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第19話 既読


 返信は、翌日の夜に来た。

 「こんばんは! いいねありがとうございます(^^) 美術館、好きなんです! 最近だと上野の西洋美術館の常設展がおすすめですよ~ 時田さんは休日は何をされてますか?」

 来た。

 女性からのメッセージだ。顔文字がついている。「(^^)」がついている。二十年間のネット生活で、女性から顔文字つきのメッセージをもらったことがない。ギルドの女性メンバーは「w」か「笑」だった。「(^^)」は次元が違う。

 返信しなければ。

 「休日は何をされてますか?」に答えなければ。

 ——休日。

 何をしている。

 Uber Eatsを配達している。メルカリの発送をしている。ブックオフを巡回している。ジムに行っている。

 全部、金を稼ぐか体を鍛えるかだ。「趣味」と呼べるものがない。

 ゲームはやっている。だがプロフィールから「ゲーム」を消した以上、ここで出すわけにはいかない。初手で隠した情報を二通目で出したら、何のために隠したのか分からない。

 プロフィールに「プールで泳ぐのが好き」と書いた。あれを使おう。

 「お返事ありがとうございます! 西洋美術館、今度行ってみます。休日はジムでプールに行くことが多いです。あと最近自炊を始めて、レパートリーを増やすのが楽しいです。〇〇さんは美術館以外に休日は何をされていますか?」

 送った。

 読み返した。

 ——固い。

 固い。敬語が固い。「されていますか?」が二回も出ている。就職面接みたいだ。模擬面接で後藤さんの前に座っている時の喋り方だ。

 だが他の書き方を知らない。

 返信を待った。

 翌日。返信が来た。

 「プール! 健康的ですね! 自炊もすごい! 私は休日はカフェ巡りとか、友達とごはん行ったりしてます~」

 来た。会話が続いている。

 だがここからどうする。

 相手は「カフェ巡り」と「友達とごはん」と言っている。

 俺はカフェに行ったことがない。友達とごはんに行ったことがない。村瀬と訓練校の昼休みに弁当を食べたことはあるが、それは「友達とごはん」なのか。

 共通点がない。

 共通点がないと、会話が続かない。

 ゲームのギルドチャットなら共通点だらけだった。同じゲームをやっている。同じボスを倒そうとしている。同じ装備を求めている。話題は無限にあった。

 マッチングアプリには共通の話題がない。お互いのプロフィールと、お互いの返信だけが情報源だ。

 「カフェ巡りいいですね! おすすめのカフェはありますか?」

 送った。

 ——また質問だ。

 また質問で返している。相手のメッセージに対して、質問で返す。質問されたら質問で返す。永遠に質問の応酬だ。

 面接だ。これは面接だ。お互いに面接をしている。

 返信が来た。

 「〇〇(駅名)の△△っていうカフェが好きです! パンケーキがおいしいですよ笑」

 パンケーキ。

 パンケーキを食べたことがない。

 何を返す。「パンケーキ美味しそうですね!」か。美味しそうですねと言った後に何を書く。また質問するのか。「パンケーキの他に何が好きですか?」と聞くのか。面接が終わらない。

 三十分考えた。

 「パンケーキ美味しそうですね! 実は甘いもの結構好きなんです。コンビニのスイーツとかよく買います笑」

 送った。

 コンビニのスイーツ。嘘ではない。プロテインバーのチョコ味を「スイーツ」と呼べるかは微妙だが。

 ——既読がついた。

 返信が来ない。

 一時間後。来ない。

 翌日。来ない。

 二日後。来ない。

 既読スルーだ。

 「コンビニのスイーツ」が致命傷だったのかもしれない。パンケーキを出してきた相手に「コンビニのスイーツ」は格差がありすぎた。向こうはおしゃれなカフェの話をしている。こっちはファミマの話をしている。

