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第12話 時給換算


 Uberの冬がきつくなってきた。

 十一月。風が冷たい。日が短い。五時を過ぎると暗い。注文も減っている。夏は一時間三件来たピークが、今は二件がいいところだ。時給換算で八百円を切る日が出てきた。

 Uberの他にも何かないか。タイミーを開いた。

 「ポスティングスタッフ。1枚3円。枚数制限なし」

 チラシをポストに入れていく仕事だ。面接なし。対人なし。自分のペース。

 やってみた。

 事務所で不動産広告の束を受け取った。五百枚。ずっしり重い。

 五百枚×三円=千五百円。

 初日。住宅街を歩いて一軒ずつ入れていく。一時間で二百四十枚。時給七百二十円。

 遅い。

 ——だが俺はゲーマーだ。

 ゲーマーは効率を上げる。非効率を見つけたら潰す。周回速度を一秒でも縮める。それが二十年間やってきたことだ。

 二日目。ボトルネックを分析した。

 遅い原因は三つ。

 一、ポストの蓋が硬い。築古のアパートのポストは金属の蓋が錆びていて、片手で開けると指が痛い。もう片方の手にチラシの束を持っているから、両手が使えない。

 割り箸を一本持っていくことにした。蓋の隙間に差し込んでテコの原理で開ける。片手で開く。速い。

 二、マンションの集合ポストで管理人に追い出される。「チラシお断り」の掲示がある建物に入ると、管理人が飛んでくる。「ここはチラシ禁止です」。

 だが管理人は昼間しかいない。日中に管理人のいるマンションをメモしておいて、五時以降に回る。五時に管理人は帰る。帰った後のポストは無防備だ。

 三、「チラシお断り」シール問題。個人のポストに貼ってあるシールは守る。あれは住民の意思だ。無視してはいけない。だがマンション管理組合が共用部に貼った「チラシ投函禁止」の掲示は——グレーゾーンだ。ベテランのポスティングスタッフは無視している、と事務所の人に聞いた。

 効率化の結果。

 三日目。一時間で四百枚。

 五日目。一時間で六百枚。ルートの最適化が効いてきた。同じエリアを何度も回ると、どの順番で歩けば無駄がないか分かる。ゲームの効率周回と同じだ。

 一週間目。一時間で八百枚。

 マンションの集合ポストが鍵だ。一棟で三十戸あれば三十枚が一分で消える。戸建てを一軒ずつ回るのとは桁が違う。

 十日目。一時間で千枚を超えた。

 千枚×三円=時給三千円。

 初日の時給七百二十円から四倍になった。

 ——攻略した。

 このゲーム、攻略した。

 割り箸。管理人の退勤時間。集合ポストの効率。ルートの最適化。全部合わせて、時給三千円。

 だが。

 三千円が上限だ。

 どこまで最適化しても、足で歩いてポストに入れる作業の上限がここにある。足の速さと腕の動きに物理的な限界がある。ゲームなら操作速度の限界。フレームレートの壁だ。

 そして三千円×八時間で日給二万四千円。悪くない。だが毎日八時間歩き続けたら、膝と腰が壊れる。タイミーの再来だ。

 十日間で三万二千円稼いだ。時給換算で見れば成功だ。攻略としては完璧だ。

 だが見切りをつけた。

 天井が見えた仕事に留まる意味はない。ゲームでいえば、経験値効率が落ちたクエストを回し続けても、レベルは上がらない。

 次に行く。

 ——ところで、この頃、別の沼にハマりかけた。

 パチンコだ。

 きっかけはYouTubeだった。

 Uberの待機時間にYouTubeを見ていると、パチンコ・スロットの動画がおすすめに上がってくる。

 派手な演出。大当たりの瞬間。出玉がジャラジャラと流れ落ちる映像。万枚達成。プラス十万。

 画面の中で金が増えていく。

 ——株と同じ匂いがする。

 同じ匂いがするから、危ないと分かるはずだった。分かっていた。分かっていたのに、見続けた。

 動画のコメント欄に「初心者でも勝てる立ち回り」と書いてある。「期待値がプラスの台を選べば負けない」と書いてある。

 期待値。

 ストラテジー脳が反応した。期待値がプラスなら、長期的には勝てる。数学的に。

 ——行った。

 訓練校の帰りに、駅前のパチンコ屋に入った。

 初めてだ。四十歳にしてパチンコ初体験。

 中は暗くて、うるさくて、タバコの匂いがした。台が並んでいる。画面が光っている。

 スロットを打った。YouTubeで見た機種だ。打ち方は動画で覚えた。

 千円で五十枚のメダルを借りる。

 入れる。レバーを叩く。ボタンを押す。

 揃わない。

 もう千円。入れる。叩く。押す。

 揃わない。

 三千円目。

 揃った。

 画面が光った。音が鳴った。メダルが出てきた。ジャラジャラと音を立てて。

 百枚。二千円分。投資三千円に対してマイナス千円だが、あの演出。あの光。あの音。

 ——ドーパミンが出ている。

 株で初めて勝った時と同じ回路が光っている。

 まずい。

 まずいと分かっている。分かっているのに、もう千円入れている。

 結局、初日は一万二千円使って、三千円分のメダルが出た。マイナス九千円。

 帰り道、なぜか足が軽かった。負けたのに。九千円失ったのに。

 あの演出のせいだ。大当たりの瞬間の光と音が、脳に焼き付いている。もう一回見たい。もう一回、あの光を。

 翌日も行った。

 マイナス八千円。

 翌々日も行った。

 マイナス一万五千円。

 三日間で三万二千円。ポスティング十日分が三日で消えた。

 ——三日目の夜、家に帰って、PCの前に座った。

 手が震えている。

 株の時と同じだ。ボラティリティ中毒の時と同じだ。画面に張り付いて、飯を食わずに、もう一回もう一回と繰り返す。

 同じだ。

 構造が同じだ。

 パチンコの大当たりと、株の含み益と、ソシャゲのSSRと、全部同じだ。

 ランダムな報酬が、不定期に、派手な演出とともに降ってくる。脳はそれを「もう一回」と求める。心理学でいう変動比率強化スケジュール。ゲーマーなら知っている。ソシャゲのガチャ設計の基本理論だ。

