第28話 代替
二月。レビュー記事を納品した。
いつも通り千二百文字。新作ソシャゲのレビュー。戦闘システムの分析、課金構造の評価、類似タイトルとの比較。いつも通りの品質で、いつも通り納品した。
クライアントからメッセージが来た。
いつもと違った。
「時田さん、いつもありがとうございます。申し訳ないのですが、来月からレビュー記事の発注を見直すことになりました。単価を一本300円に変更させていただきたいのですが」
八百円が三百円。
六割カット。
「理由をお聞きしてもいいですか」
「正直に言いますと、AIで記事が生成できるようになったためです。ChatGPTに指示を出すと、それなりの品質のレビュー記事が数分で出てきます。人間に依頼するのは、AIが書けない部分の補完や修正のみになりそうです。時田さんの記事は質が高いので残したいのですが、全体の予算が減っていまして」
ChatGPT。
知っている。名前は知っている。ネットで話題になっている。AIが文章を書く。コードを書く。絵を描く。何でもやる。
だが自分の仕事に影響するとは思っていなかった。
俺は「ゲームを分かっている」から書ける記事を書いていたはずだ。二十年分の知識がある。文脈が語れる。歴史が分かる。
だがクライアントにとっては「それなりの品質のレビュー記事が数分で出る」のだ。
俺が三時間かけて書く千二百文字を、AIは数分で書く。
品質は俺の方が上かもしれない。だが品質の差が、三時間と数分の差に見合わない。
——「分かりました。300円でお受けします」とは言えなかった。
三百円で千二百文字を書く。時給に換算すると三百円だ。データ入力の時給六百六十円より安い。
「少し考えさせてください」
「もちろんです。来週までにお返事いただければ」
——その夜、ChatGPTを使ってみた。
無料版に登録した。
「以下のスマホRPGについてレビュー記事を800文字で書いてください」と入力した。ゲーム名と基本情報をコピペした。
十秒で記事が出てきた。
読んだ。
——悔しいが、読める。
文法は正しい。構成も悪くない。導入があり、良い点があり、悪い点があり、総評がある。
だが中身が薄い。
「戦闘システムは爽快で、テンポよく進められます」。具体性がない。何がどう爽快なのかが書かれていない。
「ガチャの天井が設定されており、良心的な設計です」。天井が何連かが書いてない。業界の標準と比べてどうなのかが書かれていない。
「クラシックなRPGの要素を取り入れつつ、現代的なアレンジが光ります」。どのクラシックRPGの何の要素かが書かれていない。
——表面的だ。
俺の記事との差は分かる。俺の方が具体的で、比較ができて、歴史を踏まえている。
だがその差に金を払う人は少ない。
クライアントが求めているのは「サイトに載せるレビュー記事」だ。読者がざっと読んで、ゲームの概要が分かればいい。「ざっと分かる」レベルなら、AIで十分だ。
俺の「深い分析」は、クライアントが求めていない品質だ。
求められていない品質に金は払われない。
——翌日、クライアントに返信した。
「ご連絡ありがとうございます。300円では難しいので、今回は辞退させていただきます。今までありがとうございました」
送った。
送った後、しばらくスマホを見ていた。
三ヶ月間の継続案件が終わった。月一万二千円の収入源が消えた。
せどりのBAN。リナとの破局。マチアプのドタキャン。
何かが終わる瞬間は、いつも唐突だ。
——フリーズが来た。
来ると分かっていた。
布団に入った。目を閉じた。
脳が回り始めた。いつものパターンだ。
Uberは体力の切り売り。せどりは知識の切り売り。ライティングはAIに代替された。
俺に何が残っている。
何もないのではないか。
四十一歳。職歴なし。資格はMOS。特技はゲームの知識。ゲームの知識はAIに代替される。
——代替。
代替できるものと、できないものがある。
データ入力は代替される。AIの方が速い。
レビュー記事は代替される。AIの方が安い。
せどりは——代替されない。
なぜだ。
せどりは「ブックオフの棚の前に立って、百十円の中から価値あるものを見つける」行為だ。
