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第33話 運用


 YouTubeのDMに、メッセージが来た。

 個人の視聴者からのDMは珍しくない。攻略の質問、編成の相談、たまに荒らし。

 だがこのDMは違った。

 「突然のご連絡失礼いたします。株式会社〇〇の田中と申します。弊社はスマートフォン向けゲームの開発・運営を行っております。時田様のチャンネルを拝見し、コミュニティ運営のご経験に関心を持ちご連絡いたしました。弊社のSNS運用・コミュニティマネジメントについてご相談できればと思っております」

 企業からの連絡だ。

 ——詐欺かもしれない。

 最初にそう思った。リナの経験がある。突然の好意的な連絡を額面通りに受け取らない。

 会社名を検索した。実在した。従業員五十人ほどの中小ゲーム会社だ。リリースしているタイトルも知っている。攻略動画を一本作ったことがある。

 会社のHPを見た。採用ページにSNS担当者の募集が出ていた。正社員で「実務経験三年以上」。

 業務委託の外注先を探しているのだろう。

 返信した。オンラインミーティングを設定した。

 ——三日後。Zoom。人生初。

 カメラをオンにした。自分の顔が映った。マチアプで撮った写真よりはいい顔をしている。

 田中さんはマーケティング部の部長だった。四十代半ば。穏やかそうな男性。

 「時田さんのチャンネル、社内でも話題になっていまして。攻略動画のクオリティもですが、コメント欄の雰囲気がすごくいいんですよね」

 「ありがとうございます」

 「ゲーム系のYouTubeチャンネルって、コメント欄が荒れがちじゃないですか。でも時田さんのチャンネルは荒れてない。常連さんが新規の人をフォローしたり、攻略情報を補足し合ったり。あれ、どうやって作ったんですか」

 特別なことはしていない。

 コメントに返信する。質問には答える。良い情報を出してくれた人には名前を挙げて感謝する。荒らしは静かにブロックする。新規が入りやすいように初心者向け動画を定期的に出す。

 「ギルドと同じことをしてるだけです」

 「ギルド?」

 「オンラインゲームのギルドです。昔、ギルドマスターをやっていたので。メンバー二百人くらいの」

 田中さんの表情が変わった。

 「ギルドマスター。二百人の」

 「はい。十年くらい」

 「……それ、そのまま欲しいスキルです」

 模擬面接で教室が凍った話だ。

 あの日、「ギルドマスターの経験」と言ったら笑い声が上がった。後藤さんだけが「使えるぞ」と言った。

 今、ゲーム会社のマーケティング部長が「欲しいスキルです」と言っている。

 「弊社、新作タイトルのリリースを控えてまして。公式Twitterのフォロワーが三万人いるんですが、エンゲージメントが低いんです。投稿しても反応が薄い。フォロワーはいるのにコミュニティになっていない」

 フォロワーはいるのにコミュニティになっていない。

 それは、ギルドメンバーはいるのにレイドに参加する人がいない状態と同じだ。

 「フォロワーの数と、コミュニティの熱量は別物です」

 言った後で、自分が言ったことに驚いた。考えて言ったのではない。経験から出てきた。

 「メルカリで三百件以上売りましたが、写真と説明文を変えるだけで売れ方が変わります。同じ商品でも見せ方で反応が変わる。SNSも同じで、同じ情報でも出し方を変えるとエンゲージメントが変わります」

 田中さんがメモを取っている。

 「具体的には何をしますか」

 「まず今の投稿を分析します。どの投稿にいいねやリツイートが多いか。時間帯、内容、画像の有無。パターンを見つけます。それとリプライへの対応です。今の公式アカウント、ユーザーのリプに返信してないですよね」

 「してないです。手が回ってなくて」

 「返信するだけで変わります。ユーザーは公式に話しかけて無視されると離れます。返信されると『見てくれてる』と思って定着する。ギルドでも同じでした。メンバーのチャットを無視するギルマスのギルドは過疎ります」

