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【完結】弟妹を守れず戦火に焼かれ王子に転生した少年は、異世界で現代兵器を量産し魔法から国を守り抜く  作者: 緋村 獏


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2/12

音のない戦争



 この世界の戦争は、光っている。


 王都の練兵場。年に一度の観閲式。貴賓席の一番端で、俺は八歳の王子らしく、行儀よく座っていた。


 眼下では、王国魔導軍の第一梯団が横一列に整列している。純白の隊服。掲げられた杖。指揮官の号令とともに、百人の詠唱がぴたりと揃った。


「――紅蓮よ、集え!」


 十五秒。


 たっぷり十五秒の詠唱の後、百の火球が一斉に放たれ、二百歩先の標的群を華々しく吹き飛ばした。轟音。歓声。貴賓席の貴族たちが立ち上がって拍手する。続いて重装騎士団の突撃演習。陽光を弾く鎧の密集陣が、鏡みたいに輝きながら、まっすぐ駆けていく。


 美しかった。本当に、美しい軍隊だと思う。


 ――そして、全部が的だ。


 詠唱の十五秒間、魔導師は棒立ちになる。百人が肩を並べて。俺の世界なら、最初の一音を発する前に全員が地面に伏している。密集して直進する騎士団は、あの空にドローンが一機いるだけで、進路も数も丸裸だ。輝く鎧は「ここを狙え」と教えてくれる誘導灯でしかない。


 この世界の戦争には、音がない。


 正確には、「あの音」がない。空の羽音。風を切る落下音。遠くで鳴って、数秒後にこっちの世界を捲り上げる、あの理不尽の音が。ここでは敵は目に見える場所から来て、名乗って、光って、ぶつかる。


 だから誰も、空を警戒しない。誰も、散開しない。誰も、伏せない。


 ……ミラなら三日で覚えた「音を聞いたら物陰に転がる」を、この世界の最強の軍隊が、誰一人知らない。


「――ヴィルフリート」


 声をかけられて、俺は数えるのをやめた。


 隣の席。第一王子アルノルト。十九歳。次の王様になる人。彫刻みたいに整った顔が、拍手もせずに俺を見下ろしていた。


「先ほどから、指を折っているな。何を数えている」

「旗! 旗の数を数えてた! 二十四本あった!」


 にぱっと笑ってみせる。八歳の顔は、こういうとき便利だ。


「……二十六本だ」

「えー、うそだ。数えなおす!」


 アルノルト兄上は、それきり俺を見なかった。代わりに練兵場の向こう、来賓席の一角に視線を戻す。黒い礼服の一団――ヴェルダ帝国の使節団。この観閲式そのものが、あいつらに向けた「うちの軍は強いぞ」という展示なのだと、給仕の噂話で知っている。


 帝国の使節たちは、拍手をしていなかった。


 ただ静かに、光る軍隊を眺めて、何かを書き留めていた。


 ……あれは、値踏みの目だ。配給所を回ってた業者と同じ目。


 この世界は、思っているより平和じゃない。


 ◇


 その夜。俺は寝室の窓から抜け出した。


 行き先は、城の北端。使われなくなった古庭園の、涸れ井戸の底だ。縄梯子で三階分ほど降りると、石積みの丸い空間に出る。音は上に抜けない。八年かけて見つけた、俺の工房だった。


 ランタンを灯し、床に座り、掌に魔力を練る。


 今夜こねるのは、ドローンじゃない。


 飴色の光が形を結んでいく。銃床。機関部。銃身。この長さ、この重さ。間違えようがない。前世で、何百回も分解して、磨いて、組み直した一挺だ。


 教えてくれたのは、隣の区画のヨゼフじいさんだった。民兵上がりの偏屈な年寄りで、俺が届ける薄いスープの礼に、銃の面倒の見方を仕込んでくれた。「武器ってのはな、坊主。手入れした人間の言うことしか聞かん」が口癖だった。じいさんは二年目の冬に、検問から帰ってこなかった。


 だからこの銃の構造は、匂いまで覚えてる。


 掌の上で、練成が完了する。ずしり、と本物の重さ。井戸の底で、俺は八年ぶりに小銃を構えた。八歳の体には長すぎて、重すぎる。それでも頬付けの位置を、体が勝手に覚えていた。


