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第40話 山下


 応募が七件来た。

 マーケター枠に五件。事務枠に二件。

 事務枠の一人は吉田さんの紹介で来週面接する。まずマーケターを先に見る。

 七件の履歴書をオフィスのデスクに並べた。八坪の部屋に一人で座って、他人の人生を紙で見ている。

 面接の経験がない。される側しかやったことがない。模擬面接で教室を凍らせた記憶しかない。

 後藤さんに電話した。

 「面接官のやり方って、何かコツありますか」

 「聞きたいことを三つに絞れ。一、なぜうちに来たいのか。二、前職で何をやったか。三、入ってから何がしたいか。この三つだけ聞け。あとは相手が勝手に喋る」

 三つ。シンプルだ。

 「もう一つ。面接官が一番やっちゃいけないことがある」

 「何ですか」

 「気に入った相手の欠点を見ないことだ。好印象の人間が来ると、都合の悪い情報を無視する。あんたはリナの時にそれをやった。面接でもやるぞ」

 ——刺さった。

 リナの時、赤旗を全部無視した。返信が異常に速いことも、LINE交換が早すぎることも、「年上が好き」の裏も。好意が嬉しくて、都合の悪い情報を消した。

 面接でも同じことが起きる。

 「分かりました。気をつけます」

 ——面接一人目。

 応募者A。三十一歳。前職は中堅のWeb制作会社でマーケ担当。経歴は立派だ。

 「なぜ前の会社を辞めたんですか」

 「上司が無能だったんです。提案しても通らない。新しいことをやろうとしても『前例がない』の一点張りで。あの会社にいたら腐ると思って」

 上司が無能。前例がない。会社が悪い。

 俺は黙って聞いた。

 「時田さんの会社はスタートアップだから、裁量があると思って応募しました。前の会社では全然自由がなくて」

 前の会社。前の会社。前の会社。

 五分間で「前の会社」が八回出た。

 後藤さんの声が聞こえる。「好印象の人間が来ると、都合の悪い情報を無視する」。

 この人は好印象ではない。だが経歴は立派だ。経歴に引っ張られそうになる。

 引っ張られるな。

 リナを思い出せ。「年上が好き」という言葉の裏を見ろ。

 この人は前の会社の悪口を言っている。ここに入っても、うちの悪口を次の面接で言うだろう。

 「ありがとうございました。後日ご連絡します」

 不採用にした。

 ——面接二人目。

 応募者B。二十四歳。職歴はアルバイトのみ。

 「志望動機を教えてください」

 「ゲームが好きで、ゲーム会社で働きたくて!」

 「うちはゲーム会社ではなくて、マーケティング会社なんですが」

 「あ、そうなんですか?」

 求人票を読んでいない。「ゲーム」の文字だけ見て応募してきた。

 三年前の俺を見ているようだった。「ゲームが好きです。よろしくお願いします」の十四文字でマチアプに登録した俺と同じだ。

 「好き」だけでは仕事にならない。それを俺は三年かけて学んだ。

 「今日はありがとうございました」

 不採用。

 ——面接三人目。

 山下。二十六歳。前職はSNSマーケティング会社でアシスタントを一年。

 第一印象は良かった。

 髪が整っている。服がきれい。声がはっきりしている。目を見て話す。

 「なぜうちに応募を?」

 「ゲーム業界のマーケティングに特化している会社は珍しくて、面白そうだなと。あと時田さんのYouTubeチャンネル、見てました」

 YouTubeを見ている。俺の活動を知っている。

 「入ったら何がしたいですか」

 「SNSをバズらせたいです。今のアカウント、正直もったいないなと思ってて。もっと短尺動画を増やして、TikTokにも展開して、一気にフォロワーを伸ばしたい。バズればクライアントも増えますよね」

