任せる。判断は人間がやる。
これが正解だった。
——半年間の安定。月十八万の黒字。YouTube多角化の成功。AI編集の効率化。
良い半年だった。
良い半年だったから——また思いついてしまった。
——【思いつき①】自社ゲームアプリ開発。
止血の時に「新規事業はやらない」と宣言した。カナに「思いついたら先に言ってください」と言われた。
言った。カナに。
「ゲームアプリを作りたい」
カナが眼鏡を直した。
「損益シミュレーションを出します。二十四時間ください」
翌日。カナが一枚の紙を出した。
「開発費の見積もりを三社から取りました。簡単なパズルゲームで、最低百五十万。中程度のRPGで五百万以上」
「パズルゲームでいい。百五十万なら——」
「法人口座は百六十六万です。百五十万使ったら、残り十六万です」
十六万。
「代表。前回の止血前と同じパターンです。口座残高のほぼ全額を新規事業に突っ込もうとしています」
——分かっている。
分かっているが、やりたい。
「自分でゲームを作れば、マーケも自分でできる。攻略動画も自分で作れる。YouTube二チャンネルと自社ECと攻略サイトの全部が連動する。最強の垂直統合だ」
「数字を見てください。パズルゲームの市場規模。リリース後のDAU想定。広告収入の見込み。ここに書いてあります」
カナのシミュレーション。
初月DL数の中央値(個人開発・プロモーションなし):約三百。
月間アクティブユーザーの定着率:約10%。
広告収入(三百DAU):月約三千円。
月三千円。
「YouTubeで告知すれば、初月はもっと伸びます」
「仮に一万DLとしても、定着率10%でDAU千人。広告収入は月一万円です。百五十万の開発費を回収するのに十二年半かかります」
十二年半。
「それと、マーケはできても肝心のゲームが面白いかどうかは、代表の専門外です」
面白いかどうか。
俺はゲームを「やる」プロだ。「作る」プロではない。
二十年間ゲームをやってきたが、ゲームを作ったことは一度もない。面白さを設計する能力と、面白さを評価する能力は違う。
——それでもやった。
カナのシミュレーションを見た上で、やった。
「百五十万は出せない。八十万に抑える。最小限のパズルゲーム。足りない分は俺が仕様書を書いて、開発の工数を減らす」
カナは黙った。数字で止めた。止まらなかった。カナにできることはここまでだ。
フリーランスのエンジニアに発注した。八十万。
仕様書を書いた。だが伝わらない。俺の頭の中にある「面白さ」が、テキストでは伝わらない。
「ここでブロックが消える時に、もっとこう、パーンって感じで」
「パーンって何ですか。エフェクトの種類を指定してください」
エフェクトの種類を知らない。
修正依頼を出すたびに追加費用。八十万が百二十万になり、最終的に百八十万になった。カナに「これ以上は止めてください」と言われて打ち切った。
八ヶ月かけて完成。リリース。
DL数:初月三百二十。
カナのシミュレーション通りだ。中央値の三百にほぼ一致。YouTubeで告知したが、ゲームの攻略チャンネルの視聴者は「他人のゲームの攻略」を見に来ている。「時田さんが作ったゲーム」には興味がない。
一ヶ月後。DAU四十二人。
マーケはできる。SEOもSNSもYouTubeもやった。だが肝心のゲームが面白くない。
レビューに「普通」「暇つぶしにはなる」「特に印象に残らない」と書かれた。
損失:約二百万(開発費百八十万+サーバー費・ストア手数料等二十万)。
——それだけではなかった。
アプリ開発と並行して、もう一つやっていた。
——【思いつき②】VTuberプロデュース。
「顔出しYouTubeだけでなく、VTuberチャンネルも作れば三本目の柱になる」。
キャラクターデザインを発注した。三十万。Live2Dモデリングが二十万。配信機材に十万。