 田中さんが笑った。

 「時田さん、全部ゲームで喩えますね」

 「すみません。それしか——」

 「いえ、分かりやすいです。うちはゲーム会社なので、ゲームの喩えが一番刺さります」

 ——話が具体的になった。

 業務内容。公式Twitterの運用。投稿の作成と管理。リプライ対応。キャンペーンの企画。月次レポートの作成。

 「週にどれくらいの稼働を想定していますか」

 「週二十時間くらいお願いしたいんですが」

 週二十時間。Uberの稼働時間とほぼ同じだ。

 「報酬は月額でお支払いしたいのですが、ご希望はありますか」

 いくらを言えばいい。

 リフォーム会社のSEOは月二万。だがあれは週三〜四時間だ。クラウドソーシングのSNS運用相場は月十万〜三十万。

 俺は経験者か未経験者か。SNS運用の実務経験はない。だがYouTubeで八千人のコミュニティを運営している。ギルドで二百人を十年まとめていた。

 「月十五万でいかがでしょうか」

 心臓が跳ねた。今までで一番大きな額を口にした。

 田中さんが少し考えた。

 「……分かりました。まず三ヶ月の契約で、成果を見て更新という形でいかがですか」

 通った。

 月十五万が通った。

 ——Zoomが切れた後、しばらく動けなかった。

 月十五万。年間百八十万。

 リフォーム会社のSEOが二万。サイトとYouTubeの広告が合わせて一万七千。株のデイトレも利益が出ている。

 もうUberで走る必要がない。せどりで棚を漁る必要がない。

 ——Uberとせどりが、要らなくなった。

 Uber Eats。百キロ近い体でコンビニまで歩くのに十二分かかった男が、最初に見つけた仕事。自転車で走って、他人のチキンを運んで、一日五千円を稼いだ。暑い日も寒い日も走った。あの自転車で、この街の地理を覚えた。

 せどり。ブックオフの百十円棚で、二十年間の無駄な知識が金になることを知った。メルカリの商品写真を撮る技術が、マチアプのプロフ写真に繋がり、YouTubeのサムネイルに繋がった。

 どちらも、なければ今の俺はいない。

 だがどちらも、体力と時間の切り売りだ。一日四時間走って五千円。一日三時間棚を見て三千円。

 SNS運用は週二十時間で月十五万。時給換算で千八百七十五円。Uberの千二百五十円より高い。

 デイトレは市場が開いている九時から十五時の間に集中する。Uberやせどりに使っていた午前中が、板を見る時間に変わる。

 これが大きかった。

 今まではUberの合間にスマホでチャートを確認していた。配達の信号待ちで板を見て、休憩中に注文を出して。片手間のトレードだった。

 片手間が終わった。

 朝九時に証券口座を開く。寄り付きの板を見る。気配値を確認する。出来高の変化を追う。五分足を見る。

 午前中はデイトレに集中する。ポジションを持っていない時間にSNSの投稿を考える。画像を作る。リプライに返信する。板が動いたらトレードに戻る。

 十五時に市場が閉まる。大引け後はSNS運用とYouTubeの編集に切り替える。

 全部、PCの前で完結する。自転車に乗らなくていい。雨の日に走らなくていい。段ボールを運ばなくていい。

 体ではなく頭で稼ぐ生活に、完全に切り替わった。

 当然、デイトレの精度が上がった。

 片手間の時は月三万がせいぜいだった。フルで張り付くようになって、エントリーのタイミングが正確になった。損切りも利確も、板の動きを見ながらリアルタイムで判断できる。

 資金も五十万に育っている。信用二倍で百万の買付余力がある。

 フル稼働の初月。確定利益八万円。片手間の三万から二・五倍以上になった。決算トレードが重なる月は、さらに跳ねる。

 時間は有限だ。有限な時間を、時給の高い仕事に振り向ける。

 Uberのアプリをオフラインにした。

 削除はしない。いつでも戻れるように残しておく。だが明日からオンラインにはしない。

 メルカリ——は使えない。BANされている。ヤフオクとラクマのせどりも、在庫が売り切れたら終わりにする。新規の仕入れはしない。

 卒業だ。

 サバイバル期の仕事を、卒業する。

 少し寂しかった。ブックオフの百十円棚を見なくなるのが。あの棚で「これ知ってる」と思った瞬間の快感がなくなるのが。

 だが棚の前に立つ時間があるなら、Twitterの投稿を考える時間に使った方がいい。ゲーム会社の三万人のフォロワーをコミュニティに変える方が、百十円のサントラを四千五百円で売るより、スケールが大きい。

