第44話 在庫ゼロ
マウスで百五十万溶かした翌月に、次の思いつきが四つ来た。
同時に四つだ。
ゲーマーの脳は、全滅しても次の周回のことを考えている。負けた直後が一番アイデアが出る。負けたパターンを避けて、別の道を探すから。
問題は、四つ全部に手を出したことだ。
——【思いつき①】AIイラストでグッズを作る。
マウスのOEMは「物を作る知識がゼロ」で失敗した。なら物を作るのではなく、デザインだけ変えればいい。
Midjourneyが流行っていた。テキストを入力すると、AIがイラストを生成する。ゲーム風のかっこいいイラストが数秒で出てくる。
これをTシャツやステッカーにすればいい。印刷はプリントオンデマンドの業者に任せる。在庫なし。
AIでイラストを生成した。「サイバーパンク風のゲーマー」「ドラゴンとコントローラー」「ピクセルアートの勇者」。
かっこいい。三十秒で出来上がる。
Tシャツにプリントした。サンプルを作った。SNSに載せた。
三日後、DMが来た。
ゲーム会社の法務部門からだった。
「貴社が販売されているTシャツのデザインが、弊社タイトルのキャラクターに酷似しております。著作権侵害の恐れがありますので、即時販売停止をお願いいたします」
——酷似。
AIに「ゲーム風のキャラクター」と入力したら、既存のゲームキャラクターに似たものが出てきた。AIの学習データに既存のゲームのイラストが含まれているからだ。
即時停止した。印刷済みのサンプル五枚を廃棄した。
損失約二十万(サンプル制作費+業者との契約解除料)。
カナが言った。
「AIで生成した画像の著作権は、現状では法的にグレーです。他社のIPに似たものが出るリスクは常にあります。商用利用は危険です」
調べたら、アメリカではAI生成物に著作権が認められない判決が出ていた。日本でも議論の途中だ。
誰の権利か分からないものを、商品にしてはいけない。
二十万の損失。マウスの百五十万に比べたら軽傷だが、「AIで楽にモノを作る」という発想自体が甘かった。
——【思いつき②】攻略本を出版する。
これは前から温めていた。攻略サイトに蓄積された記事を書籍化する。
ネットの記事を紙にすれば、ネットを見ない層にも届く。書店に並べば、ブランドの認知度が上がる。
自費出版を選んだ。出版社に持ち込んでも相手にされない。自費なら自分のペースで出せる。
印刷会社に見積もりを取った。B5サイズ、百六十ページ、フルカラー。五百部で約六十万円。
六十万。マウスの半分以下だ。
——カナに相談した。
「攻略本を五百部刷りたい」
カナが眼鏡の奥で俺を見た。
「在庫は」
「五百部」
「それは物理的な在庫ですね」
「……はい」
「マウスの時と同じパターンです」
分かっている。分かっているが、本は違う。本は壊れない。初期不良率ゼロだ。返品は来ない。
「刷ります」
カナは何も言わなかった。数字で止められない時、カナは黙る。
刷った。五百部。六十万円。
段ボール十二箱が届いた。また段ボールだ。マウスの段ボールを処分した直後に、本の段ボールが来た。
元引きこもり部屋が再び倉庫になった。
販売した。自社ECサイト。YouTube告知。SNS告知。
——売れた。最初の一週間で六十部。
YouTubeの視聴者が買ってくれた。「紙で読めるのが嬉しい」「本棚に置けるのがいい」。
だが二週間目から失速した。
三十部。二十部。十部。
一ヶ月目の合計:百二十部。
二ヶ月目:十五部。
三ヶ月目:八部。
止まった。
百二十部×二千二百円(定価)=売上二十六万四千円。
仕入れ六十万。送料と梱包で約五万。赤字約三十九万。
在庫三百八十部。
三百八十部の攻略本が、元引きこもり部屋に積み上がっている。
マウスと同じだ。物理的な在庫が部屋を埋める。
——カナは何も言わなかった。月次レポートに数字だけ書いてあった。
「攻略本事業 在庫回転率:0.08回/月。現在のペースで在庫消化に約4年」