 あるいは、単純に会話がつまらなかったのかもしれない。

 質問して、答えて、質問して、答えて。その繰り返しに飽きたのかもしれない。

 ——俺の会話は、つまらないのか。

 分からない。会話がつまらないかどうかを判定する基準が俺にはない。比較対象がない。人と会話した経験が少なすぎる。

 二人目。

 マッチした女性。三十一歳。保育士。趣味は「ディズニーと韓国ドラマ」。

 メッセージを送った。

 「はじめまして! プロフィール拝見しました。保育士さんなんですね、大変なお仕事だと思います。韓国ドラマはどんな作品がお好きですか?」

 返信が来た。

 「ありがとうございます! 最近だと〇〇ってやつにハマってます! 見たことありますか?」

 ない。韓国ドラマを見たことがない。ドラマ自体を二十年見ていない。

 「見たことないです! どんな話ですか?」

 返信。

 「えー見てないんですか? めっちゃ面白いですよ! 〇〇が〇〇で……」

 長い説明が来た。キャラクター名と韓国語の固有名詞が並んでいる。一つも分からない。

 何と返す。

 分からないものに対して、どうリアクションすればいい。

 ゲームなら分かる。知らないゲームの話をされても「それ面白そうだな、やってみるわ」と言えばいい。ゲーマー同士はそれで会話が成立する。

 だが韓国ドラマを「やってみるわ」とは言えない。「見てみます!」と言えばいいのか。言ったところで本当に見るのか。見ないだろう。嘘になる。

 「面白そうですね! 今度見てみます!」

 送った。嘘を送った。

 既読。

 返信なし。

 二日待った。来なかった。

 ——嘘を見抜かれたのか。「見てみます」が社交辞令だと伝わったのか。

 あるいは、俺との会話に韓国ドラマの話を一方的にするだけの価値を感じなかったのか。

 三人目。

 三十六歳。フリーランスのデザイナー。趣味は「旅行とカメラ」。

 この人のプロフィールは具体的だった。「去年はベトナムとポルトガルに行きました。写真を撮るのが好きです」。

 メッセージを送った。

 「はじめまして! ベトナムとポルトガル、すごいですね。写真はどんなものを撮られるんですか? 風景ですか? 人物ですか?」

 返信。

 「風景が多いです! 旅先の街並みとか、光がきれいな瞬間を撮るのが好きです。時田さんは旅行とか行かれますか?」

 旅行。

 行ったことがない。二十年間、家から出ていなかった。

 どこまで正直に書くか。

 「あまり行けてないんですが、最近少し遠出に興味が出てきました。おすすめの場所ってありますか?」

 無難だ。嘘はない。だが情報量がゼロだ。

 返信。

 「国内なら尾道がおすすめです! 坂と海と猫がいて、写真を撮るのが楽しいですよ(^・ω・^)」

 猫。坂。海。尾道。

 行ったことがない。見たことがない。想像もできない。

 ここで気の利いた返しができれば、会話は続くのだろう。「尾道いいですね、猫好きなんですか?」とか。「坂の街って憧れます、千と千尋みたいですね」とか。

 だが俺の頭から出てきた言葉は——

 「尾道、よさそうですね! 猫がいるんですか。行ってみたいです」

 送った。

 読み返した。

 ——空っぽだ。

 この返信には何もない。感情がない。個性がない。「よさそうですね」「行ってみたいです」。テンプレートだ。誰が書いても同じ文章だ。

 既読。

 返信なし。

 三人連続で既読スルーされた。

 ——夜。布団の中。眠剤を飲んだ。

 今夜は飲まないと眠れない。マッチの興奮で眠剤が要らなかった夜は、一回だけだった。

 天井を見ながら考えた。

 三人のメッセージを振り返った。

 全員に共通していること。

 俺のメッセージが、全部同じパターンだ。

 相手の話に反応する。質問する。相手が答える。反応する。質問する。

