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39.人質からの助言

「『死神』を……殺す……? 誰にそんなことを……」


カレンが恐ろしい言葉に震えながら返答した瞬間、



――ビュンッ



 何かが風を切る音が耳元で聞こえた次の瞬間、甲高い金属音が暗闇に響いた。


 地面には短剣が落ち、刺客は手に持っていたナイフを顔の前に掲げている。


 どこからか投げられた短剣を、一瞬の判断で弾き落としたのだろう。


 カレンは、短剣の飛んできた背後を振り返る。



「その子から離れろ」



 そこには、ゆらりと闇の中に佇む、黒い影。


 全身黒い服を着たヴィンスが、目を見開き刺客を睨みつけていた。



(ヴィンスさん……!)



 密約のため本名で呼ぶことができないカレンは、心の中で安堵した。


 彼はいつも、自分の危機の時には駆けつけてくれる。



「ふっ、来たか『死神』」



 刺客は暗殺対象の相手を確認すると、口角を上げ、手に持っていたナイフを握り直す。



「離れろと言っている、下種が」



 ヴィンスは温度の感じない冷たい声で、再び刺客に命じる。


 しかし、刺客はニヤリと笑うと、わざとらしくカレンの肩を抱き自分の元に引き寄せた。



「嫌だと言ったら?」


「きゃっ……!」



 後ろ手を縛られたまま乱暴に抱き寄せられ、カレンは声を上げる。


 刺客のその行動に、ヴィンスの今まで怒りを含んでいた瞳が、すっと色を消した。


 ゆらり、と影が左右に動いたかと思ったら、次の瞬間素早く肉薄し、目の前に迫っていた。



キィン……!


 ヴィンスが腰から抜いた細剣を刺客の心臓部に真っ直ぐ突きつけてきたので、刺客も腰から剣を抜いて鍔迫り合いになっている。


 カレンを傷つける危険性もあったが、ヴィンスは真っ先に刺客に距離を詰めたのだ。


 片手でカレンを抱き寄せて、片手で剣を持っている状況では力で押し負けると、刺客はカレンを突き飛ばし、両手で剣を持つ。


 よろけながらも、解放されたカレンは道の端でしゃがみ込みながら、ヴィンスは自分を助けるためにあえて至近距離での攻撃をしたのだと察した。


  凶器を持っていない相手に凶器は使わないし、改心の可能性がある相手には命は狙わない、と以前ヴィンスは自分の中での矜持を話していた。


  しかし、この刺客に対しては容赦なく急所を狙ってきたあたり、完全に排除すべき敵と判断したようだ。


 カレンを人質に取っていることが、彼の逆鱗に触れたのだろう。



「くっ……!」



 刺客は眼前に迫る『死神』と剣を合わせながら、少しでも力を緩めたら一閃されてしまうことを察し、歯を食いしばっている。


 ヴィンスからは、絶対に刺客を討つという気迫を感じる。


 ぐらりと刺客が姿勢を崩し、脇腹に隙ができた瞬間、ヴィンスが細剣を振りかぶる。


 しかしその瞬間、刺客は靴の爪先で強く地面を蹴り上げ、目の前のヴィンスの目に砂をかけた。



「っ……!」



 視界を奪われたヴィンスは一瞬目を瞑るが、すぐに顔を振り砂を落とし目を開ける。


 しかしその一瞬で、窮地だった刺客は後ろに飛び退き、距離を空けてしまっていた。



「ふっ、さすが噂通りの腕前だな、『死神』」



 少しでも判断が遅ければ負けていただろう刺客の頰に、汗が流れる。


 ヴィンスは道の端にいるカレンを背中で庇うような位置を取り、視線だけ向けて声をかける。



「怪我は無いか」


「は、はい」



カレンが答えると、刺客から目を離さないまま頷く。



「俺が気を引くから、君は隙を見てギルドのみんなの元に戻るんだ。その方が安全だろう」


「でも、あなたは……」


「俺も、倒したらすぐに戻る」



この場にいても巻き込まれて危ないと、ヴィンスはカレンの身を案じている。



「相手は今までとは比べ物にならないほど強いからーー手加減はできない」



 細剣を握り直し、ゆっくりとヴィンスは構える。


 頬の傷などから見て、戦争傭兵かもしれないし、国が敵国に秘密裏に派遣する暗殺者の可能性もある。

 

 どっちにせよ、全力でかからなければ負けてしまう、と。



 人質のカレンはどう考えても足手纏いなので、隙を見て逃げた方が勝機はあるだろう。


 今この状況でヴィンスにかけるのは、心配や労いの言葉ではなく、医者としての助言だとカレンは本能で理解した。


「――あの人、きっと以前左足を怪我したことがあります。

 古傷の痛みをかばうように体幹が右に微かにずれてますし、歩く時に少しだけ左足を引きずる癖があるので」



カレンは、ヴィンスにだけ聞こえる声で必死に伝える。


ヴィンスは片眉を上げ、気づかなかったと言わんばかりに小さく頷く。



「……なるほど、左足だな」



 今は対等な実力だが、弱点がわかれば少しでも有利になるのではないか。

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