 バズ。TikTok。フォロワー。

 勢いがある。言葉に力がある。前の二人にはなかったエネルギーだ。

 ——後藤さんの声が聞こえる。「気に入った相手の欠点を見ないこと」。

 気に入っている。認めよう。山下の勢いに、気に入っている。

 だが「バズらせたい」の裏を見ろ。

 「前職ではどんな仕事を?」

 「SNSの投稿スケジュール管理と、レポート作成です。あとインフルエンサーのリストアップとか」

 アシスタント業務だ。自分で戦略を立てたことはない。実行はしているが、設計はしていない。

 「バズらせる、というのは具体的にどうやりますか」

 「トレンドに乗った投稿を出して、リツイートを誘発する。あと炎上マーケとまでは言わないですけど、話題性のある切り口で」

 炎上マーケ。

 赤旗だ。

 クライアントのゲーム会社が炎上したら、SNS運用を任せている俺の責任になる。

 ——だが他に候補がいない。

 三人面接して、まともに会話が成立したのは山下だけだ。残り二人は履歴書の時点で見送った。

 山下には勢いがある。若い。学ぶ力はあるかもしれない。「炎上マーケ」は注意すれば修正できるかもしれない。

 ——採用した。

 月給二十二万。社会保険加入。交通費支給。

 人を一人雇うと、給与以外にも金がかかる。社会保険の会社負担は給与の約15%。二十二万の15%は三万三千円。毎月、給与明細には載らない三万三千円が会社の口座から消える。