 リアクション→質問→リアクション→質問。

 無限ループだ。

 俺は会話をしているのではない。インタビューをしている。相手から情報を引き出しているだけだ。俺の側から何も出していない。

 ギルドチャットでは違った。

 ギルドチャットでは、俺は情報を出す側だった。ボスの攻略法。装備の比較。効率的なレベリングルート。出す情報があったから会話が成立した。

 マッチングアプリでは、出す情報がない。

 カフェを知らない。韓国ドラマを見たことがない。旅行に行ったことがない。

 二十年間、部屋の中にいた男には、人と共有できる経験がない。

 経験がないから、質問するしかない。質問するしかないから、面接になる。面接は、楽しくない。

 ——会話もスキルだ。

 株もスキルだった。Uberもスキルだった。せどりもスキルだった。写真もスキルだった。

 会話もスキルだ。レベル一のスキルでレベル五十のダンジョンに入っている。

 レベル上げが要る。

 だが会話のレベル上げは、どうやるんだ。

 株はチャートを読んで学んだ。Uberは走って学んだ。せどりは相場を見て学んだ。

 会話は——会話して学ぶしかない。

 だが会話する相手がいない。マッチングアプリの相手は三人とも消えた。

 村瀬。

 村瀬とは話せる。ゲームの話なら、いくらでも話せる。

 長谷川さん。

 長谷川さんとも話せる。Excelの話と、食べ物の話と、天気の話。

 後藤さん。

 後藤さんとも話せる。仕事の話と、手続きの話。

 話せる人とは、話せる。共通の文脈があるから。

 マッチングアプリの相手には、共通の文脈がない。ゼロから作らないといけない。ゼロから文脈を作る能力が、俺にはない。

 ——いや、一つだけ方法がある。

 共通の文脈を最初から持っている相手を探せばいい。

 ゲーム好きの女性。

 プロフィールに「ゲーム」と書いている女性は少ない。だがゼロではない。十人に一人くらいはいる。

 俺は「ゲーム」をプロフィールから消した。だが相手がゲーム好きなら、俺もゲーム好きだと伝えた方がいい。

 プロフィールを書き直した。

 末尾に一行加えた。

 「実はゲームも好きです。RPGが多いですが、最近はあまりやれてません。ゲーム好きな方だと話が合うかもしれません」

 「実は」。隠していた情報を、自分から出した。

 これが正しいかは分からない。攻略記事には「ゲームは書くな」と書いてあった。だが攻略記事通りにやって三人に既読スルーされた。

 攻略記事は万人向けの攻略法だ。俺は万人ではない。四十歳の元ニートだ。万人向けの攻略法が通用しない個体だ。

 自分に合った攻略法を、自分で編み出すしかない。

 ——その日の昼休み、村瀬に言った。

 「三人に既読スルーされた」

 「何送った」

 スマホを見せた。三人とのやり取りを読ませた。

 村瀬がスクロールしながら言った。

 「面接だな」

 「自分でもそう思う」

 「あんた、全部質問で返してる。相手は質問に答えるために登録してるわけじゃないんだよ。楽しい会話がしたくて登録してるんだ」

 「楽しい会話が分からない」

 「分かってる。分かってるけど言ってる。あんた、俺と話す時はこうじゃないだろ」

 ——言われて気づいた。

 村瀬との会話には質問が少ない。ゲームの話をしている時、俺は質問ではなく意見を言っている。「あのボスは初手でデバフ入れないと無理」「あのアプデでバランスが壊れた」「あの運営は分かってない」。

 意見だ。感想だ。俺の考えだ。

 マッチングアプリでは、意見を言っていない。感想を言っていない。相手に聞いてばかりだ。

 「自分の話をしろ。大した話じゃなくていい。『今日こんなことがあった』でいい。あんたが何を考えてるか、何を感じてるかを出せ。面接官は相手のことしか聞かない。友達は自分のことも話す」

