第24話 在庫
八月。去年の今頃、家族がいなくなった。
一年が経った。
一年前は百万円を握りしめて、コンビニまで歩くのに十二分かかる男だった。今は自転車でブックオフを五店舗巡回して、メルカリに出品して、Uberで配達して、ジムで泳いで帰ってくる男だ。
残金は八十四万。百万から減っている。
収入の柱が折れたからだ。給付金がなくなった。月十万がゼロになった。リナと恋愛の章で十三万溶かした。
Uberとせどりで月八万。生活費が月七万。差額一万。NISAに三万入れている。毎月二万ずつ減る計算だ。
このまま行くと、三年半で残金がゼロになる。
三年半後、四十三歳。ゼロ。
——稼ぎを増やすしかない。
Uberの収入には限界がある。体力と時間の切り売りだ。一日四時間走って五千円。月に十二、三日稼働して六万前後。これ以上やると体が壊れる。
せどりは違う。
せどりは知識の切り売りだ。俺の頭の中にある相場情報を現金に変換する行為だ。知識は体力と違って、使っても減らない。
だが月に二万しか稼げていない。
なぜ二万なのか。
仕入れが少ないからだ。ブックオフの百十円棚で見つかる掘り出し物は、月に十本あるかないかだ。十本を平均二千円で売って、二万円。
仕入れを増やす方法は二つある。巡回する店舗を増やすか、単価の高い商品を扱うか。
店舗を増やすのはUberの配達圏と被る。配達ついでに立ち寄っている。これ以上遠くの店舗に行くと、交通費で利益が消える。
単価を上げる。
——ここで、気づいた。
俺の部屋を見た。
二階の、元・引きこもり部屋。
机の上にPCがある。二十年間の相棒だ。これは売れない。
だが机の下に、段ボール箱がある。三つ。
中身は——ゲームだ。
引きこもる前に遊んでいたゲームソフト。PS1。PS2。ゲームキューブ。ゲームボーイアドバンス。本体ごと箱に入っている。
二十年前に「もうやらない」と思って箱にしまった。オンラインゲームに移行した時に、据え置き機は不要になった。
二十年間、段ボールの中で眠っていた。
一箱目を開けた。
PS2のソフトが十八本出てきた。ほこりを被っている。ケースが少し黄ばんでいる。
一本ずつメルカリで相場を調べた。
ゴミが多い。百円、二百円のソフトがほとんどだ。だが——
三本、目が留まった。
一本目。アトラスのRPG。限定版。説明書つき。ケースのヘリに少し傷があるが、ディスクは綺麗だ。メルカリ相場四千八百円。
二本目。マイナーな格闘ゲーム。出荷数が少なかったやつだ。メルカリ相場三千五百円。
三本目。PS2本体の限定カラー。箱あり。コントローラーつき。動作未確認。メルカリ相場六千円~八千円。動作確認して動けば上限。
コンセントに繋いだ。電源を入れた。
PS2のロゴが画面に出た。あの起動音。二十年ぶりの起動音だ。
動く。
二十年間段ボールの中にいて、動く。
——こいつの方が俺より強い。
二十年間止まっていたのは俺だ。PS2は止まっていたのではなく、待っていたのだ。電源を入れたら、すぐに動いた。
俺は電源を入れられてから、動き出すのに半年かかった。
PS2の方が起動が速い。
——出品の準備をした。
ここで、マチアプの経験が効いた。
写真だ。
メルカリは写真が全てだ。同じ商品でも、暗い写真と明るい写真では売れ方が違う。これはマチアプと同じだ。洗面台の自撮りと、窓際の自然光の自撮りでは、いいねの数が違った。
百均のフレキシブルアームを引っ張り出した。マチアプ用に買ったやつだ。リビングの窓際にセットした。午後二時の自然光。
白い布を敷いた。長谷川さんにもらったタオルだ。白いタオルの上に商品を置くと、背景が統一される。清潔感が出る。
マチアプで「清潔感」を学んだ。あの時は自分の写真だった。今は商品の写真だ。
撮った。
