第46話 止血
ゲーム喫茶を閉めた翌月、またやった。
eスポーツイベント。
村瀬に「店を持つ必要はない。イベントでやればいい」と言われた。
その通りだと思った。店はダメだった。だがイベントなら箱を持たなくていい。会場を一日借りて、単発でやる。固定費がない。
——だが「リアルの場は俺の戦場ではない」と、自分で言ったばかりだ。
イベントもリアルの場だ。
分かっている。分かっているが、ゲーム喫茶の客が「大会やってほしい」と言っていた。閉店する時に何人かから言われた。「店は来られなくても、大会なら行きます」。
需要はある。
需要があるならやるべきだ。
——会場を借りた。公民館の多目的ホール。一日三万円。
ゲームタイトルを決めた。格闘ゲーム。YouTubeでも人気のタイトルだ。
参加者を募集した。定員六十四名のトーナメント。参加費一人二千円。
SNSで告知。YouTubeで告知。
応募。五十二人。
悪くない。六十四名には届かないが、五十二人いれば大会は成立する。
参加費収入:十万四千円。会場費三万。回線工事費(対戦用のLAN環境)五万。
ここまではいい。ここまでは計算上黒字だ。
——問題は当日だった。
運営スタッフが俺と岡田の二人しかいない。
受付。トーナメント表の管理。対戦台のセッティング。配信のカメラワーク。実況。タイムキープ。トラブル対応。
二人で全部やる。
朝九時に会場入り。セッティングに二時間。十一時開始。
受付で行列。名前の確認が遅い。俺が受付をやっている間に、対戦台のモニターが一台映らなくなった。岡田が対応。対応している間にトーナメントの組み合わせが一組間違えていることが判明。
参加者が「組み合わせ違いますよ」と言いに来る。修正する。修正している間に次の対戦が始まらない。待ち時間が長くなる。参加者がざわつく。
配信。やるつもりだった。カメラとPCを用意した。だが配信を回す人間がいない。俺も岡田もフロアの対応で手が離せない。配信は中止。
「配信あると聞いて楽しみにしてたのに」とオンラインで待っていた視聴者からクレーム。
——午後三時。大会が終わった。
優勝者にトロフィーを渡した。百均のコップに「優勝」と書いたシールを貼ったやつだ。
参加者が帰っていく。「楽しかったです」と言ってくれた人もいた。「運営グダグダでしたね」と言った人もいた。
撤収。岡田と二人で機材を片付けた。
帰りの車で、岡田が言った。
「代表。僕、今日一日で三キロ痩せた気がします」
「俺もだ」
「次やるなら、最低でもスタッフ五人は必要です」
五人。五人のスタッフに日当を払ったら、参加費の収入では赤字だ。スポンサーを取らないと成り立たない。
スポンサー。営業。提案書。ゲーム会社やデバイスメーカーに「御社のロゴを会場に掲出します」と売り込む。
俺にはできない。営業は知識の外だ。
——収支。
参加費収入:十万四千円
会場費:三万円
回線工事:五万円
機材レンタル(モニター追加等):四万円
トロフィー他備品:五千円
交通費(機材運搬):一万五千円
弁当・飲料(スタッフ+一部参加者):二万円
岡田の休日出勤手当:一万五千円
合計支出:十七万五千円
損失:約七万。
七万。ゲーム喫茶の三百万に比べたら小さい。だが問題は金額ではない。
俺と岡田が丸一日潰れた。その日のSNS運用は止まった。デイトレもできなかった。
一日の機会損失。SNS運用の遅延。デイトレの逸失利益。目に見えないコストが大きい。
「イベントは人手の塊だ。二人でやるものではない」
——その夜。オフィスに一人で残った。カナと岡田は帰った。
PCを開いた。Excelを開いた。
訓練校で覚えたExcelで、全部を並べた。
【株式会社ギルド 事業別損益 累計】
<失敗した事業>
①ゲーミングマウスOEM:−150万
②AIイラストグッズ:−20万
③攻略本出版:−60万
④ゲーマー婚活:−15万
