第27話 レビュー
十二月。去年の今頃は訓練校にいた。
今はどこにも通っていない。自転車でブックオフとハードオフを回り、家で写真を撮って出品して、Uberで配達して、ジムで泳いで帰ってくる。
一人で回している。全部一人だ。
せどりは三プラットフォームに分散して、月五万~六万に安定した。Uberと合わせて月十一万前後。生活費を引くとほぼ残らない。NISAの三万を捻出すると月二万ずつ減る。
持続可能ではあるが、余裕がない。
もう一本、収入の柱がほしい。
——村瀬が就職した月に言っていた。「写真と説明文、他のことにも使えないのか」。
写真と説明文。ネット上で何かを魅力的に伝える技術。
メルカリでは商品を伝えていた。マチアプでは自分を伝えていた。
他に何を伝えられる。
ネットで「在宅 仕事 未経験」と検索した。
クラウドソーシング。
CrowdWorksとLancers。聞いたことはあった。訓練校の授業で、講師が「こういう働き方もある」と紹介していた。その時は興味がなかった。
今は興味がある。
CrowdWorksに登録した。
プロフィールを作った。マチアプで鍛えたプロフィール作成能力が効く。だがここでは「職歴なし」が致命的だ。
実績欄が空白だ。
何も書けない。メルカリで三百件以上売ったことを書くか。「フリマアプリでの商品撮影・説明文作成の経験あり」。書いた。
嘘ではない。事実だ。
——最初の仕事はデータ入力だった。
「ECサイトの商品情報を所定のフォーマットに入力してください。1件20円。100件で2,000円」
一件二十円。
安い。だがスキル不要。応募すれば受注できる。
応募した。受注した。
やってみた。
Excelに商品名、型番、価格、サイズ、重量を入力する。元データはPDFで、それを読んで転記する。
訓練校で毎日Excelを触っていた。ブラインドタッチもできる。二十年間キーボードを打ってきた手だ。タイピング速度は普通の人より速い。
百件を三時間で終わらせた。
二千円。時給にして六百六十円。
安い。Uberの時給千二百五十円の半分だ。
だが家から出ていない。パジャマのまま、PCの前で稼いだ二千円だ。天候に左右されない。体力を使わない。
データ入力を五件こなした。一万円。一週間かかった。
実績がついた。CrowdWorksのプロフィールに「受注実績5件」と表示された。
実績がつくと、応募できる案件が増える。
ライティングの案件が目に入った。
「ゲームアプリのレビュー記事作成。1記事800文字以上。1記事500円」
ゲームアプリのレビュー。
——これは、できる。
ゲームの感想を書くことなら、二十年やってきた。
ギルドの掲示板に攻略情報を書いた。ゲームの評価スレッドに感想を書いた。新作レビューをブログに書いたこともある。
八百文字以上。メルカリの商品説明は二百文字。マチアプのプロフィールも二百文字。四倍だが、書ける。ゲームの話なら書ける。
応募した。受注した。
対象は、最近リリースされたスマホのRPGだった。名前は知っている。やったことはないが、ネットで評判は見ていた。
ダウンロードした。無料だ。三時間やった。
やりながらメモを取った。訓練校のノートに。
良い点。戦闘システムが爽快。キャラデザインが好み。ガチャの天井が低い。
悪い点。ストーリーが薄い。オート周回が遅い。スタミナ回復に課金が要る。
総評。暇つぶしには良いが、メインで遊ぶには物足りない。
書いた。
最初の下書きは四百文字で終わった。足りない。八百文字以上だ。
読み返した。
箇条書きだ。メモをそのまま並べただけだ。これは「記事」ではない。「メモ」だ。
メルカリの説明文を思い出した。最初は十四文字だった。「ゲームが好きです。よろしくお願いします」。あれと同じだ。情報を並べただけでは、人に伝わらない。
どうすれば伝わるか。
読む人の気持ちを考える。
このレビューを読む人は何を知りたいのか。「面白いか面白くないか」だ。もっと言えば「自分がやるべきかどうか」だ。
自分がこのゲームをやるかどうかを判断するための情報を、読みやすい順番で出す。
書き直した。
冒頭に結論を書いた。「暇つぶしには最適だが、ガッツリ遊びたい人には物足りない」。
次に良い点。戦闘の爽快さを具体的に書いた。「タップ一発で必殺技が出る。エフェクトが派手で、敵が吹き飛ぶ演出が気持ちいい。MMOの範囲攻撃で雑魚を一掃する快感に近い」。
悪い点も具体的に書いた。「オート周回は便利だが、一戦あたり四十五秒かかる。スタミナ枯渇後の回復手段が課金石のみ。月額パスを買えば緩和されるが、無課金だと一日三十分で打ち止めになる」。
書き終わった。千二百文字。八百文字を超えた。
納品した。