PS2の限定カラー本体。箱の全体。ロゴのアップ。付属品の一覧。傷のある部分。
傷を隠さない。攻略記事——いや、メルカリの攻略記事に書いてあった。「傷は隠すな。撮って見せろ。隠して売ると低評価がつく」。
誠実な出品。ユミさんに言われた言葉を思い出した。「時田さんはとても誠実な方だなと思いました」。恋愛では効かなかった誠実さが、商売では効く。
説明文を書いた。
これもマチアプだ。十四文字のプロフィールを二百文字に書き直した経験が活きる。
「PS2本体(限定カラー:ミッドナイトブルー)。動作確認済み。コントローラー1個、電源ケーブル、AVケーブル付属。箱あり。ケースのヘリに小傷あり(写真4枚目参照)。動作は問題ありません。二十年間保管していましたが、クリーニング済みです」
事実を書く。良い点も悪い点も書く。写真で裏付ける。
出品した。六千五百円。相場の真ん中くらいだ。
——二時間で売れた。
通知が来た。「購入されました」。
二時間。
百十円のブックオフ仕入れが売れるのに平均三日かかる。二時間で売れたのは初めてだ。
写真か。説明文か。商品の魅力か。全部か。
たぶん全部だ。
——だが、問題がある。梱包だ。
PS2の本体は大きい。ゲームソフトならクッション封筒に入れてポストに投函すれば済む。本体は無理だ。
段ボールがいる。緩衝材がいる。
家にある段ボールは、PS2が入っていた段ボールだ。二十年分のほこりがついている。使えない。
スーパーに行った。レジの横に使用済みの段ボールが積んであった。「ご自由にお持ちください」と書いてある。
もらった。
サイズが合わない。みかん箱だ。PS2は入るが、隙間が大きすぎる。隙間があると輸送中に動く。動くと壊れる。
新聞紙で隙間を埋めた。新聞紙は取っていない。ポストに入っているチラシを丸めて詰めた。
見た目が汚い。
このまま送ったら、受け取った人が「汚い梱包だ」と思う。低評価をつけるかもしれない。
YouTubeで「メルカリ 梱包 コツ」を検索した。
動画が出てきた。
プチプチで商品を包む。段ボールのサイズを商品に合わせてカットする。隙間にエアクッションを詰める。テープを丁寧に貼る。
プチプチ。百均にあった。百十円。
PS2をプチプチで包んだ。段ボールをカッターで切って、サイズを調整した。隙間にプチプチの余りを詰めた。
OPPテープで封をした。透明のテープだ。ガムテープより見た目がいい。百均で百十円。
完成した。
みかん箱を改造した、PS2専用の梱包だ。見た目は完璧ではないが、「ちゃんとやっている」感じは伝わる。
コンビニに持ち込んだ。らくらくメルカリ便。送料七百五十円。売上六千五百円から手数料と送料を引いて、利益は五千百円。
元手はゼロだ。自分の持ち物を売っただけだ。仕入れなし。純利益五千百円。
段ボール箱はあと二つある。
——一箱ずつ開けた。
二箱目。ゲームキューブ本体とソフト十二本。
三箱目。ゲームボーイアドバンス本体二台とソフト二十本。
全部の相場を調べた。ノートに書いた。訓練校で使っていたノートだ。
合計予想売上:六万二千円。
手数料と送料を引いて、予想利益:四万八千円くらい。
段ボール三箱に、四万八千円が眠っていた。
二十年間、俺の足元に。
——だがこれは在庫だ。在庫は有限だ。段ボールの中身を売り切ったら終わりだ。
持続可能ではない。
持続可能な稼ぎが要る。仕入れて、売って、また仕入れる。回転する仕組みが要る。
ブックオフの百十円棚は仕入れ先だが、供給が安定しない。いい掘り出し物がある日もない日もある。
他の仕入れ先が要る。
——その夜、ネットで調べた。
「せどり 仕入れ先」。
ブックオフ以外にも仕入れ先がある。ハードオフ。ゲオ。駿河屋の通販。Amazonの中古。ヤフオク。
