4、魔獣の毒
「君は、昨日魔獣討伐を受けた傭兵だな。その傷は……」
店長のラシッドが焦ったようにカウンターの中から出てきた。
どうやらギルドで仕事を受けて戦いに出た者らしい。
「魔獣はどうにか倒したんだが、死に際の一撃を受けて……やられた、毒を喰らっちまったよ……!」
「毒!?」
よく見るとその傭兵の筋骨隆々な腕は鮮血で染まっており、それだけでなく、皮膚が不自然に紫色に変色している。
魔獣の毒は、放っておくと命を蝕む強力なものもある。特に、生命が事切れる間際に放つ渾身の一撃は、猛毒だと冒険者たちの間では実しやかに囁かれているのだ。
突然の来訪者のせいで、一気に静かなギルド内が混乱の渦に巻き込まれた。
「毒だ! 逃げろ、うつるぞ!」
「すごい色になってる……あれは腕切らなきゃ死ぬぞ……!」
「そいつ追い出せよ、早く!」
たちまち周囲の客たちはパニックに陥った。
慌てて立ち上がったせいで床に落ちてグラスが割れる音、余裕のない怒声や罵声、足早に去っていく乱暴な足音が響く。
そんな中、怪我をした本人は、膝を床につき、ブルブルと体を震わせながら真っ青の顔をしている。
「た、助けて……くれ……誰か……」
様々な死戦を乗り越えてきたのであろう、屈強な傭兵が、か細い声で助けを訴えているのに、誰も手を差し伸べない。
「――落ち着いて」
掠れる声では届かない。
カレンは、大きく息を吸うと、
「皆さん、落ち着いてください!」
と叫んだ。
その声に、喧騒が止んだ。
「魔獣の毒は、皮膚に直接注入するタイプで、触ったり近づいただけでは他人にうつりません。
距離を取らなくて大丈夫です」
空気感染するタイプの毒の攻撃もあるが、今回の場合は患者の体からうつるものではないと瞬時に判断した。
逃げ惑って距離をとっていた客たちが、顔を見合わせ少し落ち着いた様子を見せる。
「店長さん、お水を大きな器に入れてください。
あと、清潔な布を」
「あ、ああ」
凛としたカレンの指示に、腰巻きエプロンをつけた店長ラシッドが、慌てて準備する。
水が入ったボウルとタオルを渡してきたので、手際よくカレンは水につけタオルを絞り、傭兵の右腕を優しく拭いた。
こびりついた血を拭き取り、傷口と毒の状況をじっと見つめる。
「傷口は幸い動脈を避けてますので、そこまで深くはありません、止血すればすぐに治ります。
問題の毒ですが……この腫れや紫色の皮膚の変色、おそらく虫の類が持つ毒の種類かと思われます」
一言に毒と言っても多種多様だが、カレンは患部の症状をじっくり観察し、そう判断する。
「あ、ああそうだ……デカい蜂みたいな形の魔獣だった……。
事切れる直前に、尻尾についてる針で俺を刺してきたんだ」
脂汗をかいている傭兵が、頷きながら答える。どうやら、虫の毒で当たりらしい。
「まずは傷口を清潔にし、患部を冷やします。
体の拒絶反応で熱くなりますからね」
カレンはテキパキと手慣れた動きで、水を浸し絞ったタオルを紫に変色して熱い腕に巻いていく。
「そして患部には、神光樹の根を乾燥させ抽出した軟膏を塗ります。
これは解熱と解毒作用がありますので」
手に持っている薬箱を開け、中から透明な瓶を取り出す。
蓋を開けてその軟膏を指に取ると、キラキラと金色の光が輝いている。
カレンは傭兵の傷にたっぷりと塗り込み、紫に変色している部分全てに染み込ませていく。
「神光樹って、妖精の森でしか取れない貴重な樹だろう? た、高いんじゃないんか。そんなもの……」
月夜の光に呼応して夜に柔らかく光るという神光樹は、大陸の中でも限られた場所でしか採れない。
そのため、確かに手に入れるのは困難かつ高価である。
しかし、カレンはゆっくり首を横に振る。
「命より高い薬などありませんよ」
そう言って微笑むと、傭兵は感動したのか、下唇を噛ん頷いた。
解毒剤を塗った腕に白い包帯を巻き固定する。
そして男手に手伝ってもらい、傭兵を酒場のベンチに横になって寝かせ、水を飲ませて脂汗を拭くと、
「少し、楽になってきた……」
と掠れた声で呟いた。
「良かったです。この後、腕の治療の副反応で体に熱が出るかもしれませんので、数日安静に寝て、水分もこまめにとってください」
消毒し、冷やし、患部に解毒剤を塗り込み、清潔な包帯を巻いた。きっと大丈夫ろう。
「放っておいたら毒が回り腕が使えなくなったり……運悪く脳や心臓まで回れば、命を落としていたかもしれません。
今回は処置が速くできて良かったです」
適切な処置をしなければ、重症化してもおかしくなかった。
どんな弱い魔獣でも、油断は禁物なのである。
危うく死んでいたかもしれないと聞き、傭兵は唾を飲み込むと、
「ありがとう、あんたは命の恩人だ。
良くなったら、礼をさせてくれ」
と純粋にお礼を伝えてきた。




