10.あなたが助けてくれるの?
「これでよし。その糸は一週間程度で自然と体内に吸収されるので、しばらくしたら傷跡も残らないですよ」
ふう、と額に浮かんだ汗をぬぐいながらカレンが言うと、『死神』は少し感心したように縫われた自分の左腕を眺めていた。
露出した彼の手の甲から腕にかけて、無数に傷が残っており、彼が今まで怪我する度に雑に自分で処置してきたのがうかがえる。
(左手の甲、人差し指と薬指の間から伸びて一つに繋がっている太い血管が傷ついてしまい、出血が多かったんだ。
採血しやすそうな特徴的な太い血管だな)
と、医者の癖で患者の血管の観察をするカレン。
「お姉ちゃん凄い!」
カウンター席でジュースを飲んでいたルイがいつの間にか近くにきていて、目をキラキラ輝かせながら褒めてくれた。
「さすが闇医者先生は腕がいいなぁ」
腰巻エプロンのラシッド店長も笑いながら持ち上げてくれる。
「あはは、よかった」
照れ臭くてはにかんで笑っていると、自分の腕が問題なく動くかを確認していた『死神』は、納得したのか、ポケットから袋を取り出して無言でカレンへと手渡した。
思わず受け取ってしまったカレンが中身を確認すると、それは大量の金貨。
治療費を払うつもりなのだろう。
「こ、こんなに貰えないわ」
「王都の病院に行ったらこの数倍は払うだろう、それでも少ない方だ。貰ってくれ」
ぶっきらぼうに言うも、受けた治療の対価は払いたいという『死神』。
しかし、カレンは頑なに首を横に振る。
「一人からお金を取ったら、治療したみんなからもらわなきゃ平等じゃないもの。
この街には支払いが難しい人も多いだろうし……」
ある人からはお金をもらって、他の人からはもらわない、なんて不平等はできない。
そういう不平等は争いを生むことを、カレンは本能で理解していた。
「じゃあこの店での活動資金にでもすればいい」
黒いローブの男は、低い声で代替案を告げる。
え? と素っ頓狂な声をあげてしまうも、思わず店長と顔を見合わせる。
「確かに……怪我人を治療する場所を清潔にするのも、大事よね」
活動資金として、店の環境をよくするのは確かにありかもしれない。
「マジ? 丁度勝手口の窓が割れてたんだ。
助かるよ闇医者先生!」
夜風が入ってきて寒くて寒くて、と大げさに腕をさするラシッドに、カレンは調子がいいなぁと思いながらもらった金貨の数を数える。
「まあ、寒いと傷も治りにくいですからいいですけど。ついでにストーブや薪も買いましょうか」
と提案すると、
「やったー!」
ルイとラシッド店長がハイタッチをしながら、無邪気に喜んでいた。
「じゃあ、俺は失礼する」
金貨を払い、その後どう使うかは興味が無いと、『死神』は三人の横を通りギルドの扉を開けて夜道へ歩いて行ってしまった。
カレンは慌ててその背を追いかけながら、
「まだ痛むでしょうから数日は安静で。
夜痛んだら氷で冷やして清潔な包帯を巻いてくださいね!」
と去り行く黒い背中に今後の経過の過ごし方を話すも、その足は止まらない。
「う、うわ! なんだこいつら」
同じく興味本位で追いかけてきたラシッド店長が、自分の足元に倒れている人影を見て驚きの声を上げた。
そこには、柄の悪そうな青年二人が手足を縛られ気絶しており、手足はロープで縛られている。
そばには、『麻薬売買人。麻薬は押収済み』という紙が置かれている。
「……麻薬の運び屋をやっていた。
懲らしめておいたからもう二度とやらないだろう」
そこでようやく足を止めた『死神』が冷たい声で言うので、
「あー、最近ラリってるおっさんとかが多かったのはこいつらのせいかぁ」
やれやれ、とこんなことは日常茶飯事で慣れているラシッドは、髪を掻きながら呆れていた。
「あなたの傷、もしかしてこの人たちにやられたの?」
そばに落ちていたナイフの刃の長さや血痕の後を見てカレンが尋ねるも、『死神』はふっと鼻で笑うだけで返事はしない。
「……俺は引き続き、麻薬を流している大元を探る。店長も、何か情報があったら小さいことでも教えてくれ」
『死神』の頼みに、わかった、と店長が言い、治安がこれ以上悪くならないようにお互い協力し合うようだ。
夜風にローブが揺れ、彼の前髪が少し見えた。
夜と同じ、漆黒に混ざる黒色の髪。
「ミアと言ったか。この辺りは物騒だから、出歩く時は川沿いは避けて、中央通りを通ることだ。
それでも何か面倒に巻き込まれたら、大きな声で叫ぶといい」
じっと真面目な視線を向けて、カレンの身を案じてくる『死神』。
その黒い瞳は、月の光に照らされると、ほんの少しだけ紫に輝いて見えた。
「叫んだら、あなたが私を助けに来てくれるの?」
カレンが『死神』に尋ねると、微かに首を傾げ、
「……どうかな」
目を細めて低い声で呟いた。
マスクのせいで目しか見えないが、どうやら笑ったらしい。
初めて彼の表情らしいものが見えて、カレンも思わずつられて笑い返してしまった。
「お兄ちゃん、ばいばーい!」
ギルドから顔を出したルイが大きな声で手を振ると、死神は振り返らずに後ろ手で手を振った。
そしてそのまま、漆黒の闇に溶けるように、足音もなく消えていく。
「相変わらずかっこいい!
死神のお兄ちゃんは、この街の正義のヒーローなんだ!」
ルイは昔自分を救ってくれた『死神』を心から慕っており、溢れんばかりの笑顔でヒーローだと繰り返していた。
(悪者を一人で倒して、治療もろくに受けない。不思議な人……)
白い肌についていた無数の傷。何度も戦い、人知れずこの街を守ってきたのが伺えた。
どうかこれ以上一人で抱え込まず、傷つくことがないようにと、闇医者ミアは『死神』のことを祈った。