ゲームに特化する。
俺の知識はゲームだ。ゲームの相場が頭に入っている。ゲーム以外の商品を扱っても、目利きができない。
ゲーム特化せどり。
仕入れ先を増やす。巡回ルートを作る。Uberの配達と組み合わせて、配達ついでに店舗を回る。
ノートに計画を書いた。
月曜:A店→B店→Uber
水曜:C店→D店→Uber
金曜:E店→メルカリ発送→Uber
土日:在庫整理→撮影→出品→ジム
デイリークエストだ。
正月のフリーズの後に「デイリークエストが要る」と思った。訓練校がそれだった。訓練校が終わった後、リナがそれを埋めた。リナがいなくなって、また空白ができた。
今度は自分で作る。仕入れと出品のルーティンを、自分で作る。
誰かに頼らないデイリークエストを。
——翌週から実行した。
巡回ルートを回った。五店舗を二店舗ずつ。仕入れが増えた。月十本だった掘り出し物が、月二十五本に増えた。
出品のクオリティも上がった。全商品を窓際の自然光で撮影。白い布の上に置く。説明文は二百文字以上。傷は必ず写真に撮る。
売れるようになった。
回転率が上がった。出品してから売れるまでの平均日数が、三日から一・五日に縮まった。写真と説明文の質が上がると、買い手が安心して購入ボタンを押す。
八月の実績。
出品数:三十二件(うち自室在庫十件、ブックオフ仕入れ二十二件)。
売上合計:十二万八千円。
仕入れ原価:四千八百四十円。
手数料・送料:約二万六千円。
梱包資材:約千五百円。
粗利益:約九万五千円。
九万五千円。
先月まで月二万だった。五倍近い。
自室の在庫を売ったのが大きいが、ブックオフ仕入れ分だけでも月四万を超えている。
これなら——回る。
Uberの六万と合わせて月十六万。生活費七万。NISA三万。残り六万。
減らない。残金が減らなくなる。
村瀬にLINEした。
「せどり、月10万近く行きそう」
「まじか。何売ってんだ」
「ゲーム」
「ゲームで月10万って笑 あんた、ゲームしかしてないのにゲームで稼いでるのか」
ゲームしかしてこなかった。二十年間、ゲームしかしてこなかった。
それが稼ぎになっている。
知識が金になっている。
二十年間の引きこもりは無駄ではなかった——とは言わない。無駄だった。確実に無駄だった。
だが無駄の中に、使えるものが埋まっていた。
段ボール箱の中に四万八千円が埋まっていたように、二十年間の無駄の中に「ゲームの知識」という資産が埋まっていた。
掘り出せた。
掘り出せたのは、外に出たからだ。ブックオフに行って、棚を見て、「これ知ってる」と思えたからだ。部屋の中にいたら、知識は知識のまま腐っていた。
知識を金に変えるには、外に出ないといけない。
出た。
出て、よかった。
残金:885,539円
(内訳:証券口座14万円 + 銀行62万5,539円 + NISA12万円 ※NISA評価額+14,200円)
※収入:Uber Eats +58,000円
※収入:メルカリせどり +95,000円(過去最高。うち在庫売却48,000円)
※食費:約15,000円
※ガソリン代:約7,500円(巡回ルート拡大で微増)
※光熱費:約9,500円(エアコン使用開始)
※通信費:約11,500円
※国民健康保険:約1,500円
※ジム月額:約7,800円
※プロテイン:約3,200円
※メンタルクリニック再診:約1,500円
※眠剤+抗不安薬:約1,800円
※梱包資材(百均):約1,500円
※NISA積立:−30,000円(9回目)
★残金反転。前月838,289→885,539。約47,000増★
★せどり月10万ペース確立。ゲーム特化。知識が金になる★
★自室在庫:残り約20件。年内に売り切る見込み★
★頓服:週1→隔週。回復継続★




