兄ちゃんの顔
埋葬は、昼前に済んだ。
村の墓地の隅に、新しい土が四つ並んだ。ブレンが石工の手で、一晩で墓石を刻んだ。四つ目の石には、名前の下に小さく、翼を広げた人の形が彫られていた。両腕を広げた形の、母親の。
「……娘の方は、儂の家で預かる」村長が言った。「マーサが、付いていてくれとる」
俺は墓の前で、謝罪の言葉を三通り数えて、三通りとも捨てた。守れなかった側の謝罪は、遺された側に、赦すという仕事を増やすだけだ。だから黙って、土に触れて、立ち上がった。
振り返ると、村人たちが立っていた。
責められる、と思った。あんたが来たから戦になった。あんたの雷が敵を怒らせた。言われて当然の言葉を、俺は俯いて待った。
「……坊。いや、殿下様よ」
口を開いたのは、イーロの父親だった。
「あんたが来なんだら、死んだのは四人じゃ済まなんだ。儂らは、それが分かる程度には、国境の人間だ」
誰も、俺を責めなかった。老婆が一人、俺の手を取って、拝むみたいに握った。ありがとうなあ、ありがとうなあ、と繰り返しながら。
……責めてくれた方が、楽だった。
感謝は、敗北を数えてる人間には、一番重い荷物だ。
◇
午後、俺は納屋にこもった。
次は本隊が来る。残る翼はおそらく本隊側の備えを合わせて十以上、歩兵は昨夜の倍。こっちの牙は三機。足りない。全部が足りない。
まず、火力だ。連射の効く筒――前世で見た、あの帯で弾を喰う機械を練る。形は結べた。だが撃発の三十連目で薬室が焼け付き、四十連目で銃身が歪んで、掌の上で弾け飛んだ。三度やって、三度弾けた。左手の甲が切れて、血が滲む。
……そうだよな。お前のことは「見た」だけだ。分解したことも、磨いたこともない。俺の理解は、そこまで届いてない。
届く範囲で、勝つしかない。
小銃なら、同時に四挺まで維持できる。撃ち手は俺一人でも、機体に括れば空の四方から同時に撃てる。それから――昨夜、俺の機体を喰った二枚組。囮が雷を吸い、噛み手が喰う。なら、喰わせてやればいい。腹の中で弾ける餌を。
自爆機。三百個の「爆ぜた失敗作」たち、お前らの出番だ。爆ぜ方なら、俺は誰よりも詳しく育ててきた。
図面を引く手が、一度だけ止まった。
ランタンの灯りの中で、自分の掌を見た。血の滲んだ、火傷の痕だらけの、八歳の手。この手はいつか、ユリに「にいちゃんすげえ」と言われた手だ。ミラの寝癖を直した手だ。それが今、人を効率よく骨にするための図面を引いて、獣の腹で弾ける餌を設計してる。
――ユリ。ミラ。今の俺を見たら、お前らの知ってる兄ちゃんは、こんな顔で人をやったかって、泣くか。
……泣くかもな。
それでもな。
兄ちゃんはこんな顔で人をやるよ。何度でもやる。お前らがいつか堕ちてくる空は、こんな顔の兄ちゃんが、空けておくんだ。
手は、それきり止まらなかった。
◇
夕方、ガレン卿が納屋に来た。そして、何も言わずに俺の前に片膝をついた。
「殿下。私の剣は三十年、王冠に仕えて参りました。……ですが今夜からは、あなたの笛に従います。王命に背く騎士の剣で、よろしければ」
「……安い剣じゃないよ、それ。返せないよ、僕は」
「返していただくつもりも、ございません。拾われた借りを、拾う側で返すだけのことです」
騎士は立ち上がり、いつもの無表情で付け加えた。
「それと、ブレン殿が若い衆を二十、集め終えました。『笛は全員、体に入った』と」
◇
夜。偵察機の最後の一機が、国境の谷を映していた。
本隊が、動き出している。檻が開けられ、翼が次々と夜空に浮かぶ。荷が畳まれ、歩兵が列を組む。
その中心に、一人の男がいた。
黒い外套。胸に、黒い翼の紋。男は、昨夜落とされた魔獣の骸が運び込まれた荷車の前で、足を止めた。それから外套が汚れるのも構わず骸の首を抱き、長い、長いこと、動かなかった。周りの兵が誰も急かさなかった。
やがて男は立ち上がり、骸の眉間の傷を指でなぞり、一度だけ空を――こっちの方角を、見た。
偵察機のレンズ越しに、目が合った気がした。
男が口の動きだけで、何かを言った。読めたのは、二文字。
――誰だ。