翌日、クライアントからメッセージが来た。
「とても読みやすいレビューでした。ゲームへの理解が深く、具体的な数字(周回時間、スタミナなど)が入っていて説得力があります。またお願いできますか?」
——褒められた。
文章を褒められたのは初めてだ。
ギルドの掲示板では「分かりやすい」と言われたことはある。だがあれはギルドメンバー向けの攻略情報だ。仲間内の会話だ。
これは仕事だ。金を払って依頼してきたクライアントが、俺の文章を「読みやすい」と言った。
五百円の仕事だ。だが五百円以上の手応えがあった。
——継続案件になった。
同じクライアントから、週に二~三本のレビュー依頼が来るようになった。一本五百円。週に千~千五百円。月に四千~六千円。
データ入力の時給六百六十円と比べると、レビュー記事は時給が高い。一本書くのに一時間。ゲームをプレイする時間を入れると三~四時間だが、ゲームのプレイは「仕事」であると同時に「楽しい」だ。
楽しいことをして金がもらえる。
——これはバグではないか。
二十年間、ゲームは「無駄な時間」だった。社会的にはそう扱われていた。母さんも姉貴もそう思っていた。「ゲームばっかりして」。
ゲームをやって、ゲームの感想を書いて、金がもらえる。
バグだ。リアルのバグだ。
だがバグでも使えるものは使う。ゲーマーは有利なバグを見つけたら、修正されるまで使い倒す。
——単価が上がった。
一ヶ月後、クライアントが言った。
「時田さんのレビューは他のライターより質が高いので、単価を上げたいと思います。一本八百円でどうですか」
五百円が八百円になった。六割アップだ。
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
八百円。週三本で二千四百円。月に約一万円。
一万円。データ入力で一万稼ぐには五百件入力しないといけない。レビューなら十二~十三本だ。
「質が高い」理由は分かっている。
俺はゲームを「やっている」だけではない。「分かっている」のだ。
他のライターは、依頼されたゲームをダウンロードして、数時間やって、感想を書く。表面的な情報しか書けない。
俺はそのゲームのジャンルの文脈を知っている。「このゲームの戦闘システムは、三年前の人気タイトルの影響を受けている」「このガチャの天井設計は、ソシャゲ業界の標準より良心的だ」「このストーリー展開は、古典RPGの定番パターンだが、演出で新しさを出している」。
比較ができる。文脈が語れる。歴史が分かる。
二十年分の「無駄な知識」が、記事の厚みになっている。
——十二月の収入。
Uber:五万三千円。
せどり粗利:五万八千円(三プラットフォーム合算。回復傾向)。
クラウドソーシング:一万二千円(レビュー記事+データ入力)。
合計:十二万三千円。
初めて月十二万を超えた。
三本の柱。Uber、せどり、ライティング。
一本が折れても、残り二本で立てる。分散だ。村瀬が言った分散を、収入源でもやっている。
長谷川さんにLINEした。年末の挨拶だ。
「長谷川さん、今年はお世話になりました。良いお年を」
「時田さんも! お正月、お雑煮は食べるの?」
「今年は自分で作ってみます」
「えらいわねえ。レシピ送るわ」
長谷川さんがクックパッドのリンクを送ってきた。お雑煮のレシピだ。
去年の正月は布団から出られなかった。フリーズしていた。村瀬のLINEで再起動した。
今年の正月は、お雑煮を作る。一人で。
一人だが、レシピをくれる人がいる。
「良いお年を」と言える相手がいる。
去年とは違う。
残金:958,039円
(内訳:証券口座14万円 + 銀行63万8,039円 + NISA18万円 ※NISA評価額+26,100円)
※収入:Uber Eats +53,000円
※収入:せどり粗利 +58,000円
※収入:クラウドソーシング +12,000円(レビュー8本+データ入力4件)
※食費:約16,000円
※ガソリン代:約7,500円
※光熱費:約10,000円(冬。去年より節約上手に)
※通信費:約11,500円
※国民健康保険:約1,500円
※ジム月額:約7,800円
※プロテイン:約3,200円
※メンタルクリニック再診:約1,500円
※眠剤:約800円
※梱包資材:約1,500円
※NISA積立:−30,000円(12回目。丸一年)
★残金95万台。100万復帰まであと約4万★
★収入三本柱:Uber5.3万+せどり5.8万+ライティング1.2万=12.3万★
★ゲームレビュー単価:500円→800円。質で上がった★
★NISA丸一年。積立合計36万。評価額+26,100円★
★去年の正月:フリーズ。今年の正月:お雑煮を作る★




