第30話 チャンネル
攻略サイトのアクセスが伸びていた。
月間三千PV。多くはない。だが記事を増やすたびに増える。積み上がっている。
広告収入は月千二百円になった。三百二十円から千二百円。四倍だが、まだ千二百円だ。コンビニのおにぎり八個分だ。
サイトのコメント欄に書き込みが来るようになった。
「この攻略法で倒せました!」「編成の参考になりました」「動画はないんですか?」
動画。
攻略動画を求める声が複数あった。
文字の攻略は読むのに時間がかかる。動画なら見ながら真似できる。ボスの行動パターンは文字で説明するより、映像で見せた方が早い。
——YouTubeか。
YouTubeに動画を上げたことはない。見る側だった。二十年間、見る側だった。ゲーム実況を見て、攻略動画を見て、レビュー動画を見て。
作る側になるのか。
必要なもの。画面録画ソフト。マイク。編集ソフト。
画面録画はPCに入っているOBS Studioで無料でできる。調べたら訓練校時代のPCスペックでも動く。
マイクは——スマホのイヤホンマイクがある。Uberのサポートに電話する時に使っているやつだ。音質は良くないが、最初はこれでいい。
編集ソフト。無料のDaVinci Resolveというのがある。YouTubeで使い方の動画を見た。
全部無料だ。初期費用ゼロ。
——問題は声だ。
俺の声を、ネットに出す。
リナが「いい声」と言った。長谷川さんは何も言わなかった。村瀬も何も言わなかった。つまり普通の声だ。
声に自信はない。だが攻略動画に必要なのは「いい声」ではなく「分かりやすい説明」だ。
分かりやすい説明なら、できる。
ギルドマスターとして、レイドの前にボイスチャットで指示を出していた。「タンクは右側、DPSは左側、ヒーラーは中央に集まれ。フェーズ2に入ったら全員散開、赤い床は踏むな」。
簡潔に、正確に、タイミングよく。
攻略動画のナレーションも同じだ。「ここでデバフを入れる。次の攻撃は全体なので回復を溜めておく。この技は右に回避」。
やれる。
——最初の動画を撮った。
スマホゲームの高難度ボス攻略。画面録画しながら、マイクで説明する。
録画ボタンを押した。
「えー、今日は、えー、このボスの攻略を、えー——」
止めた。
「えー」が多すぎる。三秒に一回「えー」と言っている。
もう一回。
「今回はこのボスの攻略です。編成はこの四体で——あ、えっと、この四体で行きます。まず最初に——最初? まずは? えっと——」
止めた。
話し言葉と書き言葉は違う。記事なら推敲できる。動画は一発だ。リアルタイムで言葉を出さないといけない。
マチアプのデートと同じだ。「口から直接出す言葉は修正できない」。
だがデートとは違う点がある。
動画は編集できる。
失敗した部分をカットすればいい。「えー」をカットすればいい。
三回目の録画。今度は「えー」を気にせず、とにかく最後まで話した。十五分の動画になった。
DaVinci Resolveで編集した。使い方はYouTubeで覚えた。
「えー」を全部カットした。沈黙をカットした。言い間違いをカットした。
十五分が八分になった。半分近くが無駄だった。
テロップを入れた。重要な情報をテキストで画面に表示する。「ここでデバフ必須」「回避タイミング注意」。
サムネイルを作った。ゲームの画面キャプチャに文字を載せた。赤い文字で「攻略」。メルカリの商品写真と同じだ。目を引く画像を作る。
アップロードした。
タイトルを付けた。SEOを意識した。検索されるキーワードを入れた。攻略サイトで覚えた技術だ。
公開した。
——最初の一週間。再生数四十二回。
四十二回。少ない。だがゼロではない。攻略サイトを始めた時もゼロから十になるまでに三週間かかった。四十二は悪くない。
コメントが二件来た。
「分かりやすかったです。編成の参考にします」
「テロップ助かります。攻略サイトの記事と合わせて見てます」
攻略サイトから来ている。サイトの読者が動画を見に来ている。
サイトと動画が連動している。記事を読んで、動画を見る。動画を見て、サイトに来る。
相互送客だ。メルカリで複数の商品を出品すると、一つの商品を見た人が他の商品も見る。あれと同じだ。
——動画を週に一本ペースで上げた。
回を追うごとに上手くなった。「えー」が減った。編集が速くなった。サムネイルのクオリティが上がった。
三ヶ月後。動画が十五本になった。
チャンネル登録者が五百人を超えた。
コメント欄が活発になった。
「この編成だと三ターンで倒せました」「別の攻略法も試してみました。火力キャラを入れ替えると安定します」「次のイベントボスもお願いします」。
