第13話 ブックオフ
ポスティングで覚えた裏道を使って、Uberの配達をしていた時、看板が目に入った。
BOOKOFF。
ブックオフだ。
引きこもる前は時々行っていた。大学の帰りに寄って、中古ゲームを漁っていた。百円棚に埋もれた名作を見つけるのが好きだった。
二十年ぶりに入った。
——匂いが同じだ。
古い紙とプラスチックの混じった匂い。ブックオフの匂いは二十年経っても変わらない。
棚を見た。
ゲームソフトのコーナーに行った。
PS4。Switch。PS5。知っている。全部知っている。二十年間、ゲームしかしてこなかった男だ。発売日も、評価も、プレイ人口も、中古相場も、だいたい頭に入っている。
百十円の棚があった。
ワゴンに雑に詰められた、値段がつかなかったソフトたち。大半はクソゲーか、供給過多で値崩れしたタイトルだ。
一枚一枚見ていった。
三十枚目で、手が止まった。
PS3のソフトだ。古い。パッケージが少し傷んでいる。タイトルは——知っている。
このゲーム、限定版の特典ディスクだ。
本編じゃない。特典のサントラディスクが、なぜかソフトの棚に混じっている。ブックオフの店員は気づいていない。ゲームソフトとして百十円の値がついている。
だが、これはサントラだ。このゲームのサントラは廃盤になっていて、Amazonで五千円以上で取引されている。
知っている。
このゲームをやったから知っている。サントラが廃盤になった時、ゲームの掲示板で話題になったから知っている。
百十円で買った。
家に帰って、メルカリを開いた。
メルカリのアカウントは持っていない。まだ作っていない。だが相場を調べることはできる。
検索した。同じサントラが出品されている。
三千八百円。四千五百円。五千二百円。
百十円のものが、五千円で売れる。
——FF11の競売場だ。
FF11で何をしていたか。
競売場で相場を毎日チェックしていた。素材の値段は時間帯で変わる。月曜の朝は出品が少ないから値段が上がる。金曜の夜はプレイヤーが多いから需要が増える。
安い時に買って、高い時に売る。
そのために相場を覚える。何百種類もの素材の値段を、頭に入れておく。
今、俺の頭の中に、何千本ものゲームソフトの相場が入っている。
二十年間、ゲームの情報を浴び続けてきた脳が、勝手に値段を知っている。
翌日、またブックオフに行った。
百十円棚を端から全部見た。
三本見つけた。
一本目。PSPのソフト。ニッチな恋愛シミュレーション。百十円。メルカリ相場千八百円。
二本目。DS用の知育ソフト。百十円。だがこれは特定のシリーズの初回限定版で、箱の裏にシリアルコードのシールがある。未使用なら二千五百円。シールがある。未使用だ。
三本目。PS2のRPG。百十円。廃盤。メルカリ相場三千二百円。
三本で三百三十円。
予想売価合計七千五百円。
粗利七千百七十円。
——これ、俺にしかできないのでは。
ブックオフの店員は、一本一本のゲームの市場価値を把握しているわけではない。大量の中古品を処理するために、ざっくりとした基準で値段をつけている。
だが俺は知っている。
一本一本の値段を。どのタイトルが廃盤で、どのタイトルに限定版があって、どのタイトルのサントラが希少で、どのタイトルのコレクター需要が高いか。
二十年間、ゲーム情報を摂取し続けた脳が、そのまま仕入れの目利きになっている。
WoWのオークションハウスと同じだ。
WoWでは、新しいパッチが来ると特定の素材の需要が跳ね上がる。パッチノートを読んで、需要が上がる素材を事前に買い占めておけば、パッチ後に高値で売れる。
ゲームの新作情報を追っていれば、関連する旧作の価値が上がることがある。リメイクが発表されれば、オリジナル版の中古相場が跳ねる。
俺はこの情報を、呼吸するように持っている。
別のブックオフに行った。三駅先。
棚の前に、先客がいた。
三十代くらいの男だ。スマホを構えている。棚のソフトを一本取って、バーコードにスマホをかざす。画面を見る。戻す。次の一本を取る。かざす。見る。戻す。
全部やっている。端から一本ずつ、バーコードで相場を調べている。
せどらーだ。ライバルだ。
こういう人間がいることは知っていた。ネットで見た。バーコードスキャンで相場を調べて、利益が出るものだけを買う。ビームせどりと呼ばれているらしい。
見ていた。五分ほど見ていた。
遅い。
一本ずつスキャンして、画面に数字が出るまで待って、判断して、戻す。一本あたり十五秒。百本見るのに二十五分かかる。
俺は棚を見た。
百本並んでいる棚を、端から端まで目で追った。
三秒で二本見つけた。
あいつがスマホで一本ずつ調べている間に、俺は目で見て分かる。タイトルとパッケージで分かる。値段がつくかどうかを、二十年分の脳内データベースが瞬時に判定する。
スマホがなくても分かる。むしろスマホがないほうが速い。
——これが、俺のエッジだ。
株ではエッジがなかった。プロと同じ土俵で、プロ以下の装備で戦っていた。