 俺は二十年間、この構造の中にいた。

 ソシャゲに何十万課金した。そのたびに「もう課金しない」と言って、また課金した。

 だが最終的に、課金をやめた。やめられた。

 やめられた理由を覚えている。

 「このゲームに使った時間と金で、何が残ったか」を計算したからだ。

 答えはゼロだった。サービス終了したソシャゲのデータは消える。何も残らない。

 パチンコも同じだ。

 勝っても負けても、何も残らない。スキルが身につかない。経験値が入らない。時間と金だけが消える。

 ポスティングは時給七百二十円から三千円に上がった。スキルが残った。

 Uberは体力がついた。土地勘がついた。

 コンビニは「向いてない」を知れた。

 パチンコは何も残さない。ドーパミンだけ出して、金を抜く装置だ。

 ソシャゲと同じだ。

 俺はソシャゲを引退した。

 パチンコも引退する。

 三日で引退。三万二千円の授業料。

 高い。だがソシャゲの課金総額に比べれば安い。あちらは——計算したくない。

 スマホのYouTubeで、パチンコ関連のチャンネルを全部ブロックした。おすすめに出なくした。

 目に入らなければ、行かない。

 ソシャゲも同じだった。アプリを消して、目に入らなくしたら、行かなくなった。

 依存の構造を知っている人間は、入り口を塞ぐことで対処できる。

 二十年間のソシャゲ廃人経験が、三日目で俺をパチンコから引き戻した。

 ——すべての失敗には、次の失敗を防ぐ種が入っている。

 翌週、タイミーで交通量調査の仕事を見つけた。

 「交通量調査。日給12,000円。24時間拘束」

 交差点に座って、通る車と人を数える。カチカチとカウンターを押すだけ。

 対人ゼロ。体力ほぼ不要。日給一万二千円。

 応募した。奇跡的に受かった。人気が高い仕事で、なかなか回ってこない。

 朝六時から翌朝六時。パイプ椅子。交差点の角。カウンター四つ。

 座った。数えた。

 車が通る。カチ。トラック。カチ。バイク。カチ。歩行者。カチ。

 最初の三時間は楽しかった。音ゲーに似ている。

 四時間目から飽きた。八時間目から腰が痛くなった。

 深夜。車がほとんど通らない。暇だ。

 暇な時間に、Excelを開いた。スマホで。

 これまでの仕事を全部、時給換算で並べた。

  タイミー倉庫:時給1,000円(体が壊れる)

  コンビニ:時給1,010円(精神が壊れる)

  テレアポ:時給1,200円(2時間で逃亡)

  Uber Eats夏:時給1,100円

  Uber Eats冬:時給800円

  風俗送迎:時給1,500クビ

  ポスティング初日:時給720円

  ポスティング最終日:時給3,000円(天井)

  交通量調査:時給500円(24時間拘束)

  パチンコ:時給マイナス3,500円

 パチンコの行だけが赤字だ。唯一のマイナス時給。

 時間を使って金を失う仕事。仕事ですらない。

 表を見ていて、気づいた。

 全部、時間を売っている。

 俺の一時間を、五百円から三千円で売っている。

 一日は二十四時間しかない。全部売っても、三千円×二十四で七万二千円。しかも体が持たない。

 株は違った。金を働かせていた。NISAは寝ている間にも増える。

 仕事でも同じことができないか。

 一度コンテンツを作ったら、寝ている間にもアクセスが来て、収入が入る仕組み。

 ブログ。YouTube。攻略サイト。

 ——まだ早い。まだスキルが足りない。

 だが方向は見えた。

 「時間を売る仕事」から「仕組みを作る仕事」へ。

 ゲームでいえば、「素材を拾って売る」段階から「工房を建てて自動生産する」段階への移行だ。

 工房を建てるには、素材と設計図とレベルが要る。

 今はまだ素材集めだ。だが設計図のヒントは見えている。

 朝六時。交代が来た。パイプ椅子から立ち上がった。腰が鳴った。

 一万二千円を受け取って帰った。

 寝る前に、スマホにメモした。

 「時間を売るな。仕組みを作れ」

    残金:848,309円

    (内訳:証券口座12万8,000円 + 銀行72万309円)

    ※収入:Uber Eats +68,000円(冬で減少)

    ※収入:求職者支援給付金 +100,000円

    ※収入:ポスティング10日 +32,000円

    ※収入:交通量調査1日 +12,000円

    ※損失:パチンコ3日 −32,000円

    ※食費:約16,000円

    ※ガソリン代:約7,000円

    ※光熱費:約20,000円(暖房で増加)

    ※通信費:約11,500円

    ※国民健康保険:約1,500円

    ※歯医者2回目:約2,500円

    ※リングフィット:レベル102。継続中

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