AIはブックオフの棚の前に立てない。
AIは実物を見れない。触れない。棚から取り出せない。ケースの傷を確認できない。ディスクの状態を確認できない。
AIは文章を書ける。だがブックオフに行けない。
——物理的に存在することの価値。
そこにいること。実物を見ること。手で触ること。
AIにできなくて、俺にできること。
それは「そこにいること」だ。
布団の中で考えた。
いつもならここで二日、三日と沈む。リナの時は五日沈んだ。BANの時は二日沈んだ。
今回は——
一日で起きた。
翌朝、目が覚めた時、布団を蹴った。
自分で蹴った。
村瀬のLINEはなかった。後藤さんの電話もなかった。長谷川さんの煮物もなかった。
自分で、布団を蹴った。
——Ctrl+Alt+Deleteを、自分で押した。
正月のフリーズは村瀬が再起動してくれた。リナの後は後藤さんが助言してくれた。BANの時は村瀬がサイゼリヤに呼んでくれた。
今回は、誰にも頼らずに起きた。
一日で。
フリーズの推移。三日→五日→二日→一日。
回復している。確実に回復している。
壊れた車が少しずつ直っている。エンジンがかかるまでの時間が短くなっている。
——起きてから、コーヒーを淹れた。インスタントだ。
台所に立って、湯を沸かして、マグカップに粉を入れて、湯を注いだ。
飲みながら考えた。
AIに代替されるもの。されないもの。
代替されるのは「情報の整理」だ。情報を集めて、構成して、文章にする。AIはこれが得意だ。
代替されないのは「体験」だ。実際にゲームをやって感じたこと。実際にブックオフの棚を見て判断したこと。実際に人と話して得た情報。
体験は、そこにいないと得られない。
AIはそこにいない。俺はここにいる。
ここにいることが、価値になる。
——問題は、「ここにいること」をどうやって金に変えるかだ。
せどりは「ブックオフにいること」を金にしている。
Uberは「道路にいること」を金にしている。
ライティングは「PCの前にいること」を金にしていたが、AIもPCの前にいる。だからライティングは代替された。
AIがいない場所で、俺がいることに価値がある場所で、稼ぐ。
まだ具体的には見えない。
だが方向は見えた。
——CrowdWorksを開いた。
レビュー記事の案件を見た。単価が軒並み下がっていた。三ヶ月前は一本五百~八百円だった案件が、二百~三百円になっている。
市場全体がAIに飲まれている。
だがその中に、違う案件があった。
「ゲーム攻略記事の作成。実際にプレイした方限定。1記事2,000円」
実際にプレイした方限定。
AIは実際にプレイできない。プレイした人間にしか書けない情報がある。ボスの行動パターン。効率的なレベリングルート。隠しアイテムの場所。
攻略情報は体験から生まれる。体験はAIに代替されない。
二千円。レビューの八百円の二・五倍だ。
応募した。
これが次のステージへの入り口だった。
残金:959,539円
(内訳:証券口座14万円 + 銀行63万9,539円 + NISA18万円 ※NISA評価額+28,400円)
※収入:Uber Eats +50,000円
※収入:せどり粗利 +62,000円
※収入:クラウドソーシング +8,000円(レビュー最終月。来月から攻略記事にシフト)
※食費:約15,500円
※ガソリン代:約7,500円
※光熱費:約12,000円(冬ピーク。去年比−11,000円。節約技術の向上)
※通信費:約11,500円
※国民健康保険:約1,500円
※ジム月額:約7,800円
※プロテイン:約3,200円
※メンタルクリニック再診:約1,500円
※眠剤:約800円
※梱包資材:約1,200円
※NISA積立:−30,000円(13回目)
★残金96万弱。ライティング減収もせどり安定で維持★
★フリーズ:1日間(3→5→2→1。自力復帰。成長の証)★
★AI代替の教訓:「情報の整理」は代替される。「体験」は代替されない★
★攻略記事案件に応募。体験を売る方向へシフト★
★眠剤のみ。フリーズ中も翌日に自力復帰。薬は飲んだ★