⑤オンラインサロン:±0(時間損のみ)
⑥ゲーム喫茶:−300万
⑦eスポーツイベント:−7万
失敗合計:−552万
<成功している事業>
①SNS運用(三社):年間504万(月42万×12)
②YouTube広告:年間約24万
③サイト広告:年間約12万
④受注生産EC:年間約48万(月4万×12)
⑤WEBマーケ月額:年間24万
成功合計:年間約612万
<人件費+固定費>
カナ年間318万(月26.5万×12)
岡田年間276万(月23万×12)
山下3ヶ月分94万
橋本12ヶ月分377万
家賃年間144万(オフィス12万×12)
ゲーム喫茶家賃45万(9万×5ヶ月)
その他固定費年間約60万
人件費+固定費合計:約1,314万(累計)
資本金500万+役員貸付50万+累計売上−累計費用=口座残高65万。
——五百五十万の資本(資本金+貸付)が、六十五万になった。
二年で四百八十五万が消えた。
——だが、消えた先を見ろ。
失敗した事業で五百五十二万消えた。
成功している事業は年間六百十二万を生んでいる。
つまり、失敗を全部やめれば、成功している事業だけで年間六百十二万の売上がある。人件費と固定費を引いても黒字が出る。
失敗が足を引っ張っている。
成功は走っている。
——止血だ。
出血を止める。
失敗した事業を全部閉じる。新しい思いつきに手を出さない。
当たっているものだけを残す。
SNS運用。YouTube。攻略サイト。受注生産EC。WEBマーケ月額。
この五つだけに集中する。
「散らかりすぎだ」と村瀬が言った。もう散らかさない。
——翌朝。オフィス。カナと岡田に言った。
「新規事業は当面やらない」
カナが一瞬だけ眉を動かした。安堵の表情だった。初めて見た。
「既存の事業だけに集中する。SNS運用の三社を四社にする。YouTubeの更新頻度を上げる。ECの商品ラインを増やす。全部、今あるものを伸ばす」
岡田が言った。
「代表。正直、ほっとしてます。新しいことが始まるたびに、僕のSNS運用の時間が削られてて」
削られていた。岡田の時間を新規事業に使っていた。本業の品質を犠牲にして、失敗する事業に時間を注いでいた。
「ごめん。もうやらない」
「いえ。でも代表、たぶんまた思いつきますよ」
「……思いつくだろうな」
「思いついた時は、カナさんに先に言ってください。僕に言う前に」
カナに先に言え。カナの数字で止めてもらえ。
カナが言った。
「私に言ってくだされば、二十四時間以内に損益シミュレーションを出します。数字を見てから判断してください」
数字を見てから判断する。
感情ではなくデータで。
リナの教訓。マウスの教訓。ゲーム喫茶の教訓。全部同じだ。
やりたいからやる、ではダメだ。
数字が回るからやる。
——止血完了。
出血は止まった。
口座残高六十五万。薄氷だ。だがこれ以上は減らさない。
ここから先は、積み上げるだけだ。
ゲームの周回で言えば、レベリングの時期だ。
派手なボス戦はしない。地道に経験値を稼ぐ。
雑魚を倒す。素材を集める。装備を整える。
それがこの会社の今やるべきことだ。
【個人資産】約206万(証券口座20万+銀行2万+NISA165万 ※評価額約189万)
【法人】株式会社ギルド
<累計事業損失>
失敗事業7つ:−552万
<月次(止血後)>
売上:+49万(SNS三社42万+広告3万+EC4万)
経費:−43万(人件費49.5万+家賃12万+固定費4.5万−売上按分)
月次損益:+6万
<法人口座残高>
約58万(eスポーツ損失7万で減少)
★止血完了。新規事業凍結。既存事業に集中★
★月+6万の黒字。年間72万。口座回復に時間はかかるが確実に増える★
★岡田「思いついたらカナさんに先に言ってください」★
★カナ「24時間以内に損益シミュレーションを出します」★
★感情ではなくデータで判断する。全教訓の集約★




