第31話 名前
九月。講師から紹介された会社のHP修正が終わった。
小さな会社だった。従業員八人の、地域密着型のリフォーム会社。社長は六十代の男性で、パソコンは苦手だと言っていた。
HPは訓練校と同じだった。テーブルレイアウト。スマホ非対応。画像が重い。
同じ手順で直した。CSSでレイアウトを再構築。レスポンシブ対応。画像圧縮。ナビゲーション改善。
納品した。五万円。
社長が喜んだ。スマホで自社のHPを見て「おお、ちゃんと見れる」と言った。
その後、社長が聞いた。
「時田さん、うちのHPってさ、検索しても出てこないんだよね。『〇〇市 リフォーム』で検索しても、三ページ目にしか出ない。これ、何とかならないの?」
検索しても出てこない。
SEOだ。
攻略サイトでやったことだ。タイトルにキーワードを入れる。見出しを構造化する。内部リンクを張る。Googleに正しく認識されるようにサイトを整える。
「たぶん、できます」
「本当? いくらくらいかかる?」
「まず調べさせてください。現状を見て、何ができるか提案します」
家に帰って、リフォーム会社のHPを分析した。
Google Search Consoleに登録されていなかった。サイトマップが送信されていなかった。ページのタイトルタグが全ページ同じだった。メタディスクリプションが設定されていなかった。画像のalt属性が空だった。
全部、攻略サイトで覚えたことだ。自分のサイトで試行錯誤して、アクセスを増やすために調べたことが、そのまま使える。
提案書を作った。Excelで。訓練校で覚えたExcelで。
項目を並べた。現状の問題点。改善策。期待される効果。費用。
——これ、何の仕事だ。
HPのデザイン修正ではない。検索順位を上げるための施策だ。集客だ。ネットで人を集めて、会社に問い合わせが来るようにする仕事だ。
名前が分からない。
調べた。
「ホームページ 集客 改善」で検索した。
検索結果に出てきた言葉。
WEBマーケティング。
——WEBマーケティング。
Webサイトを活用して集客し、商品やサービスの認知度を高め、売上につなげる活動。
SEO。コンテンツマーケティング。SNS運用。広告運用。アクセス解析。
全部知っている。
全部、やったことがある。
SEO——攻略サイトで記事を検索上位に出すためにやった。
コンテンツマーケティング——攻略記事とYouTube動画を作って、人を集めた。
SNS運用——YouTubeのコミュニティを運営した。コメントに返信して、視聴者と関係を築いた。
アクセス解析——Google Analyticsで攻略サイトのアクセスを毎日確認していた。どの記事が読まれているか。どの検索ワードで来ているか。
写真——メルカリの商品写真。マチアプのプロフィール写真。サムネイル画像。
コピーライティング——メルカリの説明文。マチアプのプロフィール文。攻略記事。YouTube動画のタイトル。
コミュニティマネジメント——ギルドマスター。YouTubeのコメント欄。
ウェブデザイン——ギルドサイト。WordPress。訓練校のHP。リフォーム会社のHP。
——全部だ。
全部、WEBマーケティングの構成要素だ。
椅子の背もたれに体を預けた。
天井を見た。
この天井を何度見たか。正月のフリーズの夜。不眠の夜。リナとの電話の夜。一人で眠れない夜。
今、同じ天井を見て、違うことを考えている。
——全部の失敗が、この一つの技能の部品だった。
株で溶かした。だが株で「数字を読む力」と「リスク管理」を覚えた。アクセス解析に使っている。
コンビニバイトで怒鳴られた。だが「知らない人間と顔を合わせる耐性」を身につけた。リフォーム会社の社長と打ち合わせができたのは、あの時レジの向こう側に立った経験があるからだ。
タイミーで工場を回った。だが「知らない場所に一人で行って、その場で動く力」を身につけた。初対面のクライアントに会いに行ける度胸は、タイミーで鍛えた。
Uberで走った。「この街の地理」を覚えた。リフォーム会社のSEOで「〇〇市」のローカルキーワードを設定できたのは、Uberで街を走り回ったからだ。
送迎ドライバーで夜の街を走った。「待たせない。時間通りに動く」ことを体に叩き込まれた。クライアントへの納品を一度も遅らせていないのは、あの時の習慣だ。
メルカリで売った。「写真と説明文で人の心を動かす」ことを覚えた。コンテンツマーケティングの核心だ。
マチアプで全滅した。「ターゲットを絞って、見せ方を変えて、反応を測定する」ことを覚えた。A/Bテストだ。マーケティングの基本技法だ。
リナに壊された。だが「感情で判断するな」ということを骨の髄まで覚えた。嬉しいから続ける、不安だからやめる、ではダメだ。数字を見る。データを見る。アクセス解析もSEOも、感情ではなくデータで動く。リナの「好き」を信じて判断を誤った男が、今は数字を信じている。
