第25話 競売
九月。自室の在庫が尽きた。
段ボール三箱、四十二件の出品がすべて売れた。累計売上十五万三千円。粗利十一万八千円。
もう部屋に売るものはない。PCと布団と百均の食器と、ユニクロの服。どれも売れない。売る価値がない。
ここからは純粋に仕入れて売る。外から仕入れて、手を加えて、外に出す。
在庫ではなく回転で稼ぐ。
——FF11の競売場に戻ってきた感覚がある。
FF11では毎日競売場に通った。相場をチェックして、安い出品を買い取って、高く出し直す。いわゆる転売だ。ゲーム内では「転売ヤー」と呼ばれて嫌われていた。
現実のせどりも転売だ。安く買って高く売る。嫌われる行為だ。
だが俺がやっているのは、ブックオフが百十円の価値しか認めなかったものに、適正な値段をつけ直す行為だ。
このサントラは廃盤だ。百十円ではない。このソフトは限定版だ。百十円ではない。
俺が価値を知っているから、価値に見合った値段がつく。
知識が価値を生んでいる。
——九月の末、転機が来た。
ネットでゲームニュースを見ていた。Uberの休憩中に、ファミレスの駐車場でスマホを見ていた。
「人気RPGのリメイク版、来春発売決定」
このRPGを知っている。二十年前のPS2のタイトルだ。名作だが、長らくリメイクの噂だけで実現していなかった。
今、正式発表された。
——WoWのパッチ前夜だ。
WoWでは、新パッチの情報が公開されると、特定の素材の需要が変わる。新レシピに必要な素材は値上がりする。旧レシピの素材は値下がりする。
パッチノートを読んで、値上がりする素材を予測して、事前に買い占める。パッチが来たら高値で売る。
これをリアルでやる。
リメイクが発表されると、オリジナル版の中古相場が動く。二つのパターンがある。
パターンA。「リメイクが出るならオリジナルは要らない」→相場が下がる。
パターンB。「リメイクの前にオリジナルをやっておきたい」→相場が上がる。
このタイトルはどっちだ。
ネットの反応を見た。Twitter。ゲーム掲示板。YouTube。
「リメイク前にオリジナルやり直したい」「PS2版持ってたけど売っちゃった、また買うか」「オリジナルとリメイクで何が変わるか比較したい」。
パターンBだ。上がる。
メルカリでオリジナル版の相場を確認した。現在千二百円。
ブックオフに行った。このタイトルは百十円棚ではなく、通常棚にある。四百八十円。
三本あった。全部買った。千四百四十円。
翌日、ゲームメディアがリメイクの詳細情報を出した。スクリーンショットが公開された。Twitterでトレンド入りした。
メルカリのオリジナル版を見た。
千二百円だった相場が、千八百円になっていた。出品が少ない。需要が増えて供給が追いつかない。
二千円で出品した。
二本が当日中に売れた。一本は翌日売れた。
売上六千円。仕入れ千四百四十円。手数料と送料を引いて、利益約二千八百円。
たった三本で二千八百円。
大した額ではない。だが重要なのは金額ではない。
予測が当たった。
ゲームの知識で相場の動きを予測して、先回りして仕入れて、利益を出した。
WoWの競売場でやっていたことと、まったく同じことをリアルでやった。
——楽しい。
楽しいのだ。
リメイクの発表を見た瞬間、脳のどこかが発火した。「これは上がる」と直感した。直感に従って動いた。当たった。
この感覚はゲームだ。ゲームをやっている時の感覚だ。情報を集めて、分析して、判断して、行動して、結果が出る。
せどりは、ゲームだ。
——十月。
リメイク先読みの成功に味を占めて、ゲームニュースを毎日チェックするようになった。
新作の発表。シリーズの続編。アニメ化の決定。声優の引退。開発会社の倒産。
全部、中古相場に影響する。
開発会社が倒産すると、そのメーカーのソフトは「もう新品が出ない」ことが確定する。希少性が上がる。相場が跳ねる。
声優が引退すると、その声優が出演しているゲームの関連グッズが跳ねる。
アニメ化が決定すると、原作ゲームの中古が動く。
全部、ゲームの知識で予測できる。
