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41.消えない傷と、宰相の過去

 どうやらみんなで行方不明のミアを探しに行ったのか、ギルドは明かりが付いたままだが、店長もルイも他の客も誰もいなかった。


 カレンは、以前訪ねてきた盗人の青年を治療をしたことを思い出し、肩を支えたヴィンスを奥の部屋へと連れていく。


 がらんとした空き部屋の椅子に、怪我をした彼をゆっくり座らせた。


 誰もいないからいいだろうと、カレンは『死神』のフードとマスクを外し、戦いの後の彼の汗を拭う。


 黒髪に黒い瞳。すっと高く通った鼻筋に切れ長の目。特徴的な下がり眉毛が、灯りに照らされる。


 カレンは背中に周り、傷口を確認した。


 ナイフが刺さってはいたが、内臓や骨までは届いていなかったらしく、圧迫止血でなんとか血は止まっているようでほっと胸を撫で下ろす。


 これなら、傷口を縫えば命に関わることはないだろう。



「よかった、傷は浅そうです。

 でも感染症や熱が出る可能性もあるので、すぐ処置しないと」



 カレンが安堵すると、ヴィンスも合わせて少し微笑んだ。



「では服を脱いでいただけませんか、今から消毒して傷口を確認しますので」



 いつも常備している薬箱を開け、中から消毒薬を取り出したカレンが頼む。


 しかし、その言葉を聞き、ヴィンスは微笑みを消した。



「……駄目だ、服は脱がない。このまま処置してくれ」



 着ている黒装束の服を脱ぎたくないと、彼は自分の左肩を掴み首を横に振っていた。



「は、恥ずかしがっている場合ですか! 

 これは治療の一環ですよ」



 思春期の女の子の問診では、裸を見せるのが恥ずかしいと抵抗された経験もあるが、成人男性じゃないか。しかも大怪我をして、すぐに縫合が必要だというのに。


 カレンは昼はヴィンスが上司だというのも忘れ、呆れて言い返す。


 しかし彼は、頑なに譲らない。



「いや、恥ずかしがっているわけでは……見せたくないんだ、君に、肌を」


 

 眉根を寄せ、左肩を押さえ頭を項垂れている彼の様子が、さすがに一線を画していたので、カレンはそっと膝をつき、顔を覗き込む。



「……理由を聞いてもいいですか?」



 過去のトラウマを思い出したり、人に言えない秘密を抱えている人も何人も見てきた。


 しかし、医者は守秘義務がある。どんなことでも伝えてほしいし、患者の心と体を第一優先にしたい。


カレンの言葉に、椅子に座っているヴィンスが唇を開く。



「……傷が、」



 ぽた、と背中から床へ血が落ちる。



「傷があるんだ、体に」



 絞り出すような声が、悲痛に聞こえる。



「傷だらけの人なんて何人も見てきました。

 そんなので動揺しませんよ、私は医者です」



 傷も痣も、何も恥ずかしいことではないと、真摯に伝える。



「宮廷医として、闇医者として、あなたを癒したいんです。お願いします」



 カレンの言葉に、ヴィンスは目を瞑った。


 そしてもう抵抗はできないと察したのか、ゆっくりと胸のボタンをはずし、服を袖から抜く。


 しゅる、と布ずれの音が響く。


 背中が裂けた黒い服を畳むと、彼の白い肌や、文官の宰相にしては屈強な腕や腹筋が顕わになる。


 背中の傷は、赤く血が滲んでいた。


 カレンがその傷を見ていた時、ふと、視界に入ったもの。


 彼が最後まで服の上から手で押さえていた左肩に、大きな傷があったのだ。


 しかしよく見ると、それは傷ではなかった。


 左肩についているのは、赤黒く痛々しい、火傷の跡。



「これ、は――」



 思わずカレンは声を失った。


 十字に紋様が彫り込まれたその火傷の跡は――焼印の証だ。



「見ないでくれ。……君には、君にだけは、見られたくなかった」



 ヴィンスは顔を覆い、心底後悔しているように悲痛に呟いた。


 最後までぬ肌を見せることを抵抗し、服の上からでさえ隠していた焼印。


 この国で罪を犯し牢獄に捕まった者が、罪の証として一生背負っていく烙印。


 前科者に記す、消えない傷。


 きっと彼は焼印の火傷ではなく、罪を犯した過去の自分を恥じ、見せたくなかったのだと瞬時に理解した。


カレンはその焼印を細い指でなぞる。



「どうして、私には見られたくなかったんですか……?」



 正直、驚いた。


 真面目で誠実で完璧な宰相が、まさか前科者だなんて信じられない。


でも、治療のために服を脱ぎたくないと抵抗するほどだったとは。



「……君は覚えていないだろうな」



 ヴィンスは、諦観に満ちた表情でゆっくりとカレンを見上げた。


 長いまつ毛が、揺れる。



「俺は昔、君に命を救われたんだよ」



 椅子に座り、背の高いヴィンスに上目遣いで伝えられ、カレンはその言葉の意味がわからなかった。


 自分を守った傷を背中に負い、罪の印の焼印を肩に刻み、『死神』は寂しげに笑う。




「……ずっと会いたかったんだ、ミア。いや、カレン。

 ……こんな無様な姿ではなく、陽の当たる下で、君と」



 そう言って眉毛を下げた彼の瞳は、月明かりを受けて昏く、紫色に輝いていた。




『お互いの夜の顔は、誰にも言ってはいけないよ』




 密約を交わした誰もが認める完璧な宰相は、まるで少年のような瞳でカレンを見つめ、今にも泣きそうに顔を歪めていた。





第1部 完

「宰相、このことはご内密に!」第一部完結です!


二部はこの続きから、夏頃連載再会します。

ブックマークしていただけると、連載開始の通知がいくのでぜひブクマお願いします(´∀`*)


第二部は暗黒街浄化計画の黒幕との対立、そしてヴィンスの過去と、カレンとの恋愛が描かれます。

どうぞよろしくお願いします!


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ヴィンス宰相の過去に驚きました……! 続きが気になります、楽しみにしてます!
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