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40.刺客との決戦

「何をコソコソ喋ってるんだ、遺言でも伝えてるのか?」


 刺客は肩をすくめ、息を吐いた。



「行くぞ!」



 次の瞬間素早く駆け出し、構えた剣をヴィンスに真っ直ぐに振り落とす。


 ヴィンスも素早く細剣を振り、剣先を避けて刺客の背後に踊り出る。


 まるで剣舞を踊っているかのような優雅さを感じさせる動き。



(この場はヴィンスさんを信じよう。

 私は、足手纏いにならないようにそっと逃げなきゃ……!)



 カレンは医学書に書かれていた手首の関節の外し方を思い出す。


 後ろ手で縛られた紐を取るように、一番手首の細い部分をさすって紐を動かしていく。



(よし、取れた……!)



 微かな隙間に指を捩じ込み、細い関節を揺らしながら動かすと、なんとか外すことができた。


 背中で腕を組んだまま、はずれた紐を地面に隠す。


 目の前では『死神』ヴィンスと刺客が激しい剣戟を繰り広げており、重い一撃が繰り続けられている。


 カレンはそっと立ち上がり、音を立てないようにギルドに向かって夜道を走り出した。



「チッ、助けを呼ぶつもりか……!」



 しかし、刺客もさすがは手練れだ。


 目の端で動いたカレンにすぐに気がつくと、ヴィンスに一撃を放ち、一瞬で上着から短剣を取り出す。


 そして、逃げるカレンの背中に向かって真っ直ぐにその刃を投げつけたのだ。



「危な……!」



 振り向きざまのカレンが、自分に刺さる! と思い目を瞑った瞬間、黒い影が目の前に飛びかかってきた。


 ドクン、ドクンと自分の心臓の音が極度の緊張状態で頭の中に響く。


 しかし一向に衝撃も痛みも襲ってこないので、カレンは恐る恐る目を開けた。


 目の前には、黒いマスクの背の高い『死神』が、カレンを庇うように立ちすくんでいた。



「……大丈夫か、カレン」



 背後の刺客に聞こえない掠れた小声で、今まさに命懸けで庇ったカレンの名を呼ぶ。



「そ、そんな……」



 ヴィンスの背中には、短剣が突き刺さっていた。


 ぽた、ぽたと鮮血が地面に丸い染みを作る。


 月夜に照らされて紫色に光るヴィンスの瞳が、カレンを守れてよかったとでも言うように、すっと細まる。


 しかし、まるで切った野菜から包丁を抜くぐらいの素早さで、ヴィンスは躊躇うことなく自分の背中に刺さったナイフを抜いて投げ捨てた。


 どくどくと、真紅の鮮血が流れ出て、地面に落ちる。



「は、早く止血しなくちゃ……!」



 自分のせいで怪我をさせてしまったショックで、カレンは震える声で言うが、



「君を守る。――俺は平気だ」



 ヴィンスはふっと笑うと、血が流れる体を翻す。



「その傷で、どこまで戦えるかな!」



 カレンを仕留められなかった刺客は舌打ちをするが、目的の『死神』が重傷を負ったのでこれぞ好機と言わんばかりに剣を振りかざしてきた。


 ――あの人、以前左足を怪我したことがあります。


 カレンの医者として助言を信じたヴィンスは、戸惑うことなくあえて刺客の右側を重点的に攻撃を繰り出す。



「グッ……!」



 右側を攻撃されよろついた男は、左足に体重をかけ体を支えようとする。


 しかし、一瞬よろめいた。


 カレンが見抜いた通り、以前左足を怪我した既往歴があるのだろう。完全には踏みとどまれなかったのだ。


 ヴィンスはその隙を見逃さない。


 瞬時に間合いを詰めると、男のわき腹から胸にかけて、細剣で一文字に薙ぎ払う。


「ぐあっ……!」


 闇夜に細剣が走り、軌跡が輝く。


 ヴィンスは黒装束を翻し、刺客の血のついた刃を振り下ろすと、鞘に剣を収めた。


 肉を切らせて骨を断つ。自身も怪我を負ったが、勝負はヴィンスの勝ちだ。



「くそ、これが……『死神』……か……!」



 胸を押さえた刺客が捨て台詞を吐いたが、その場で膝をつくことはせず、人気のない闇へと走り出した。


 暗殺の依頼人は誰だと、ヴィンスから尋問を受けると察したのだろう。


 即座に撤退する判断力があることも含めて、手練れの男であった。


 ヴィンスは一瞬追いかけようかと構えたが、背中の痛みに顔を引き攣らせる。



「すぐに手当てをしましょう!」



カレンはヴィンスに駆け寄り、懐から出したハンカチで彼の背中を止血し応急手当をする。



「……君も、手首を怪我している」



縛られたせいで赤くなっているカレンの心配をしてくるが、



「あなたの方が重傷です。早く、ギルドに戻りましょう」



 と答え、彼の肩を支えながらギルドへの帰路を二人で歩いて行った。



「ごめんなさい。迂闊に私が店から顔を出したばっかりに、人質になってしまい……」



 物音が気になり勝手口の扉を開けた自分のせいで、彼を危機に晒したなんて、情けない。


 カレンが涙の滲んだ目を擦っていると、ヴィンスは首を横に振る。



「いや。……君を守れてよかった」



 と、優しく呟くのだった。



「むしろ俺のせいで、君を危険に晒してしまった。

 すまない」



 ヴィンスの言葉に、カレンは首を横に振る。


 ギルド『黒猫の足跡』の前まで着き、入口の扉を開けて入る。


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