 問題は、ここからだった。


 弾がない。


 正確には、弾を「撃ち出すもの」が作れない。練成は、俺が構造を理解した物しか形にできない。弾頭はいい、ただの金属の塊だ。だが装薬――あの火薬が何でできて、どう燃えるのか、俺は知らない。前世の俺は整備はできても、中身の化学は知らないままだった。理解してないものは、練れない。


 三十発、練っては失敗した。形だけの弾は、当然、鳴らない。


「…………」


 井戸の底で、俺は不発の弾を転がしながら考えた。


 ――待て。


 そもそも、火薬にこだわる必要があるのか。あれは弾を押し出す「圧」を作る道具に過ぎない。で、俺は今、何を使ってこの銃を作った? 魔力だ。物を形にする力。なら、形にしなくていい。圧のまま、薬室の中で一瞬だけ弾ければいい。


 弾頭だけを練る。その尻に、練りかけの魔力を固めずに封じる。引き金の衝撃で封が破れ、魔力が一気に膨れる――


 装填。頬付け。井戸の壁に向けて。


 息を半分吐いて、止める。


 指が、引き金を絞った。


 ――ダン、と。


 世界が、鳴った。


 肩を蹴られたような反動。石壁で砕ける弾頭。硝煙の代わりに、焼けた魔力の匂いが鼻を刺す。狭い井戸の底で音が暴れ回り、俺の骨まで揺らして、消えた。


 俺は、動けなかった。


 この音を知ってる。三年間、この音の届く側にいた。この音がした方角から母さんは帰らず、この音を数えながら地下で夜を明かし、ヨゼフじいさんはこの音の理屈を、スープ一杯で俺に遺した。


 殺しに来る側の音だ。


 それが今、俺の手の中で鳴った。俺の指が、鳴らした。


 ……震えてるのは、反動のせいだけじゃなかった。怖いのか、と自分に訊いた。違う。これは武者震いですらない。ただ体が、この音の意味の重さを、俺より先に思い出しただけだ。


 深呼吸を一つ。それで終わりにした。


 銃を膝に置き、俺は今日の観閲式を思い出す。光る軍隊。棒立ちの詠唱。値踏みする黒服。そして、この井戸の底の音。


 これを王城で鳴らせば、どうなるか。


 簡単だ。八歳の第三王子は、その日から「王国の切り札」になる。丁重に、大切に、今の百倍分厚い檻に入れられて、国の都合で撃つ道具になる。城を抜けることも、ロゼンの空を飛ばすことも、いつか堕ちてくる二人を探しに行くことも、二度とできなくなる。


 王子の椅子は檻だが、兵器の檻は、もっと狭い。


「……お前は、まだ鳴くなよ」


 銃を撫でて、魔力に還す。飴色の光が掌に溶けて、井戸の底には焼けた匂いだけが残った。


 この世界に、俺の武器庫は要らない。俺の掌が武器庫だ。必要な時に、必要な場所で、練って、使って、消す。誰にも渡さない。国にも、王家にも。


 これは、ユリとミラの空を空けておくためだけの音だ。


 ◇


 部屋に戻る途中、渡り廊下で足が止まった。


 月明かりの中に、アルノルト兄上が立っていた。


「……夜風に当たっていた」


 訊かれる前に言う。兄上は肯定も否定もせず、ただ俺を眺めた。それから、独り言みたいに言った。


「今日の観閲式。帝国の使節は、魔導軍の演習を三度書き留め、騎士団の突撃では筆を置いた」

「? むずかしい話?」

「――お前は、旗など数えていなかった。詠唱の秒数を数えていた」


 心臓が、一拍だけ跳ねた。


 顔には出さない。八歳の、きょとんとした顔のまま。


「びょうすう? なにそれ」

「……もういい。部屋に戻れ、ヴィルフリート」


 兄上は先に歩き出した。その背中に、俺は行儀よくお辞儀をする。


 ……第一王子、アルノルト・アルディス。


 この城で一番、目がいい人。


 どうやら俺の檻の見張りは、使用人七人だけじゃないらしい。



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