四年。四年かけて三百八十部を売る。その間、段ボールが部屋に鎮座し続ける。
「残りは損切りする。イベントで無料配布するか、来場特典にする」
カナが頷いた。損切りを自分で言えたことに、少し成長を感じた。マウスの時はカナに言われるまで決断できなかった。
損失約六十万(印刷費の全額。売上二十六万は回収済みだが、在庫を無料配布する分)。
——【思いつき③】ゲーマー婚活イベント。
これは小さな思いつきだった。
マチアプで苦労した経験がある。ゲーム好き同士なら話が合う。サキさんとはアニメの話で盛り上がった。カナとは——カナはゲームをやらないから別だが。
「ゲーマー同士の出会いの場を作ったら需要があるんじゃないか」
会場を借りた。カラオケボックスのパーティルーム。三時間で三万円。
SNSで告知した。参加費男性三千円、女性千円。
応募。男性二十二人。女性七人。
——比率が崩壊している。
男女比3:1。ゲーマーの男女比がそのまま反映された。
全員は入れない。男性を十五人に絞った。それでも男女比2:1以上。
当日。
カラオケボックスのパーティルームに二十二人。俺が司会。
司会の経験はない。ギルドマスターとしてボイスチャットで指示を出した経験はあるが、リアルの場で二十二人の前に立ったのは初めてだ。
「えー、本日はお集まりいただき——」
ゲーマーは目を合わせない。男性も女性も。全員がスマホを見ているか、テーブルの上のドリンクを見ている。
オンラインでは饒舌なゲーマーが、オフラインでは貝になる。
俺も昔はそうだった。
二時間かけて何とか会話が回り始めた。ゲームの話題を振れば話す。だが「出会い」の空気にはならなかった。ゲームの攻略情報交換会になった。
参加費の合計:男性四万五千円+女性七千円=五万二千円。
会場費:三万円。
飲食費の追加:一万五千円。
SNS告知の広告費:三千円。
収支:約四千円の黒字。
四千円。三時間司会をして四千円。時給千三百三十三円。Uberと変わらない。
だが本当の問題は金ではなかった。
帰宅後に調べた。婚活イベントを継続的にやるには、「結婚相手紹介サービス」として届出が必要になる場合がある。特定商取引法の対象。
知らなかった。法律を知らずにやっていた。
メルカリのBANを思い出した。ルールを知らずにプラットフォームを使って退場させられた。
リアルのルールはもっと厳しい。法律違反は「BAN」ではなく「逮捕」だ。
一回限りで撤退。損失は十五万(準備費用+告知費用。参加費で一部回収)。
——【思いつき④】ゲーム攻略オンラインサロン。
「月額九百八十円で、俺の攻略情報がリアルタイムで読める有料コミュニティ」。
Discordで作った。YouTubeの概要欄で告知。
初月、八十人が入会した。月七万八千四百円。
嬉しかった。だが三ヶ月後に三十人に減った。
理由は明白だった。
俺のYouTubeチャンネルは無料だ。攻略情報は全部無料で出している。有料サロンで出す「追加情報」を作る時間がない。SNS運用三社とYouTube二チャンネルとデイトレと新規事業を同時に走らせているから。
コミット不足だ。
サロンメンバーから声が出始めた。「最近更新ないですね」「YouTubeと同じ内容ですよね」。
無料で出しすぎた人間は、有料の壁を作れない。YouTubeで無料の城を建ててしまったから、その隣に有料の城を建てても、誰も入らない。
六ヶ月で閉鎖。金銭的な損失はほぼゼロだが、時間を大量に消費した。
——四つの思いつき。結果。
①AIイラスト:損失二十万。著作権リスクで即撤退。
②攻略本:損失六十万。在庫三百八十部。
③婚活イベント:損失十五万。法的リスクで即撤退。
④オンラインサロン:損失ゼロ。だが時間を浪費。
合計損失:約九十五万。
マウスの百五十万と合わせて、半年で二百四十五万を溶かした。
法人口座が危険水域に入っている。
——だが。
四つの中に一つだけ、死ななかったものがある。
【思いつき②の副産物】
