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9.治療させてください

カレンは驚き息を呑むも、『死神』は目しか見えないけれども明らかに嫌悪の表情を浮かべている。



「早く消毒をして傷を塞がないと、出血量によっては命に関わりますよ」



急に触れて悪かったかなと反省しつつも、医者としての忠告をするも、



「余計な世話だ。俺に構わないでくれ」



と、取りつく島もなく冷たくそっぽを向かれてしまった。


彼の横のテーブルには、傷口にかける用の飴色の蒸留酒が、グラスの中に半分ほど残って置かれている。



(でも、あんな酒場の酒で消毒して包帯巻く程度じゃ治りも遅いし、傷も残る……)



急に暗黒街に現れた闇医者とやらを胡散臭く怪しんでいるのか、そもそも誰のことも信じていないのか。

口元まで覆われた布と、全身真っ黒な姿が、彼の疑心暗鬼を表しているようにも見えた。



「――あなた、ルイ君に魚の釣り方を教えたんでしょう?」



カレンは静かに、『死神』に問いかける。


それまで静かにカウンターに座って二人のやりとりを静観していたルイが、急に自分の名前を出されて首を傾げる。



「困ってる子供がいたら、普通の人はお金や食料をあげるわ。

 でもあなたは、魚が釣れる場所と釣り方を教えてあげた。一回きりの施しや優しさじゃなくて、一人で生きていける術を教えたのよね」



ルイ本人から聞いたこと。恵まれない子に優しくなることだけでも尊いが、自立していけるように導くやり方は、素晴らしい行いだと心から思ったのだ。


金髪のポニーテールを揺らし、カレンは一歩『死神』に近づくと、背の高い彼をまっすぐに見つめる。



「そんなあなたは、きっとすごく優しい人なんじゃないかって思った。

 だから、怪我もきちんと治療させて欲しいの。お願い」



カレンからの言葉に、長いまつ毛を伏せて『死神』は少し悩むように息を吐く。



「僕からもお願いだよ、死神のお兄ちゃん。

 ちゃんと治して元気になって!」



カウンターに座っているルイが、加勢するように大きな声で言ってきた。


昔馴染みのルイにまで後押しをされ、『死神』は諦めたように首を傾げると、カレンに向かって傷だらけの左腕を差し出してきた。


大人しく、治療される気になったようだ。



「……君こそ、その優しさはこの街では通用しないかもしれないよ」



子供に釣りを教えた行いが優しいと言われるのならば、正体不明の怪しい男の治療をするカレンも同類だと、『死神』は呆れたようにため息混じりで呟く。



「そうかもね。でも、これが私のやりたかったことだから」



ふふ、と笑い、カレンは彼に椅子に座り傷口を見せるように促した。


 黒装束の袖を肘までまくり、救急箱に入っている脱脂綿と消毒液で傷口を消毒する。蒸留酒をぶっかけたせいで、ベタベタしているので、丹念に。


傷口は綺麗に切れていたが、動脈が傷ついている。



「刃物で綺麗に切られてますね、縫いましょう」



 カレンは自分の手についた血を拭き取り、救急箱から医療用の針と糸を取り出し、『死神』に目で合図をすると、彼も無言で頷いた。


彼の肌に針を刺し、テキパキ指を動かしていく。


「っ――――」


痛みは抑えることはできない。『死神』が苦悶の息を吐いたのが分かったので、



「痛いですよね、ごめんなさい。でもすぐ終わるので……」



カレンは集中して指を動かしながら、彼の鍛えられた腕を縫っていく。


医療学校の実技試験では、動物の肉でやったものだが、今回は生身の人間だ。丁寧に、素早く、的確に。


 痛みに耐えている彼の処置をしながら、ふと、カレンの鼻腔に香りが漂ってきた。


 それは甘い香りで、普段からよく嗅ぐ類のものだった。


(これは――香油? 彼の髪からかしら)


 湯浴み後の髪に揉みこむことで、艶を出し、いい香りがするので、宮廷内の貴族や皇族が良く髪のケアにつけている、特徴的な香油。その香りが血の匂いに混じってほのかに香ってきたのだ。


 ただ、あれは高価で王都でしか手に入らないはずだ。


 暗黒街に住む『死神』が、そんなもの使うのだろうか?


 ふと生まれた雑念を振り払うように、カレンは手元に集中し、彼の傷を縫い続ける。


最後はハサミで糸を切り、完璧に処置が終わった。


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