——コメント欄で、攻略情報の交換が始まっていた。
俺が動画を上げる。視聴者がコメントで追加情報を出す。俺がそれを次の動画で紹介する。
循環だ。情報が循環している。
ギルドと同じだ。
ギルドマスターとして、メンバーの情報を集約して、攻略方針を決めて、全体に共有していた。
YouTubeのコメント欄で、同じことが起きている。
俺はギルドマスターをやっている。
二十年前と同じことを、プラットフォームを変えて、やっている。
——六ヶ月後。登録者が三千人を超えた。
動画は三十本になった。広告収入が入るようになった。YouTubeは登録者千人以上で収益化できる。
月の動画広告収入:約八千円。
攻略サイトの広告収入も増えた。月三千五百円。YouTubeからサイトに流れてくるアクセスが増えた。
合計で月一万一千五百円の広告収入。
まだ小さい。だが積み上がっている。記事と動画が増えるたびに、少しずつ増える。
——八月。チャンネル開設から一年が近づいていた。
登録者が八千人になった。
八千人。
小さなギルドではない。中規模のコミュニティだ。
WoWのギルドは最大時で二百人だった。八千人はその四十倍だ。
全員と話すことはできない。だがコメント欄で交流する常連が二十人くらいいる。俺の動画を毎回見て、コメントを残して、他の視聴者と情報交換する人たちだ。
名前を覚えた。ハンドルネームだが、覚えた。常連の編成や攻略スタイルの好みも分かるようになった。
ギルドメンバーの名前と職業と装備を覚えていた時と同じだ。
——コミュニティを運営している。
コミュニティだ。
模擬面接で「ギルドマスターの経験」を語った時、教室は凍った。後藤さんだけが「それ、使えるぞ」と言った。
使えている。
ギルド運営の経験が、YouTubeコミュニティの運営に変換されている。
メンバーの意見を聞く。良い情報を全体に共有する。荒らしには対処する。新規参加者が馴染めるように配慮する。
全部、ギルドマスターがやっていたことだ。
——村瀬にLINEした。
「YouTube登録者8000人になった」
「すごいな。芸能人かよ」
「芸能人は百万人いるから全然違う」
「八千人があんたの話聞きたくて集まってるんだろ。すごいことだよ」
八千人が俺の話を聞きたくて集まっている。
そう言われると、すごいことのような気がする。
村瀬は新しい会社で営業をやっている。成績はまあまあだと言っていた。
「あんた、そろそろ気づいてるんじゃないか」
「何に」
「自分が何屋か」
何屋か。
ゲーム屋か。せどり屋か。サイト屋か。YouTube屋か。
「……まだ分からない」
「全部同じことやってるように見えるけどな。俺から見ると」
全部同じこと。
村瀬にもそう見えているのか。
俺にも見え始めている。輪郭が少しずつはっきりしてきている。
だがまだ名前がつかない。
名前がつけば、それが俺の仕事になる。
もう少しだ。もう少しで見える。
残金:1,011,639円
(内訳:証券口座14万円 + 銀行57万1,639円 + NISA30万円 ※NISA評価額+48,200円)
※収入:Uber Eats +48,000円(動画制作に時間を割き稼働減)
※収入:せどり粗利 +55,000円
※収入:攻略記事(CW) +6,000円(自サイト優先で受注減)
※収入:サイト広告 +3,500円
※収入:YouTube広告 +8,000円
※収入:HP修正(講師紹介の会社) +50,000円
※食費:約15,500円
※ガソリン代:約7,000円
※光熱費:約9,000円
※通信費:約11,500円
※国民健康保険:約1,500円
※ジム月額:約7,800円
※プロテイン:約3,200円
※メンタルクリニック再診:約1,500円(通院間隔が広がっている)
※眠剤:約800円(飲まない日が増えている)
※レンタルサーバー+ドメイン:約1,100円
※梱包資材:約1,000円
※NISA積立:−30,000円(20回目)
★残金100万復帰。1,011,639円★
★第1話の手切れ金100万→株で溶かし→2年かけて100万に戻った★
★収入源:Uber+せどり+CW+サイト広告+YouTube広告+HP修正。六本★
★YouTube登録者:8,000人。コミュニティ形成中★
★NISA積立20回。元本60万→評価額約65万。着実に増加★
★眠剤:飲まない日が増加。メンクリの間隔も広がっている★
★村瀬の問い:「自分が何屋か、気づいてるんじゃないか」★




