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38.闇医者に忍びのる影

「おーい、『死神』さん。コーヒー淹れたよ」


「ああ」


 カウンターの中の店長が手招きをしてきた。どうやらヴィンスは暗黒街でひと仕事終わった後のコーヒーを一杯頼んでいたようだ。


 高い背を伸ばし店長の元へと行き、カップに入ったコーヒーを受け取ると、そのまま席に座って談笑をしながら飲み始めた。


 炊き出しのごはんが美味しかったと目をキラキラさせて語るルイや、煉瓦積みを手伝ってくれよと頼んでくるギルドの客たちに交じる『死神』。


 少しだけマスクをずらし、なるべく顔を隠すようにコーヒーを飲んでいるが、暗黒街に入る者は皆ろくな素性じゃないことが多いので、誰も素顔を見せない『死神』を咎めることは無い。



(なんだかんだ、宰相もギルドの人たちと馴染んでるよね。……ん?)



 わいわいと談笑する彼らの背中を微笑ましく見守っていたカレンの耳に、何か物音が聞こえた。


 コツン、コツンという微かな物音。


それは窓を叩く雨音のようにも、風で飛んできた小石がぶつかった音にも聞こえる。


 しかし、何度も規則的に鳴るから、もしかしたら来客のノックかも、と思った。


 そこには食料を搬入する用の小さな勝手口があり、扉を開けることができる。


 店長に一言言おうかと思ったが、忙しそうにフライパンを使って火の元にいるし、何やら笑い声をあげてギルドの客たちとヴィンスは盛り上がっているので、会話の邪魔をするのは気が引けた。


 カレンはドアノブに手をかけ、ゆっくりと外へ開く。



「誰かいるの……?」



 勝手口の小さな扉を開き、恐る恐る顔を覗かせるが、辺りには人影は見えない。


 痩せたネズミがゴミ捨て場を走っていくのと、枯れ葉が風に吹かれて地面を飛んでいくのだけが暗闇の中で見えた。


 野生動物の足音だったのかしら、と肩透かしだったカレンは一歩外に出て、涼しい夜風に当たってふう、と息をつく。



 ――しかし、次の瞬間。



 一瞬で背後に迫った背の高い影に後ろから羽交い絞めにされ、鼻と口を塞がれた。



「――――ッ!?」



 もう片方の手で後ろに腕を掴まれ、拘束される。

 急なことに頭が回らず、カレンは強い力で抑え込まれてしまった。



「……喋るな」



 男と思われる低い声で耳元で脅され、首に冷たいものを押し当てられた。


 おそらくは、ナイフの刃だろう。



「『死神』は出てこなかったか……まあ、女なら人質に取りやすい」



 どうやら物音をわざと立て、暗黒街の無法者の処理をする『死神』の注意を惹き、不意打ちを狙っていたのだろう。



(この人……『死神』の……ヴィンス宰相の敵……? 恨みを持っているの…!?)



 出会い頭に背後を取られたら、剣の腕の立つヴィンスも手を出せなかったかもしれない。


 口と鼻を塞がれ声が出せないどころか、息も吸えないカレンは助けを呼ぼうと思うも、首元に突き付けられたナイフが頸動脈に押し当てられているので、身動きが取れない。


少しでも抵抗すれば、動脈を傷つけ、血が噴き出して命の保証はない。



「……ついてこい」



 姿の見えない背後の男は耳元でそう言うと、拘束したカレンの手を強く引き、闇よりも暗い暗黒街を歩き出した。



 

「ってあれ、ミアお姉ちゃんは……?」



 最初に異変に気が付いたのは、少年ルイだった。


 さっきまで店の後ろでニコニコと話を聞きながら薬を調合していた、金髪ポニーテールの可愛らしい闇医者先生が、いつの間にか居ないと。


 ヴィンスはハッと息を呑み、すぐさま立ち上がる。


 普段はこんなうかつなことはしないのに、手紙の依頼主や宮廷内の黒幕の目星をつけ、世間話をしながらもずっと頭の中で思案にふけっていたため、視野が狭くなってしまっていた。


 先程まで彼女が座っていた椅子の近くを見ると、勝手口の扉がいつの間にか開いており、キィ……と音を立てて揺れている。


 真面目な彼女なら外に出るにしてもドアを閉めて行くだろう。


 攫われたのだと一目瞭然だった。



「ミア……!」



 『死神』は闇医者の名前を呼び、すぐにそのあと追って闇夜へと飛び出していった。


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