月の仕入れが増えた。巡回ルートを六店舗に拡大した。ブックオフだけでなく、ハードオフも回るようになった。ハードオフにはレトロゲームの周辺機器がある。コントローラー。メモリーカード。専用ケーブル。本体を売った人が周辺機器を探しに来る。セットで買えないなら単品で買う。
十月の実績。
出品数:四十一件。
売上合計:十一万二千円。
仕入れ原価:約二万三千円。
手数料・送料:約二万四千円。
粗利益:約六万五千円。
自室在庫なしで六万五千円。
先月は在庫込みで九万五千だった。在庫なしでは四万七千だった。
一ヶ月で四万七千から六万五千に伸びた。巡回ルートの拡大と、リメイク先読みの効果だ。
十一月にはもう少し伸びる。年末商戦がある。クリスマスプレゼント需要でゲームの相場が上がる。
村瀬とサイゼリヤで飯を食った。月一の飲み。ミラノ風ドリアとドリンクバー。
「せどり、月8万行きそう」
「すげえな。本業じゃん」
「本業っていうか——」
「Uberと合わせて月14万か。家賃なしなら生きてけるだろ」
生きていける。ぎりぎりだが生きていける。
「でもあんた、ずっとブックオフ回ってるわけにもいかないだろ。体力的にも」
「まあ——」
「次のステップは考えてるのか」
次のステップ。
考えていない。目の前のせどりを回すのに精一杯で、その先を考える余裕がない。
「考えてない」
「俺は来月から就職する」
「え」
「中小の機械部品メーカー。前職と同じ業界。営業。給料は前より下がるけど、まあ食えるくらいは」
村瀬が就職する。
訓練校の同期で、正月にフリーズから引っ張り出してくれた男が、正規ルートで社会復帰する。
「おめでとうございます」
「ありがとう。あんたは、どうする?」
「……どうするって」
「就職する気はあるのか」
就職。
四十一歳。職歴なし。資格なし。特技はゲームの相場を知っていること。
「ない。っていうか、できない。履歴書に書くことがない」
「訓練校で取った資格は?」
「MOS。でもMOS持ってる四十一歳なんて山ほどいるだろ」
村瀬がドリンクバーのウーロン茶を飲んだ。
「じゃあ自分で稼ぐしかないな。今やってるせどりを、もっとでかくするか、別のことを始めるか」
別のこと。
「あんた、メルカリの写真と説明文、上手いんだろ。それ、他のことにも使えないのか」
他のこと。
写真と説明文。商品を魅力的に見せる技術。ネット上で物を売る技術。
——まだ形にならない。だが村瀬の言葉が、頭の隅に引っかかった。
帰り道、自転車を漕ぎながら考えた。
せどりは月八万まで来た。だがせどりには天井がある。一人で仕入れて、一人で撮影して、一人で出品して、一人で梱包して、一人で発送する。全部一人だ。一人の作業量には限界がある。
限界を超えるには、仕組みを変えないといけない。
だがどう変えればいいかは、まだ分からない。
分からないまま、帰宅した。
メルカリを開いた。通知が来ている。
「購入されました」。
今日も売れた。明日も売れるだろう。
回っている。小さいが、回っている。
回り続ける限り、考える時間はある。
残金:923,039円
(内訳:証券口座14万円 + 銀行63万3,039円 + NISA15万円 ※NISA評価額+18,500円)
※収入:Uber Eats +56,000円
※収入:メルカリせどり +65,000円(在庫なし純利益。過去最高を更新)
※食費:約15,500円
※ガソリン代:約8,000円(巡回6店舗で増加)
※光熱費:約8,500円
※通信費:約11,500円
※国民健康保険:約1,500円
※ジム月額:約7,800円
※プロテイン:約3,200円
※メンタルクリニック再診:約1,500円
※眠剤:約800円(抗不安薬は今月処方なし)
※梱包資材:約1,800円
※サイゼリヤ(村瀬と):約1,100円
※NISA積立:−30,000円(10回目)
★残金92万台に回復。100万復帰が視野に★
★せどり月6.5万(在庫なし)。月8万ペースに近づく★
★村瀬、来月就職。同期が正規ルートへ★
★頓服:今月処方なし。眠剤のみ。安定★
★村瀬の問い:「写真と説明文、他のことにも使えないか?」★