BANされた。だが「プラットフォームリスク」を覚えた。自前のサイトを持つことの重要性を理解した。
AIに仕事を奪われた。だが「代替されない価値」を考えるようになった。体験に基づくコンテンツは代替されない。
ギルドマスターをやっていた。二十年間、コミュニティを運営していた。それがYouTubeのコミュニティ運営に直結した。
全部だ。
全部が、WEBマーケティングの部品だった。
一つ一つは失敗だった。株は溶けた。バイトは続かなかった。リナには壊された。BANされた。AIに代替された。
だが失敗した破片が、二年かけて一つの形に組み上がった。
——RPGのクラフトシステムと同じだ。
素材を集める。素材一つ一つは価値が低い。鉄鉱石。革の端切れ。木の枝。単体ではゴミだ。
だがレシピがあれば、素材を組み合わせて武器が作れる。防具が作れる。
俺は二年間、素材を集めていた。
株の破片。メルカリの破片。マチアプの破片。リナの破片。BANの破片。AIの破片。YouTube の破片。
全部ゴミだと思っていた。失敗の残骸だと思っていた。
だがレシピが見つかった。
WEBマーケティングというレシピが。
このレシピに従って素材を組み合わせると、一つの武器になる。
——武器の名前は「WEBマーケター」だ。
四十二歳。職歴なし。大学は二年で行かなくなった中退だ。
だが今、俺の手の中にはWEBマーケティングの全要素が揃っている。
SEO。コンテンツ制作。写真。コピーライティング。ウェブデザイン。コミュニティ運営。アクセス解析。SNS運用。
どれも独学だ。どれも体系的ではない。プロから見れば穴だらけだろう。
だがリフォーム会社の社長は「何とかならないの?」と聞いてきた。社長にとっては、俺の穴だらけのスキルでも十分に価値がある。
なぜなら社長はSEOという言葉すら知らない。メタディスクリプションが何か知らない。Google Search Consoleの存在を知らない。
俺は知っている。
プロと比べれば素人だ。だが「何も知らない人」と「少し知っている人」の差は、「少し知っている人」と「プロ」の差より大きい。
ゼロと一の差は、一と百の差より大きい。
俺はゼロではなくなった。
——提案書を社長に送った。
「SEO対策の基本施策。月額二万円で、三ヶ月間の改善を行います」
月二万。三ヶ月で六万。
安い。たぶん業者に頼めば月十万以上だ。
だが俺には実績がない。実績がないうちは安くていい。実績を作るのが先だ。
社長から返信が来た。
「お願いします」
——最初のクライアントが決まった。
HP修正ではない。継続的なWEBマーケティングの仕事だ。
月二万円。小さい。だが月額だ。毎月入ってくる。
ストック型の収入がまた一つ増えた。
帰り道は自転車ではなく、歩いた。ゆっくり歩きたかった。
二年前、この道をコンビニに向かって歩いた。十二分かかった。息が切れた。百キロ近い体で、五百メートルの道を、十二分かけて歩いた。
今は普通に歩ける。体重は七十四キロ。二十六キロ落ちた。
体も変わった。頭の中も変わった。財布の中も変わった。
だが一番変わったのは、自分が何者か分かったことだ。
四十二歳。WEBマーケター。
職歴はない。だが名前がある。
名前があれば、名刺が作れる。名刺が作れれば、仕事が取れる。仕事が取れれば、生きていける。
生きていける。
自分の力で。
残金:1,032,139円
(内訳:証券口座14万円 + 銀行58万2,139円 + NISA30万円 ※NISA評価額+52,500円)
※収入:Uber Eats +45,000円
※収入:せどり粗利 +52,000円
※収入:サイト広告 +4,200円
※収入:YouTube広告 +9,500円
※収入:リフォーム会社SEO対策 +20,000円(初月)
※食費:約15,000円
※ガソリン代:約6,500円
※光熱費:約8,500円
※通信費:約11,500円
※国民健康保険:約1,500円
※ジム月額:約7,800円
※プロテイン:約3,200円
※メンタルクリニック:なし(今月は通院なし。次回は来月)
※眠剤:在庫消化中。処方なし
※レンタルサーバー+ドメイン:約1,100円
※NISA積立:−30,000円(21回目)
★残金103万。100万安定維持★
★月収合計:約13万。うちストック型(広告+SEO月額)が3.4万★
★初の継続クライアント。月額2万。WEBマーケターとしての第一歩★
★メンクリ今月通院なし。眠剤も処方切れで在庫のみ★
★全スキルがWEBマーケティングに収束した★
★俺は何者か → WEBマーケター★




