第二章 闇医者ミアが出会った、死神 6、闇夜のヒーロー
暗黒街のギルド、『黒猫の足跡』より一つ川沿いの通りに、老人が立っていた。
薄汚れた外套を着た痩せぎすの老人は手に金貨を持っていて、きょろきょろと辺りを見渡している。
すると路地裏から若い男が二人現れて、老人を囲んだ。
「よう爺さん、金は持ってきたか」
ガラの悪い口調で手を差し出すと、老人は頷き若者の手のひらに金貨を数枚置いた。
しかし青年はその数を数えると、舌打ちした。
「少ないな、これじゃあブツは渡せない」
「た、頼む……! あれがないとおかしくなっちまうんだ……!」
「じゃあこの倍の金額持ってくんだな」
若い青年二人組は下卑た笑みを浮かべながら、老人の肩を小突く。
「そ、そんな……」
力なく項垂れる老人を小馬鹿にしたまま、路地裏へと帰ろうとする青年たちの元に、
「待て」
と凛とした声がかかる。
ああ? と返事をして振り返るがそこには誰もいない。
しかしよく目を凝らして暗闇を見ると、ゆらりと路地裏から黒いローブを目深に被り、口元までも布で覆った背の高い男が現れた。
ただ立っているだけなのに、一才無駄がなく洗練された雰囲気を持つ、不気味というより、いっそ神秘的な雰囲気を持つ、その男。
「なんだよお前、邪魔すんのか?」
喧嘩腰の青年の言葉に、黒いローブの男は淡々と告げる。
「ここ最近麻薬が蔓延っている。お前らが運び屋だな」
存在を知られていたために、取引場所に先回りし張られていたらしい。
「チッ……うるせえな!」
図星だった青年が拳を振りかぶり、ローブの男に殴りかかるも、素早く避けて懐に入り、長い足を振り落とし一撃で青年を床へと蹴り飛ばした。
「ぐあッ……!」
青年が地面に伏して声を上げると、その懐から白い粉が入った袋が数個、床に散らばった。
ローブの男はコツコツと靴音を鳴らしゆっくりと拾い上げ、それが暗黒街の治安を悪化させる原因となっている麻薬だと確認すると、全て引きちぎり地面にばら撒いた。
客だった老人と、運び屋の青年たちから悲鳴と怒号が上がる。
「テメェ、何しやがる!」
運び屋の一人がナイフを胸ポケットから出し、黒いローブの男に向けた。
しかし動揺することなく、冷たい視線を向けるだけ。
「お前、『死神』だな? こんな吹き溜まりしかいない腐った街で、正義のヒーロー気取りかよ!」
そう言うと、ナイフをがむしゃらに振りながら走ってきた青年を、軽やかに避ける。
避けられてイラつく青年は再び振り返りナイフを振り上げるが、
キンッ!
甲高い金属が同士がぶつかる音がして、持っていたナイフが宙に飛ばされる。
『死神』と呼ばれた男は、自らの腰に下がっている細剣を鞘から音もなく抜き、ナイフを弾き飛ばしていたのだ。
「なっ……!」
丸腰になった男の首筋に、細剣の切先が押しつけられる。
真っ直ぐに剣を握り、首元に刃を向ける『死神』は、恐ろしいほど昏い目をしている。
この状況で少しでも反撃しようとしたら、躊躇なく首を刎ねるような気迫を感じる。
両者睨み合い、一触即発の空気が流れる。
するとそこに、
「うおおお!」
先ほど投げ飛ばされて倒れていた男が、再び立ち上がり果物ナイフを持って体ごと突っ込んできた。
不意打ちの背後からの攻撃に一瞬反応が遅れ、細剣を構えていない方の左腕を切り裂かれる。鮮血が宙を舞い、床に血痕を落とした。
しかし『死神』は一瞬眉根を顰めただけで、すぐさま背後の男の方を向き、その果物ナイフを弾き飛ばし、ガラ空きの胸の急所に拳を叩きつける。
膝から崩れ落ちたのを確認して、再び正面の男に向かい合う。
ポタ、ポタ、と左腕から血を流しながらも、静かに自分に歩み寄る、闇を纏う不気味な男に、
「た、助けて……!」
最後は命乞いを叫ぶが、『死神』は細剣を鞘へとしまうと、その鞘ごと輩の顎に叩き込む。丸腰の相手に凶器は使わないという彼の矜持だ。
白目を剥き、力なく地面に倒れ込む。どうやら気絶してしまったようだ。
「ふう……」
『死神』と呼ばれる青年はそこでようやく深くため息をつくと、ポケットからロープを取り出し、二人の手足を結ぶ。
そして紙に『麻薬売買人。麻薬は押収済み』とメモを書くと風に飛ばされぬように石を置いて目につくようにしておいた。
短時間で運び屋の輩を退治した『死神』は、埃を払い立ち上がると、後ろで縮こまっていた老人に歩み寄った。
一部始終を見ていた老人は、『死神』に恐怖しているのか震えていたが、その震えが恐れから来ているだけでなく、病的なものとすぐ見てとれた。
手足の震えは、薬物依存症の典型的な症状である。
黒いローブの男は、胸ポケットから二枚の紙を取り出すと、震える老人に差し出した。
「この手紙を持って、地図の王都の病院に持っていけば、無料で治療を受けられる。薬からの依存を治すんだ」
渡したのは王都の病院までの地図と、紹介状らしい。
貧しい老人は文字が読めず、紹介状に「誰の」名前が書かれているかは読めなかったが、まさかそんな貴重なものをもらえると思っていなかったので、面食う。
「あと、職が無いなら職業案内所に行ってみるといい。住み込みの仕事もある。
大変だろうが、少なくともここで薬物依存で死ぬよりはマシな生活ができるだろう」
淡々とした口調で説明する『死神』が、食場案内所はここだ、と地図の上を指差した。
「あ、あんた、なんでここまで……してくれるんだ……」
ただの通りすがりなのに、こんな浮浪者の俺に、と呟く老人は、手元の地図と目の前の背の高い青年を交互に見やる。
月明かりに照らされ、闇に溶けてしまいそうな真っ黒な男は、特徴的な真っ黒な瞳で真っ直ぐに老人を見つめる。
「俺はこの街が大嫌いだが……なくなってしまえとは思わない。街も人も、やり直せる」
飢えと貧困で、灯りをつけることもできない『暗黒街』も、職がなく現実逃避をし薬物依存になった老人も、必ずやり直せると、心から信じている瞳だった。
「――俺がそうだったからな」
暗黒街の『死神』は、最後は独り言のように呟いて、目を細める。
笑ったようだった。