 友達は自分のことも話す。

 村瀬は友達だ。村瀬との会話では、俺は自分のことを話している。

 マッチングアプリの相手とは、まだ友達ではない。友達ではないから、自分のことが話せない。自分のことが話せないから、友達になれない。

 鶏と卵だ。

 「最初の一言が怖いんだよ。自分の話をして、引かれたらどうしようって思う」

 村瀬が弁当の蓋を閉めた。

 「引かれるよ。たぶん引かれる。四十歳の元ニートがゲームの話をしたら、十人中八人は引く。でも二人は引かない。その二人を探すのがマチアプだ」

 十人中二人。

 「営業もそうだった。百件電話して、話を聞いてくれるのは十件。会ってくれるのは三件。契約になるのは一件。九十九回断られて、一回の成約を取る。それが営業だ」

 九十九回断られて、一回。

 「三回既読スルーされたくらいで凹むな。まだ九十七回残ってる」

 ——九十七回。

 気が遠くなる数字だが、ゲームで考えればそうでもない。レアドロップの確率は1%以下だ。百回倒して一個出ればいい方だ。千回倒して出ないこともある。

 ゲーマーは、確率が低いことに耐性がある。

 三回で凹んでいる場合ではない。

 プロフィールに「ゲーム」を追加した。

 いいねを送る対象を変えた。「インドア」「ゲーム好き」「のんびり」。

 自分と近い相手を探す。共通の文脈がある相手を探す。

 そしてメッセージは、質問ではなく感想から入る。

 「はじめまして。プロフ見て、ゲーム好きって書いてあって嬉しくなりました。自分もRPGが好きで、最近は積みゲーが増える一方です笑」

 これはテンプレートではない。俺の言葉だ。俺の感想だ。「嬉しくなりました」も「積みゲーが増える」も事実だ。

 送った。

 五人に送った。

 返信が来たのは一人だった。

 「ゲーム好きな人少ないから嬉しいです! 何やってますか? 私は最近スターデューバレーにハマってます笑」

 ——来た。

 ゲームの話だ。

 スターデューバレー。知っている。牧場ゲームだ。やったことはないが、知っている。

 返信を打った。指が勝手に動いた。

 「スタバレいいですね! やったことはないんですが、実況動画は見ました。牧場系って終わりがないから沼ですよね笑 自分はRPG寄りで、最近だと──」

 止まらない。

 指が止まらない。ゲームの話をしている時、指が止まらない。

 考えなくても言葉が出る。質問しなくても会話が続く。

 ——これだ。

 共通言語がある相手とは、こうなる。

 三人に既読スルーされた理由が分かった。共通言語がなかったのだ。カフェも韓国ドラマも旅行も、俺の言語ではない。ゲームが、俺の言語だ。

 俺の言語で話せる相手を探す。

 百人中二人しかいなくても、その二人を探す。

 メッセージのやり取りが続いた。

 五通。十通。十五通。

 人生で初めて、女性とゲームの話が続いている。

 相手の名前は、マキさんと言った。三十三歳。IT系の仕事。プロフィール写真はマスクをしていて顔がよく分からないが、目が細くて笑っている。

 十五通目で、マキさんが言った。

 「今度、よかったらお茶でもしませんか?」

 ——向こうからだ。

 向こうから誘われた。

 心臓が跳ねた。跳ねすぎて、返信を打つ手が震えた。

 「ぜひ! いつ頃がいいですか?」

 ぜひ。一文字目に感嘆符がついている。必死すぎるかもしれない。だがもう送った。

 返信が来た。

 「来週の土曜日とかどうですか? 〇〇駅のカフェとか」

 来週の土曜日。カフェ。

 人生初のデートの日程が、決まった。

 ——デート。

 デートだ。

 四十歳にして、人生初のデートだ。

 何を着ていく。何を話す。カフェで何を頼む。コーヒーは飲めるか。紅茶にするか。パンケーキは男が頼んでいいのか。

 分からない。全部分からない。

 だが行く。

 行かないと、何も始まらない。

 眠剤を飲んだ。今夜は飲まないと眠れない。興奮と不安が混ざって、脳が沸騰している。

 眠剤が効いた。沸騰が静まった。

 目を閉じた。来週の土曜日のことを考えながら、眠りに落ちた。

   残金:1,048,539円

   (内訳:証券口座13万2,000円 + 銀行88万6,539円 + NISA6万円 ※NISA評価額+2,200円)

   ※収入:Uber Eats +62,000円

   ※収入:求職者支援給付金 +100,000円

   ※収入:メルカリせどり +28,000円(ゲームソフト好調)

   ※食費:約16,500円

   ※ガソリン代:約6,500円

   ※光熱費:約20,000円(冬の終わり、やや下がる)

   ※通信費:約11,500円

   ※国民健康保険:約1,500円

   ※ジム月額:約7,800円

   ※プロテイン:約3,200円

   ※メンタルクリニック再診:約1,500円

   ※眠剤:約600円

   ※マチアプ月額:約3,700円

   ※NISA積立:−30,000円(4回目)

   ★せどり好調で残金微増。100万安定維持★

   ★マッチ数:累計5。メッセージ継続:1人。既読スルー:3人。未返信:1人★

   ★初デート確定。来週土曜日。カフェ。人生初★

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