第43話 初期不良
思いついたのは、深夜のデイトレ振り返りの最中だった。
ゲーミングマウスのレビュー動画がYouTubeのおすすめに上がってきた。再生数が八十万回。
八十万。俺の攻略チャンネルの最高が十二万だ。ゲーミングデバイスのレビューは数字が取れる。
動画のコメント欄を見た。
「おすすめのマウスありますか?」「軽いマウス探してます」「一万円以下でいいやつない?」
需要がある。
——閃いた。
自分のブランドのゲーミングマウスを作ればいい。
俺にはYouTubeチャンネルがある。登録者は一万五千人に増えている。この一万五千人にマウスを売ればいい。
マウスは自分で設計する必要はない。OEMだ。中国の工場に発注すれば、既存の金型で自分のブランド名を入れたマウスが作れる。
ネットで調べた。Alibabaで「gaming mouse OEM」と検索した。
大量に出てきた。
最安は一個五ドルからある。だが安いのは無地の汎用品だ。自社ロゴを入れて、パッケージもオリジナルにして、説明書も日本語で作るとなると話が変わる。
工場とやり取りした。翻訳はDeepLだ。
カスタムロゴ刻印、オリジナルパッケージ、日本語説明書同梱で、一個十八ドル(約二千七百円)。最小ロット五百個。五百個で約百三十五万円。それに国際送料と関税で約十五万。
初期投資百五十万。
一個四千九百八十円で売れば、一個あたり二千二百八十円の粗利。五百個売り切れば百十四万の粗利。
初期投資百五十万で百十四万の回収。全部売り切っても赤字だ。
——全部売り切れば「ほぼトントン」。単価を上げるか。
五千九百八十円にした。粗利三千二百八十円。五百個で百六十四万。これなら黒字になる。
問題は五千九百八十円のマウスが五百個売れるかだ。
——カナに相談した。
「ゲーミングマウスを作ろうと思うんだけど」
カナが眼鏡の奥の目でこちらを見た。
「作る?」
「OEMで。中国の工場に発注する。五百個で三十七万くらい」
「品質管理はどうしますか」
「……品質管理?」
「中国の工場に発注して、届いた製品の品質は誰が確認するんですか。不良品が混じっていたら。ボタンが効かなかったら。ケーブルが断線していたら」
「検品は——」
「代表が五百個検品するんですか」
考えていなかった。
五百個のマウスを一個ずつPCに繋いで、全ボタンをクリックして、ホイールを回して、センサーの動きを確認する。何時間かかる。
「検品は工場側にさせればいい。検品済みで出荷してもらう」
「工場の検品基準と、日本の消費者が求める品質基準は同じですか」
同じかどうか。分からない。
「先に一個サンプルを取り寄せて確認した方がいいのでは」
正しい。カナは正しい。
だが俺の頭はもう「五百個売ったら百六十一万」で走り始めていた。
サンプルを取り寄せた。一個。送料込みで二千円。二週間かかった。
届いた。
箱を開けた。黒いマウス。六ボタン。RGB LED。見た目は悪くない。
PCに繋いだ。動く。クリックできる。ホイールも回る。
——いけるじゃないか。
サンプルは良かった。サンプルは。
「サンプルが良くても、量産品の品質が同じとは限りません」
カナが言った。だが俺はもう発注ボタンの前にいた。
発注した。五百個。約三十七万円。PayPalで送金。
一ヶ月後、届いた。
段ボール十箱。オフィスに入り切らない。自宅に運んだ。二階の元引きこもり部屋に積んだ。
二十年間引きこもっていた部屋が、ゲーミングマウスの倉庫になった。
——検品を始めた。
一個目。動く。OK。
二個目。動く。OK。
三個目。右クリックが反応しない。不良。
四個目。動く。OK。
五個目。ホイールが引っかかる。不良。
六個目。動く。OK。
七個目。LEDが点灯しない。不良。
七個で三個が不良。不良率42%。
——嘘だろ。
十個目まで検品した。不良は四個。不良率40%。
サンプルは良かった。サンプルは一個だけ、ちゃんと選ばれた「見本」だった。量産品は違う。
五十個まで検品した。不良は八個。不良率16%。最初の十個が偏っていたようだ。
全数検品は無理だ。五百個を一個ずつ確認していたら何日かかる。
百個を抜き取り検品した。不良は十六個。不良率16%。
十六%。六個に一個が不良。
ネットで調べた。中国OEMのゲーミングデバイスで不良率10~20%は「よくある話」と書いてあった。品質管理の現地チェックなしで発注した場合の典型的な数字だ。
よくある話。
よくある話を、俺は知らなかった。
カナが言っていた。「品質管理はどうしますか」。答えられなかった。答えがなかったのに発注した。
——それでも売った。
不良品を除外して、残りをYouTubeとSNSで販売した。自社ECサイトで。
「ギルドブランド ゲーミングマウス 3,980円」
最初の一週間で五十個売れた。YouTubeの告知動画が効いた。