 村瀬にLINEした。

 「Uberもせどりもやめることにした」

 「ついにか。もったいないけどな。あんたのメルカリの写真、プロ並みだったのに」

 「写真のスキルはSNSで使ってる。なくなったわけじゃない」

 「そうだな。道具は変わっても技術は残るか」

 道具は変わっても技術は残る。

 Uberの自転車がなくなっても、街の地理は頭に残っている。メルカリのアカウントがなくなっても、写真と説明文の技術は残っている。

 全部、次の武器の素材になった。素材を集め終わったから、採集場を卒業する。

 ——後藤さんに電話した。

 「後藤さん、仕事が決まりました」

 「就職か?」

 「いえ、業務委託です。ゲーム会社のSNS運用。月十五万」

 後藤さんが黙った。

 「……あの模擬面接の時、お前がギルドマスターの話をしたの、覚えてるか」

 「覚えてます。教室が凍りました」

 「俺は『使えるぞ』と言った」

 「言ってくれました」

 「使えただろ」

 「——使えました」

 後藤さんが笑った。電話越しに笑う声が聞こえた。

 「お前、初めてだぞ。俺が担当した中で、ギルドマスターの経験で仕事を取ったやつは」

 「これからが大変だ。企業相手の仕事は個人のYouTubeとは違う。報告書を書け。数字を出せ。成果を見せろ。分からないことがあったら聞け。一人で抱えるな」

 一人で抱えるな。何回目だ。

 「あと、確定申告のことも考えろ。収入が増えると税金も増える。来年の確定申告で地獄を見る前に今から準備しとけ」

 確定申告。それはまだ考えていなかった。

 ——その夜。布団に入った。

 眠剤は飲まなかった。もう二ヶ月以上飲んでいない。

 天井を見た。

 同じ天井だ。正月のフリーズの夜と同じ天井だ。

 だが今夜の天井は暗くない。

 模擬面接で笑われたスキルが、月十五万を生んでいる。

 ——笑ったやつらに言いたいことは、特にない。

 笑われて当然だった。あの時の俺は、ギルドマスターの経験がどう使えるか自分でも分かっていなかった。分かっていないものを面接で喋ったら、笑われて当然だ。

 今は分かっている。分かった上で使っている。

 それだけで十分だ。

 目を閉じた。

 眠剤なしで、三十秒で眠れた。

   残金:1,361,439円

   (内訳:証券口座60万8,000円 + 銀行46万3,439円 + NISA33万円 ※NISA評価額+62,100円)

   ※収入:SNS運用(ゲーム会社) +150,000円(初月)

   ※収入:WEBマーケ月額(リフォーム会社) +20,000円

   ※収入:株デイトレ確定利益 +80,000円(フル稼働初月。スキャル+スイング)

   ※収入:YouTube広告 +12,000円

   ※収入:サイト広告 +5,200円

   ※収入:Uber Eats +11,000円(月初のみ稼働。以降オフライン)

   ※収入:せどり粗利 +18,000円(残り在庫の消化。新規仕入れなし)

   ※食費:約16,000円

   ※ガソリン代:約2,000円(Uber終了で激減)

   ※光熱費:約8,000円

   ※通信費:約11,500円

   ※国民健康保険:約1,500円

   ※ジム月額:約7,800円

   ※プロテイン:約3,200円

   ※レンタルサーバー+ドメイン:約1,100円

   ※NISA積立:−30,000円

   ★残金136万。過去最高を大幅更新★

   ★月収の柱:SNS15万+デイトレ8万+WEB2万+広告1.7万=約26.7万★

   ★デイトレ:片手間3万→フル稼働8万。時間の集中投下が効いた★

   ★証券口座60.8万。フェーズ2(50万→200万)順調★

   ★体力の切り売りから、知識とスキルの仕事へ完全移行★

   ★眠剤:2ヶ月以上服用なし★

   ★Uberアプリ:オフライン。削除はしない。いつでも戻れるように★

   ★次の課題:確定申告★

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