ブックオフでは違う。俺の二十年分のゲーム知識は、バーコードアプリより速い。
せどらーの男が棚を離れた後、俺は二本を取ってレジに向かった。合計二百二十円。予想売価四千八百円。
だが問題も見えた。
さらに別の店舗に行った時、店員に声をかけられた。
「お客様、何かお探しですか?」
探している。利益の出るソフトを探している。だがそうは言えない。
「いえ、ちょっと見てるだけです」
棚の前に二十分いたのがまずかったらしい。店員の目が警戒している。ブックオフはせどり目的の客に敏感になっている。長時間の棚占拠は嫌がられる。
ポスティングで覚えた「管理人対策」と同じだ。目立たないようにやらないといけない。
コツを覚えた。一店舗の滞在は十分以内。入ったらまず百十円棚に直行。目で見て判断。買うものだけ取って、すぐ出る。一般客と同じ速度で動く。
一週間で五店舗を回って、合計十二本仕入れた。仕入れ総額千五百四十円。
予想売価合計二万八千円。
粗利二万六千円超。
——だが、天井も見えた。
ブックオフのゲームソフトは一点物だ。同じソフトが十本並んでいることはない。見つかる時は見つかるが、見つからない日もある。空振りの店舗もある。
しかもライバルがいる。さっきの男のように、バーコードで全品スキャンしている人間が定期的に来ている。あいつらが先に来た店舗では、利益商品は抜かれている。
スケールしない。
月に二万、三万は稼げる。だが十万にはならない。一点物の目利き仕入れには上限がある。
ゲームでいえば、レアモンスターのドロップ品だけで稼ぐ方法だ。一個一個の利益は大きいが、出現率に左右される。安定しない。量産できない。
ゲーム内なら、この次のステップは何だったか。
レアドロップの転売から、市場全体の需給を読んだ定常取引に移行する。あるいは、仕入れを自動化する。
リアルでも同じことができるか。
まだ分からない。だが今は、目の前のブックオフを攻略する。
——これを本格的にやるには、メルカリのアカウントが要る。
出品して、売って、発送する技術が要る。
写真を撮って、説明文を書いて、梱包して、郵便局に持っていく。
全部やったことがない。
だが百十円の仕入れを二万八千円で売れるなら、覚える価値がある。
メルカリのアカウントを作った。
最初の出品は、あのサントラだ。百十円で買ったやつ。
写真を撮った。スマホで。背景が汚い。自分の部屋——いや、部屋は片付けたのだった。白い壁の前で撮った。
説明文を書いた。「○○サントラ。廃盤。ケースに小傷あり。ディスク再生確認済み」
値段をつけた。四千五百円。相場の真ん中あたり。
出品した。
三時間後に売れた。
——売れた。
百十円が四千五百円になった。
送料と手数料を引いて、手取り三千四百円。
三千四百円。
仕入れ百十円からの利益三千二百九十円。
利益率二千九百九十パーセント。
ゲーム内なら「ぼったくり」と通報されるレベルだ。だがリアルでは合法だ。廃盤品の市場価格で売っているだけだ。
——俺の二十年間が、初めてリアルで換金された瞬間だった。
株は違った。株は「ゲームと同じだ」と思って突っ込んで、違うことを学んだ。
これは本当に同じだ。
同じだから、勝てる。
残りの十一本も出品した。
一週間で九本が売れた。残り二本は売れていないが、値段を少し下げればいけるだろう。
九本の売上合計、二万一千円。手数料と送料を引いて手取り一万五千八百円。
仕入れ千二百十円。利益一万四千五百九十円。
——これをもっと大きくできるか。
できる。
店舗を増やせばいい。ブックオフは全国にある。近隣に五店舗。少し足を伸ばせば十店舗。
一店舗で週二、三本見つかるなら、十店舗で週二十本。
月の売上が十万を超える可能性がある。
だがその前に、いくつか問題がある。
梱包が下手だ。最初の発送で、プチプチの巻き方が分からなくて三十分かかった。
写真が暗い。スマホのカメラの使い方をもっと覚えないと。
説明文が雑だ。もっと丁寧に書いたほうが高く売れるはずだ。
全部、覚えなければいけない。
全部覚える。ゲームの攻略と同じだ。
ブックオフの百十円棚は、俺にとってのフィールドだ。
スマホのメルカリは、俺にとっての競売場だ。
二十年間のログインボーナスが、ようやく換金され始めた。
残金:929,109円
(内訳:証券口座12万8,000円 + 銀行80万1,109円)
※収入:Uber Eats +62,000円(冬で減少継続)
※収入:求職者支援給付金 +100,000円
※収入:メルカリ売上(9本) +15,800円
※支出:ブックオフ仕入れ −1,540円
※食費:約16,000円
※ガソリン代:約8,000円(ブックオフ巡回分増)
※光熱費:約20,000円
※通信費:約11,500円
※国民健康保険:約1,500円
※歯医者3回目:約2,500円
※リングフィット:レベル110。体重−8kg(開始時から)