だが二週間目から返品が始まった。
「一ヶ月で左クリックが効かなくなりました」
「ホイールがギシギシ言います」
「ケーブルの接続部分がぐらつきます」
検品を通った個体でも、使い始めると壊れる。耐久性が低い。日本の消費者が求める品質に達していない。
返品対応。返金処理。代替品の発送。謝罪メール。
岡田が対応に追われた。SNS運用の仕事が後回しになった。
クライアントの投稿スケジュールが遅れた。
本業に影響が出ている。
——カナが月次レポートを出した。
「マウス事業 損益」
売上:約58万(正規販売80個×平均5,200円+ジャンク放出分)
仕入原価+関税・送料:約150万(500個+国際送料+関税)
返品・返金:約12万
国内送料(発送+返品):約6万
検品・対応の人件費(岡田の稼働時間換算):約15万
梱包資材・ECサイト構築:約5万
収支:約130万の赤字
在庫:約350個(不良品80個含む)
「代表。在庫350個の保管コストと、返品対応の人件費を考えると、売り続けるほど赤字が拡大します。撤退を提案します」
撤退。
まだ三百個ある。三百個を三千円で売れば九十万——
「値下げして売ろうとしても、レビューが荒れています。これ以上売ると、YouTubeチャンネルのブランドに傷がつきます」
レビュー。
自社ECのレビューを見た。
星一つ。「一ヶ月で壊れた」。星二つ。「値段相応。品質は悪い」。星一つ。「ゲーミングを名乗るな」。
YouTubeのコメント欄にも出始めている。
「時田さんのマウス買ったけど壊れました」「ちょっとがっかりです」。
——がっかり。
視聴者が、がっかりしている。
三年かけて築いたYouTubeの信頼が、マウスで傷ついている。
カナは正しい。撤退だ。
「撤退する。在庫は——」
「不良品80個は処分。残り220個は、赤字覚悟で格安で放出するか、廃棄するかです」
「格安で放出しよう。千円で。送料込みで千五百円。これ以上の返品リスクは負えないから、ジャンク品扱いで、ノークレーム・ノーリターンで」
「格安で放出しよう。千五百円で。送料込み。ノークレーム・ノーリターンのジャンク品扱いで」
千五百円でヤフオクのジャンクカテゴリに出した。
二ヶ月かけて百五十個が売れた。残り約百二十個は廃棄処分した。
最終損益。
売上合計:約80万(正規販売58万+ジャンク放出22万)
総コスト:約230万(仕入・関税150万+返品12万+送料6万+人件費15万+梱包他5万+ジャンク発送・廃棄5万+その他37万)
損失:約150万。
——百五十万。
資本金五百万のうち、山下で九十四万、橋本で百三十七万、マウスで百五十万。
合計三百八十一万が消えた。
残りは——カナの月次レポートを見た。
法人口座残高:百七十二万円。
五百万が百七十二万になった。
——帰宅して、元引きこもり部屋を見た。
段ボールは片付けたが、部屋の隅にマウスの空き箱がまだ残っている。
中国から届いた十箱の段ボール。PS2のソフトが入っていた三箱の段ボール。
段ボールが俺の人生についてくる。
——村瀬にLINEした。
「ゲーミングマウス作って百五十万溶かした」
「あんた、また知識の外に出たな」
「出た」
「何回目だ」
「株の次だから……三回目くらい」
「で、何を学んだ」
「物を作る知識がゼロだった。品質管理ってものを舐めてた」
「ネットの外に出ると負けるんだろ。あんたの戦場はネットだ。物理的なモノに手を出すな」
物理的なモノに手を出すな。
だが俺の頭はもう次のことを考え始めている。
攻略サイトのコンテンツを本にしたら——
いや。やめろ。物理的なモノだ。在庫が積み上がる。
——いや、やるかもしれない。
ゲーマーは全滅しても次の周回に行く。負けた場所を覚えて、同じ罠は避ける。だが新しい罠には引っかかる。
それが俺だ。
【個人資産】約98万(証券口座38万+銀行12万+NISA51万 ※評価額+14万)
【法人】株式会社ギルド
<マウス事業 最終損益>
売上合計:80万(正規58万+ジャンク22万)
総コスト:230万(仕入関税150万+返品送料人件費その他80万)
損失:−150万
<法人口座残高>
172万(資本金500万→1年9ヶ月で328万減少)
<月次(マウス撤退後)>
売上:+52万(SNS三社+WEB+広告)
経費:−62万(人件費+家賃+固定費)
月次損益:−10万
★物を作る知識ゼロ。品質管理ゼロ。150万の授業料★
★中国OEMの不良率16%は「よくある話」——知らなかった★
★YouTubeの信頼に傷。星一つレビューの修復には時間がかかる★
★カナの「品質管理はどうしますか」を聞いておけば★
★法人口座172万。あと1年半で資金ショート★
★だが頭はもう次の思いつきを考え始めている★




