第38話 募集
40歳コドオジニートの下剋上
第二部
第38話 募集
二社目が来た。
ゲーム会社のSNS運用。一社目の田中さんからの紹介だ。
「時田さんのやり方を見て、うちもお願いしたいと言ってる会社があるんですが」
断る理由がない。月十五万の契約がもう一本増える。月三十万。年間三百六十万。SNS運用だけで、去年の年商を超える。
「ぜひ」と答えた。
答えてから、カレンダーを見た。
月曜日。
9:00-15:00 デイトレ(板に張り付く時間。SNS投稿の合間に)
15:00-17:00 一社目のSNS投稿作成・リプライ対応
17:00-19:00 YouTube動画編集
19:00-20:00 攻略サイト記事執筆
20:00-21:00 リフォーム会社のSEOレポート作成(月一)
21:00-22:00 メール・請求書処理
ここに二社目のSNS運用が入る。
入らない。
物理的に入らない。
一社目のSNS運用は週二十時間だ。二社目も同規模なら週二十時間。合計週四十時間。
週四十時間はフルタイムの会社員と同じだ。だが俺にはSNS運用以外の仕事がある。デイトレ。YouTube。攻略サイト。リフォーム会社。経理。請求書。確定申告の準備。
全部合わせると週六十時間を超える。
一日八時間半以上。週七日。休みなし。
——三年前、Uberとせどりとジムで毎日走り回っていた頃と同じだ。体力の限界で回していた。
だがあの頃は体力の仕事だった。今は頭の仕事だ。体力の限界は寝れば回復する。頭の限界は寝ても回復しない。
二社目のSNS運用を始めて二週間で、異変が出た。
一社目の投稿クオリティが落ちた。
田中さんからメッセージが来た。
「時田さん、先週の投稿なんですが、誤字が二箇所あって。あと、いつもつけてくださるハッシュタグが抜けてる投稿がありまして」
誤字。ハッシュタグの抜け。
ありえないミスだ。メルカリの商品説明文で誤字を出したことは一度もない。プロフィールを何度も推敲した男が、誤字を出した。
確認する時間がなかった。
二社分の投稿を作って、確認せずに予約投稿した。確認する時間を、デイトレの板を見る時間に使った。
——YouTubeも落ちた。
動画の更新頻度が週二本から週一本に減った。コメントへの返信が二日遅れになった。常連の視聴者から「最近投稿少ないですね」とコメントが来た。
攻略サイトの記事更新も止まった。先月はゼロ本。
全部中途半端だ。
どの仕事も70%の力でやっている。100%を出す時間がない。70%が五つあっても、100%が三つある方がいい。
——夜。布団に入った。
眠剤は飲んでいない。もう半年以上飲んでいない。
だが眠れない。
不安で眠れないのではない。頭が止まらないから眠れない。
明日の投稿の内容。返信していないリプライ。編集途中の動画。書きかけの記事。デイトレの持ち越しポジション。
タスクが頭の中を走り回っている。ブラウザのタブを三十個開いているようなものだ。どのタブも閉じられない。
——ゲームで言えば、こうだ。
ギルドマスターが一人でレイドをやっている。
タンクも俺。DPSも俺。ヒーラーも俺。バフも俺。
一人で全ロールをこなそうとしている。
無理だ。
MMOは一人ではクリアできない。だからギルドがある。だからパーティを組む。役割を分担する。
株式会社ギルド。
ギルドなのに、メンバーが俺しかいない。
ギルドマスター一人のギルドは、ギルドではない。ソロプレイヤーだ。
——人を雇わないといけない。
分かっている。分かっているが、怖い。
人を雇うとは何だ。
面接する。選ぶ。契約する。給料を払う。指示を出す。管理する。評価する。
全部、やったことがない。
いや——一つだけやったことがある。
ギルドの採用だ。
WoWのギルドでは、入団希望者に対して審査をしていた。レベル。装備。プレイスタイル。性格。ギルドの雰囲気に合うかどうか。
現実の採用も同じはずだ。スキル。経験。仕事のスタイル。会社の空気に合うかどうか。
だがギルドの採用には金がかからなかった。間違えても、キックすれば済んだ。
現実の採用には金がかかる。間違えると、給料を払いながら仕事が回らない地獄が待っている。
——村瀬に相談した。サイゼリヤ。ミラノ風ドリア。
「人を雇おうと思ってる」
「ついにか」