 月の固定費を計算した。

 山下の給与:二十二万。

 社会保険の会社負担:三万三千円。

 オフィス家賃:十二万。

 光回線:五千五百円。

 合計:約三十七万八千円。

 SNS運用の二社で月三十万の売上。固定費に七万八千円足りない。

 足りない分はデイトレとYouTubeと広告収入で補う。

 綱渡りだ。

 ——山下が出勤した初日。

 八坪のオフィスに、二人。

 デスクが四つ。二つが埋まった。残り二つは空席。

 「山下くん、まずこれを読んでくれ」

 クライアント二社の契約内容、過去の投稿一覧、コミュニティのガイドラインをまとめた資料を渡した。ギルドの新人に渡す「ギルドルールブック」と同じだ。

 山下がパラパラとめくった。

 「時田さん、これ結構地味な作業が多いですね」

 地味。

 「コメントへの返信ルールとか、ハッシュタグの選定基準とか。もっとクリエイティブな仕事かと思ってました」

 「クリエイティブな仕事は、地味な作業の上に乗ってるんだよ。コミュニティの空気を作るには、毎日の返信が一番大事で——」

 「分かりました分かりました。まずはやってみます」

 分かりました分かりました。

 二回言った。

 ——一ヶ月目。

 山下は仕事が速かった。投稿のデザインがきれい。画像の作り方がうまい。若い感性がある。

 だが返信が雑だった。

 ユーザーからのリプライに、テンプレートで返している。「ありがとうございます!」「参考にします!」。

 俺がYouTubeでやっているのは、一人一人のコメントに具体的に返すことだ。「その編成で倒せたんですね、火力キャラは何を使いましたか?」と聞き返す。会話にする。

 山下のやり方は会話ではない。通知を消す作業だ。

 注意した。

 「返信、もう少し具体的にしてくれないかな。相手のコメントの内容に触れて——」

 「でも時田さん、全部に丁寧に返してたら時間がもったいなくないですか。それよりバズる投稿を作った方が効率いいですよ」

 効率。

 効率で言えば山下が正しいかもしれない。だがコミュニティは効率では作れない。

 ギルドで学んだ。メンバーの発言を一つ一つ拾うギルマスのギルドは過疎らない。効率よく運営しようとして発言を無視するギルマスのギルドは過疎る。

 「やり方はいろいろあるけど、うちのクライアントは返信の丁寧さを評価してくれてるから。それは変えないでほしい」

 「……分かりました」

 一回だけだった。

 ——二ヶ月目。

 山下が自分のSNSアカウントで投稿した。

 「ベンチャーで修行中! ゲーム業界のマーケを内側から学んでます。最近の案件で学んだこと→」

 その下に、クライアントの投稿戦略の一部が書かれていた。具体的な数字はないが、「某ゲーム会社のSNS運用で、エンゲージメント率を〇〇%改善」という表現。

 クライアント情報だ。

 名前は出していない。だが業界は狭い。分かる人には分かる。

 心臓が冷えた。

 ——山下を呼んだ。

 「この投稿、消してくれ」

 「え? なんでですか」

 「クライアントの情報が入ってる。名前は出してないけど、分かる人には分かる」

 「でも具体的な数字は書いてないですよ。ぼかしてるし——」

 「ぼかしてても駄目だ。クライアントとの契約にNDAが入ってる。情報漏洩に当たる可能性がある」

 NDA。秘密保持契約。吉田さんの助言で、全クライアントとの契約書に入れてあった。

 山下の顔が曇った。

 「そういうの、最初に言ってくれないと分からないですよ」

 言った。ギルドルールブックに書いてある。「クライアント情報の外部発信は禁止」と。

 読んでいない。

 あの「分かりました分かりました」は、分かっていなかった。

 ——三ヶ月目。

 山下の仕事の質が落ちた。

 返信は相変わらずテンプレート。投稿のデザインは手を抜き始めた。遅刻が増えた。

 そしてある朝、LINEが来た。

 「時田さん、お話があります。今日の終業後にお時間いただけますか」

 ——来た。

 分かっていた。空気で分かっていた。

 終業後。八坪のオフィスに二人。

 「辞めさせてください」

 「……理由を聞いていい?」

 「もっとスピード感のある会社に行きたいです。正直、ここは地味な作業が多くて。自分のキャリアを考えると、もっと大きな案件をやれる環境の方がいいかなと」

 スピード感。キャリア。大きな案件。

 どれも山下の言葉ではない。転職サイトに書いてある言葉だ。

 「分かった。引き継ぎをお願いしてもいい?」

 「来週いっぱいで」

 来週いっぱい。二週間の引き継ぎもない。

 ——山下が去った日。

 八坪のオフィスに、俺一人。

 デスクが四つ。一つだけ使われている。

 三つが空席に戻った。

 山下の机を片付けた。何も残っていなかった。私物はペン一本と卓上カレンダーだけだった。三ヶ月の痕跡がペン一本。

 ——採用コストを計算した。経理はまだいないが、自分で計算できる。訓練校のExcelだ。

 求人掲載料:二万円

 山下の三ヶ月分の給与:六十六万円

 社会保険の会社負担(給与の15%×3ヶ月):約九万九千円

 教育にかけた時間:約八十時間(時給換算で約十六万円)

 合計:約九十四万円

 九十四万。

 百万近い金が消えた。売上は増えていない。山下がいた三ヶ月間、売上はむしろ微減した。返信の質が落ちて、クライアントの評価が少し下がった。

 しかも山下が辞めた後も、社会保険の手続きと離職票の発行がある。人を雇うのは「入口」だけでなく「出口」にも金と手間がかかる。

 ——採用は課金ガチャだ。

 十連ガチャを回した。SSRが出ると思った。演出が良かった。金色の光が出た。

 蓋を開けたらNだった。

 十連分の石(九十四万円)が消えた。

 だがガチャは回さないと当たらない。回すしかない。

 ——村瀬にLINEした。

 「最初の社員、三ヶ月で辞めた」

 「言っただろ。全部起きるって」

 「起きた」

 「次どうする」

 「もう一回回す。ガチャを」

 「当たるまで回せ。排出率は低いが、天井はある」

 天井があるかは分からない。だが回さなければ始まらない。

 吉田さんに電話した。

 「事務の方、いつ面接できますか」

 「来週でどうですか。中川さんという方です。真面目な方ですよ」

 中川さん。

 来週、二回目の面接をする。

 今度はNDAの話を最初にする。ルールブックを読ませる。「分かりました」が本当に分かっているか確認する。

 同じ失敗は二度としない。

 ゲーマーは同じ罠で二度死なない。

   【個人資産】約83万(証券口座28.3万+銀行6.9万+NISA48万 ※評価額+9.5万)

   【法人】株式会社ギルド(資本金500万でスタート)

   <売上(3ヶ月間)>

    SNS運用二社:+90万(30万×3ヶ月)

    WEBマーケ月額:+6万(2万×3ヶ月)

    売上合計:+96万

   <経費(3ヶ月間)>

    人件費(山下):−75.9万(給与66万+社保15%で9.9万)

    家賃:−36万(12万×3ヶ月)

    保証金(預入):−36万

    初期費用:−30.6万(仲介12万+設備4.9万+回線1.7万+求人2万+その他10万)

    経費合計:−178.5万

   <法人口座残高>

    500万+96万−178.5万=約417万

   ★資本金の17%が3ヶ月で消えた。うち半分が山下の人件費★

   ★売上96万に対し経費178万。法人単体は赤字。資本金を食っている★

   ★「採用は課金ガチャ。回さなければ当たらない」★

   ★来週、中川カナの面接。今度は失敗しない——と思いたい★

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