「中の人」を募集した。ゲーム好きの女性。Twitterで募集したら、五人応募があった。
一人採用した。二十三歳。声が可愛い。ゲームも好き。
配信を始めた。週三回。
最初は珍しさで視聴者が来た。だが三ヶ月で壁にぶつかった。
中の人のスケジュール管理。体調不良で急に配信が休みになる。ファンが「今日の配信は?」と聞いてくる。対応するのは俺だ。
ファンの中にガチ恋勢が現れた。中の人のプライベートを詮索するコメント。ストーカーまがいのDM。対応するのは俺だ。
ギルドメンバーの管理とタレントの管理は全く違う。ギルドメンバーは同じ目標(ボスを倒す)を持っている。タレントは全員が主人公だ。マネジメントの方向が逆だ。
四ヶ月目。中の人が言った。
「すみません、やっぱり個人でやりたいです。自分のチャンネルを持ちたくて」
独立だ。育てたキャラクターを持って出て行かれた——わけではない。キャラクターの権利は会社にある。だが中の人がいなければキャラクターはただの絵だ。
損失:約七十万(デザイン+モデリング+機材+運営費)。
——アプリ開発の二百万とVTuberの七十万。合計二百七十万。
止血前の損失五百五十二万に、二百七十万が加わった。累計損失八百二十二万。
法人口座が再び危険水域に突入した。
——カナが月次レポートを出した。
「代表」
「……分かってる」
「分かっているなら、なぜやったんですか」
カナが初めて感情を見せた。
「損益シミュレーションを出しました。数字で止めました。それでもやりました。私の仕事は何ですか」
「……ごめん」
「謝らないでください。次からどうするかを決めてください」
次からどうするか。
「新規事業は、カナさんのシミュレーションで赤字が出たらやらない。黒字が見込める場合だけやる。それをルールにする」
「書面にしてください。社内ルールとして。代表の署名入りで」
書面。社長が社長自身を縛るルール。
書いた。署名した。
「株式会社ギルド 新規事業開始ルール。新規事業の開始には、経理担当者による損益シミュレーションの承認を必要とする。シミュレーションで初年度黒字が見込めない場合、原則として事業を開始しない。代表取締役 時田浩平」
——自分にルールを課した。
デイトレのルールと同じだ。損切りラインを事前に決める。決めたら破らない。
破ったら溶ける。株でも事業でも同じだ。
カナが書面をファイルに綴じた。
「これ、私の机の一番上に入れておきます。次に思いつきを言ってきた時に見せますので」
カナの口元が少しだけ動いた。
笑った——のかもしれない。入社以来、初めて見た表情の変化だった。
【個人資産】約462万(証券口座280万+銀行1万+NISA168万 ※評価額約195万)
※デイトレ口座:13万→280万に再成長(2年半)。月平均+30-40万。最高日益+15万
※NISAは月3万を継続。56ヶ月目。元本168万。これだけは崩さない
【法人】株式会社ギルド
<新たな失敗>
アプリ開発:−200万
VTuber:−70万
追加損失:−270万
<累計事業損失>
失敗9事業:−822万
<当たった事業(この半年で成長)>
YouTube(投資×ゲームch):広告月30万。登録者5万人
AI動画編集:編集時間3時間→1時間。コスト削減月16万相当
<月次(現在)>
売上:+98万(SNS四社56万+YouTube投資ch30万+YouTube攻略ch3万+EC7万+サイト2万)
経費:−55万(人件費+家賃+固定費+AIツール)
月次損益:+43万
<法人口座残高>
約90万
★失敗9つ、成功6つ(+AI裏方1つ)。累計損失822万★
★だが月次+43万。年間516万の黒字体制が確立★
★YouTube投資ch(月30万)が最大の収益柱に成長★
★カナの署名入りルール:「シミュレーションで赤字ならやらない」★
★カナが初めて感情を見せた。初めて笑った(かもしれない)★