「ついにって」
「あんた、いつか限界が来ると思ってた。一人でやりすぎだ」
「怖い」
「何が」
「間違った人を雇ったらどうしよう。仕事ができない人が来たらどうしよう。すぐ辞められたらどうしよう」
村瀬がウーロン茶を飲んだ。
「全部起きるよ」
「……え」
「間違った人を雇うこともある。仕事ができない人が来ることもある。すぐ辞められることもある。全部起きる。採用なんてそんなもんだ。俺だって営業部の新人が三ヶ月で辞めたことが何回もある」
「それ聞いて余計怖くなったんだけど」
「怖くていいよ。怖いまま雇え。姉貴にも言われただろ。怖いまま行けって」
怖いまま。
姉貴に会いに行った時も怖かった。電話をかけた時も怖かった。
怖いまま動く。それが俺のやり方だ。
「あとな、最初に雇うのは自分と同じ仕事をする人間じゃなくていい」
「どういうこと」
「あんたが今一番時間を取られてるのは何だ。SNS運用か。YouTube編集か」
「……経理。請求書。契約書。メール対応。そういう事務作業」
「だろ。そこを誰かに任せれば、あんたは本業に集中できる。最初に雇うのはマーケターじゃない。事務だ」
事務。
事務を雇う。経理と請求書と契約書を任せる。
そうすれば、SNS運用とYouTubeとデイトレに集中できる。
「吉田さんに相談してみろ。税理士なら経理ができる人を知ってるかもしれない」
——翌日、吉田さんに電話した。
「事務の人を雇いたいんですが、誰かいい人いませんか」
「ちょうど、うちの事務所を辞める子がいるんですよ。経理ができます。真面目な子です」
「紹介してもらえますか」
「面接しますか?」
面接。
俺が面接をする。
三年前、模擬面接で教室を凍らせた男が、今度は面接官をやる。
「……します」
——だがその前に、問題がある。
オフィスだ。
今の俺の仕事場は、実家の二階だ。二十年間引きこもっていた部屋だ。天井には雨漏りの染みがある。壁にはWoW時代のポスターの跡がある。机の上にはPC二台とプロテインの袋とデイトレ用のモニターが並んでいる。
ここに社員を呼ぶのか。
無理だ。
「元引きこもりの部屋で働いてください」は求人票に書けない。
オフィスが要る。人を雇う前に、場所が要る。
——求人を出すのは、オフィスを借りてからだ。
不動産屋に行かないといけない。法人契約で事務所を借りる。家賃が毎月かかる。
家賃が増える。固定費が増える。
怖い。
だが自宅の二階で一人でやっている限り、「株式会社ギルド」はギルドにはならない。
ソロプレイヤーのまま終わる。
——来週、不動産屋に行く。その次に、人を探す。
順番を間違えるな。まず場所。次に人。
ゲームでもそうだ。ギルドハウスを建ててからメンバーを募集する。ハウスがないのに「入団しませんか」と言っても、「どこに集まるんですか」と聞かれて終わりだ。
スマホを見た。
LINEの友達リスト。
姉貴。村瀬。長谷川さん。サキさん。後藤さん。吉田さん。田中さん。
七人。
三年前はゼロだった。
ゼロから七人。そしてこれから、ギルドにメンバーが入る。
まず、ギルドハウスを建てるところからだ。
残金:1,245,039円
(内訳:証券口座24万8,000円 + 銀行48万7,039円 + NISA45万円 ※NISA評価額+88,200円)
※収入:SNS運用(一社目) +150,000円
※収入:SNS運用(二社目) +150,000円(初月)
※収入:WEBマーケ月額 +20,000円
※収入:株デイトレ確定利益 +65,000円
※収入:YouTube広告 +16,000円
※収入:サイト広告 +7,500円
※食費:約16,000円
※光熱費:約8,000円
※通信費:約11,500円
※ジム月額:約7,800円(行けない日が増えている)
※プロテイン:約3,200円
※レンタルサーバー+ドメイン:約1,100円
※税理士顧問料:約10,000円
※NISA積立:−30,000円
★月収40万超え。だが時間が破綻している★
★SNS一社目にミスが出始めた。品質70%の仕事を五つやるな★
★ギルドメンバー:0人。ギルマス一人のギルドはギルドではない★
★まずオフィスを借りる。その後に人を探す★
★ジムに行けない日が増加。体の管理が後回しに★




