空の主
持久戦になれば、負ける。
向こうは翼六枚を高みで休ませ、歩兵百で夜明けまで圧をかけ続けるだけでいい。こっちは俺の魔力が唯一の弾倉で、その底は、もう見えている。
なら、賭けるしかない。あの男が「群れの主」であることに。
主の獣は、主の目だ。主が降りなければ、獣も本気では降りない。逆に言えば――主を落とせば、群れは終わる。
俺は笛を、短く二つ吹いた。動くな。誰も、何があっても、動くな。
それから、牙の四機を順番に「墜とし」始めた。
一機目は羽根を震わせながら畑へ。二機目は柵に引っかかって火を噴いた。三機目、四機目は栗の木の高さで力尽きたように落ちる。全部、三百二個目の文法だ。曲率を一枚狂わせ、重心を三ミリずらす。八年分の失敗作を正確に再現する演技なら、俺は食卓で王子二人を騙し切った実績がある。
仕上げに、俺自身が栗の木から広場へ、転げ落ちた。
膝をつき、肩で息をして、空の掌を晒す。演技じゃない部分も半分ある。芯は本当に、削れかけてる。だからこそ、本物に見える。
高みの輪が、止まった。
主の翼が、ゆっくりと降下角に入る。慎重な男だ。それでも降りてくる。獣たちの仇の正体を、自分の目で見ずにいられない男だ。首を抱いて長いこと動かなかった、あの背中がそう言ってる。
降下してくる巨影の背から、声が降ってきた。夜気を裂く、よく通る声だった。
「――答えよ。貴様、何者だ。その雷は、どこの理から来た」
答える義理は、ない。
名乗り合って、正面から光ってぶつかるのは、この世界の戦争だ。俺のは、違う。俺の戦争は、名乗らない。俺の戦争は、空から降ってきて、問答の途中で終わる。あんたらが百年、村々にしてきたのと、同じ作法で。
主の翼が、広場の上空――俺が三日かけて量った、その高度に入った。
俺は空の掌を、握った。
広場の屋根裏、栗の木の洞、井戸の縁。昼のうちに「墜ちて」隠しておいた餌たちが、一斉に浮かび、巨影を輪の内に閉じた。男が気づき、獣が翼を返そうとした、その懐で。
夜が、真昼になった。
光が引いたあと、空にはもう、大きな影はなかった。主を失った六枚の翼は輪を乱し、一枚が仇を討ちに降りてきて雷に落ち、残りは夜明けを待たずに国境へ散った。歩兵百は、空が終わったのを見届けると、潮が引くように闇へ消えた。
風の音が、戻ってくる。
どこかで羊が鳴いた。床下から、子供が一人、笛も待たずに顔を出して、母親に引っ込められた。ブレンの二十人が、袋小路でへたり込む音がした。
誰かが、勝ち鬨を上げた。一人が二人になり、村中の声になった。
俺は広場の真ん中で、膝をついたまま、その声を聞いていた。万歳も、拳も、笑顔も、俺のところには来なかった。来なくていい。俺はただ、白み始めた東の空を見ていた。
守れた――とは、言わない。四つの墓の前で言える言葉じゃない。
でも。
「……今回は、届いた」
それだけは、言ってもいいはずだった。




