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第26話 BAN


 十一月。

 メルカリを開いたら、赤い通知が出ていた。

 「お客様のアカウントは利用制限されています」

 ——は?

 タップした。

 「出品物に対する権利侵害の申告があり、お客様のアカウントを利用制限いたしました。現在、取引中の売上金のお振込みは一時停止されています」

 利用制限。

 アカウント停止。

 BAN。

 ——BANされた。

 ゲームでBANされたことはない。二十年間、利用規約を守ってきた。チートはしない。RMTはしない。暴言は吐かない。ギルドマスターとしてルールを守る側だった。

 メルカリで、BANされた。

 何が引っかかった。

 出品履歴を確認しようとした。できない。アカウントが停止されているから、自分の出品履歴も見られない。

 メールを確認した。メルカリからのメール。

 「出品 ID:XXXXX の商品について、権利者様より知的財産権侵害の申告がございました」

 出品ID。どの商品だ。IDだけでは分からない。

 だが心当たりがあった。

 ——先週、ハードオフで買ったコントローラーだ。

 PS4用のコントローラー。箱なし。本体のみ。千六百円で仕入れた。

 メルカリに四千五百円で出品した。写真を六枚撮った。正面、背面、ボタン部分、スティック部分、端子部分、全体。いつも通り丁寧に撮った。

 売れた。発送した。

 その三日後に、購入者からメッセージが来た。

 「これ、純正品じゃないですよね?」

 ——え。

 純正品だと思っていた。ソニーのロゴが入っている。ボタンの配置も正しい。重さも普通だ。

 「純正品として出品されていたので購入しましたが、裏面のシリアルナンバーのフォントが正規品と異なります。互換品だと思います」

 シリアルナンバーのフォント。

 そんなところを見るのか。

 確認しようにも、もう手元にない。発送済みだ。

 だが思い返すと、ハードオフのジャンクコーナーで買ったものだ。ジャンクコーナーには動作未確認品や社外品が混じっている。店員も一本一本確認していない。

 俺も確認していなかった。

 「ソニーのロゴが入っている」だけで純正品だと判断した。ロゴが入っていても互換品はある。精巧なコピー品がある。

 知らなかった。ゲームソフトの真贋は分かる。だがハードウェアの真贋判定は別のスキルだ。

 ——俺の知識の外だった。

 ゲームソフトなら目利きができる。二十年の知識がある。だがコントローラーの真贋は、二十年ゲームをやっていても分からない。コントローラーは「使うもの」であって「見るもの」ではなかった。

 購入者が「知的財産権侵害」としてメルカリに通報した。偽ブランド品の出品として処理された。

 故意ではない。知らなかっただけだ。

 だがメルカリは故意か過失かを問わない。偽ブランド品の出品は一発BANだ。

 ——売上金が凍結された。

 売上金残高:五万二千三百円。

 振込申請済みだが、処理が停止されている。

 五万二千三百円が、画面の中に閉じ込められている。見えるが触れない。

 ゲームでいえば、インベントリに入っているが装備できないアイテムだ。呪われた装備だ。

 ——問い合わせを送った。

 「故意ではありません。ハードオフで購入した際に純正品だと誤認しました。互換品だとは知りませんでした。今後は確認を徹底します。アカウントの復旧をお願いします」

 返信を待った。

 翌日。返信なし。

 二日後。返信なし。

 三日後。返信が来た。

 「確認いたしましたが、知的財産権侵害に関する出品は当社の利用規約に基づき、アカウントの利用制限を継続させていただきます。売上金のお振込みについては、別途ご案内いたします」