攻略本を売るために、自社ECサイトを作った。Shopifyで。月額三千三百円。
本は売れなかった。だがECサイトは残った。
ECサイトがあるなら、本以外のものも売れる。
——YouTubeのファンが、コメント欄でよく言っていた。
「時田さんのチャンネルのロゴ、Tシャツにしてほしい」「ステッカー欲しい」。
AIイラストは著作権で駄目だった。だが自分のチャンネルのロゴは自分のものだ。権利の問題がない。
受注生産。
SUZURIというサービスがある。イラストをアップロードすると、Tシャツやマグカップやステッカーにして販売してくれる。在庫を持たない。注文が入ったら一枚ずつ印刷して発送する。
在庫ゼロ。
初期費用ゼロ。
発注があった分だけ製造コストが発生し、売上から差し引かれる。赤字にならない構造だ。
チャンネルのロゴをTシャツにした。ステッカーも作った。マグカップも。
YouTubeの概要欄とSNSで告知した。
売れた。
最初の月、Tシャツ十五枚、ステッカー四十枚、マグカップ八個。
売上約七万円。利益約三万五千円。
三万五千円。
マウスの百五十万、攻略本の六十万と比べたら微々たるものだ。
だが赤字ではない。
在庫がない。返品がない。段ボールが届かない。
翌月も同じくらい売れた。利益四万円。
その翌月も。三万八千円。
毎月、三万から五万の利益が出る。安定している。
——ここで気づいた。
半年間で試した事業を並べた。
失敗したもの:マウスOEM、AIイラスト、攻略本、婚活イベント、オンラインサロン。
成功したもの:受注生産EC。
失敗したものの共通点。
在庫がある。物理的なモノを作って、売れなかったら残る。
知識の外。物を作る、店を出す、イベントを運営する——全部ネットの外。
コミット不足。同時に複数やって、どれも中途半端。
成功したものの共通点。
在庫がない。受注生産。注文が入ったら作る。
ネット完結。ECサイトとSNSだけで売れる。
既存のファンベース。YouTubeの視聴者がそのまま顧客。
俺にしかない資産。チャンネルのロゴ、ブランド。
——これだ。
在庫を持たないECなら、俺でもできる。
物理的なモノを在庫として持つと死ぬ。受注生産で在庫ゼロなら死なない。
月三万の利益は小さい。だが死なない事業は育てられる。死ぬ事業は育てる前に終わる。
村瀬にLINEした。
「半年で五つ試して四つ失敗した」
「あんた、散らかりすぎだ」
「分かってる」
「で、一つは当たったんだろ」
「当たった。在庫ゼロのECが。月三万だけど」
「月三万でも赤字じゃないならいい。赤字の事業を十個やるより、黒字の事業を一個やれ」
赤字の事業を十個やるより、黒字の事業を一個やれ。
正しい。圧倒的に正しい。
だが俺の頭はもう次の思いつきを考え始めている。ゲーム喫茶を——
いや、今はやめておこう。カナの月次レポートを先に見よう。
数字を見てから考える。感情ではなくデータで判断する。
リナが教えてくれた教訓だ。
【個人資産】約101万(証券口座40万+銀行13万+NISA51万 ※評価額+14万)
【法人】株式会社ギルド
<半年間の新規事業損益>
OEMマウス:−150万
AIイラスト:−20万
攻略本:−60万(在庫無料配布で処理)
婚活イベント:−15万
サロン:±0(時間損のみ)
受注生産EC:+20万(半年累計)
新規事業合計:−225万
<本業(SNS運用+WEB+広告)>
売上:+312万(52万×6ヶ月)
人件費+固定費:−375万(62.5万×6ヶ月)
本業合計:−63万
<法人口座残高>
約110万(500万→1年半で390万減少)
★法人口座110万。危険水域。あと10ヶ月で資金ショート★
★失敗5つ、成功1つ。打率.167。だが打席に立ち続けている★
★成功の共通点:在庫ゼロ、ネット完結、既存ファン、自分の資産★
★村瀬「赤字の事業を十個やるより、黒字の事業を一個やれ」★
★次の思いつき(ゲーム喫茶)が頭にちらついている……★