 ——復旧しない。

 BANは解除されない。

 メルカリが使えなくなった。

 メルカリが使えないということは、せどりの販路がなくなったということだ。月六万五千円の収入源が消えた。

 Uberは残っている。だがUberだけでは月六万。生活費七万。毎月一万ずつ減る。NISAの三万を止めても二万余るだけだ。

 ——フリーズが来た。

 来ると分かっていた。悪いことが起きると、フリーズが来る。正月は三日。リナの後は五日。

 今回は——

 一日目。布団の中でスマホを見ていた。メルカリの「利用制限」の画面を何度も見た。変わらない。何度見ても変わらない。

 二日目の昼。村瀬にLINEした。

 「メルカリBANされた」

 「何やった」

 「コントローラー売ったら偽物だった。知らなかった」

 「で、どうする」

 「分からない。メルカリ使えない」

 「飯食おう。今日行ける」

 ——二日目の夜。サイゼリヤ。

 ミラノ風ドリア。ドリンクバー。いつもの席。

 「BANされたのは仕方ない。あんたが悪いっちゃ悪い」

 「分かってる」

 「で、メルカリ以外に売る場所はないのか」

 「ヤフオクとかラクマとか——」

 「あるじゃん。なんでメルカリしか使ってなかったんだ」

 なんで。

 最初にメルカリを使ったからだ。百十円のサントラを出品したのがメルカリだった。そのまま使い続けた。他のプラットフォームを試さなかった。

 「一個に依存するのが危ないのは、あんたが一番知ってるだろ」

 一個に依存する。

 リナに依存した。眠剤の代わりにリナに依存して、リナがいなくなったら崩壊した。

 メルカリに依存した。販路をメルカリだけに絞って、BANされたら崩壊した。

 同じパターンだ。

 一つのものに全部を賭けると、それが消えた時に全部が消える。

 「分散しろ。販路を分散しろ。メルカリとヤフオクとラクマ、全部やれ。一個が死んでも他が生きてれば止まらない」

 分散。

 株でも同じことを言われる。分散投資。一つの銘柄に全額突っ込むな。

 あの時、全額を一つの銘柄に突っ込んで八十二万溶かした。

 学んでいなかった。株では学んだのに、せどりでは忘れていた。

 「あと、偽物の判定は勉強しろ。知らないジャンルに手を出すなら、勉強してから出せ」

 「ゲームソフトなら分かるんだけど——」

 「じゃあゲームソフトだけやれ。分からないものは触るな。あんたの強みはゲームの知識だろ。知識の外に出るな」

 知識の外に出るな。

 株で知識の外に出て溶かした。コントローラーで知識の外に出てBANされた。

 俺の知識はゲームソフトだ。ゲームソフトの中にいれば、負けない。

 「村瀬さん、営業の人ってこういう時どうするの」

 「得意先が一個飛んだら、新規を開拓する。当たり前のことだ。一個飛んだくらいで止まるな。また別のことやればいい」

 また別のことやればいい。

 ——二日で復帰した。

 正月は三日。リナは五日。BANは二日。

 短くなっている。

 フリーズの期間が短くなっている。

 三日→五日→二日。一度悪化して、また短くなった。

 そして今回は、村瀬に連絡するまでの時間も短かった。リナの時は四日間一人で抱えた。今回は二日目の昼に連絡した。

 「一人で抱えるな」を、少しずつ実行できるようになっている。

 ——翌日から動いた。

 ヤフオクのアカウントを作った。ラクマのアカウントも作った。

 ヤフオクはメルカリと違う。オークション形式だ。値段を設定して待つのではなく、入札で値段が上がっていく。

 レトロゲームはオークションと相性がいい。コレクター同士が競り合って、予想以上の値段になることがある。メルカリでは千八百円が上限だったソフトが、ヤフオクで二千五百円になった。

 ラクマは手数料がメルカリより安い。利益率が少し上がる。

 三つのプラットフォームに在庫を分散した。同じ商品を三つに同時出品はできない。だが在庫を振り分ければ、どれか一つが止まっても残りが動く。

 ——売上金の五万二千三百円は、二週間後に振り込まれた。

 メルカリから「売上金のお振込みについて」というメールが来た。凍結は解除された。アカウントは使えないままだが、金は戻ってきた。

 五万二千三百円。帰ってきた。

 リナの七万は帰ってこなかった。メルカリの五万は帰ってきた。

 プラットフォームは人間より律儀だ。

 ——十一月の実績。

 BAN前の売上メルカリ:約三万五千円。

 BAN後の売上(ヤフオク+ラクマ):約二万八千円。

 合計:約六万三千円。粗利約四万二千円。

 先月の六万五千よりは落ちた。だが壊滅していない。

 来月は三プラットフォームが並走する。回復する。

 村瀬の言った通りだ。分散すれば、一個が死んでも止まらない。

 人間関係も、収入源も、販路も。

 一つに依存しない。

 四十一歳にしてようやく覚えた教訓だ。

   残金:935,539円

   (内訳:証券口座14万円 + 銀行64万5,539円 + NISA15万円 ※NISA評価額+21,300円)

   ※収入:Uber Eats +55,000円

   ※収入:せどり粗利 +42,000円(BAN影響で減少)

   ※収入:メルカリ凍結売上金振込 +52,300円(一時凍結→解除)

   ※食費:約15,000円

   ※ガソリン代:約7,500円

   ※光熱費:約8,000円

   ※通信費:約11,500円

   ※国民健康保険:約1,500円

   ※ジム月額:約7,800円

   ※プロテイン:約3,200円

   ※メンタルクリニック再診:約1,500円

   ※眠剤:約800円

   ※梱包資材:約1,500円

   ※サイゼリヤ(村瀬と):約1,100円

   ※NISA積立:−30,000円(11回目)

   ★凍結金回収で残金93万台に。100万復帰に接近★

   ★フリーズ:2日間(前回5日→短縮。回復力の成長)★

   ★販路:メルカリBAN → ヤフオク+ラクマに分散★

   ★教訓:「一つに依存しない」(人も、金も、販路も)★

   ★眠剤のみ。頓服なし。フリーズ中も薬で対処できた★

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