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36.特別な関係ではあるけれど

「い、いえ、そんな別に」


(特別な関係と言えば確かに、お互いの夜の顔を知る密約関係だけど……)



 仕事ができる完璧な宰相が、実は暗黒街の『死神』と名高いヒーローなこと、そして宮廷医の自分はギルドで闇医者をしていること。


 お互いの最大級の秘密を共有しているという意味では、確かに特別な関係ではあるのだが。


 園庭でのお茶会を囲む令嬢たちからの熱心な視線を一斉に受け、カレンは首を横に振る。



「従業員の健診結果など宰相に提出する書類も必然的に多いので、他の女性よりは関わりが多く見えるだけかと。それに、私など宰相に釣り合いませんよ」



 背筋を伸ばし、カレンは慌てて言い訳をする。

 じっとその目を見つめたあと、リリー令嬢は再びため息をつく。



「そうですか。確かに宰相はお忙しい方ですしね。

 でも、仕事とはいえ言葉を交わせるのは、羨ましいわぁ」


「リリー令嬢は、ヴィンス宰相にお熱ですものね」


「うふふ、お恥ずかしい。だってあの聡明なお顔、乙女ならキュンときますわよ」



 口元を隠しながらくすくすと笑うリリー令嬢は、どうやら宰相のファンらしい。


 他の公爵からのアピールはぞんざいに扱うのに、宰相のことを特別扱いしているあたり、本当にヴィンス宰相は女性に人気なんだなと、カレンはもやっとした。



(……ん、なんだろう、今の気持ち)



 可愛らしい恋心に相槌を打っていただけなのに、胸の中に浮かんだ苦々しい感情の正体が、カレンにはわからなかった。


 苺のタルトにフォークを突き差し、口の中を甘いカスタードで満たす。



「それにしてもヴィンス宰相、あんなに多忙でお体壊されないか心配ですわね」



 まだ、宮廷一人気の彼の噂話に花が咲く。



「そういえば、先日ヴィンス宰相の部屋の前を夜に通りかかった使用人から聞きましたが、宰相の部屋の前は一切物音も寝息もせず、まるで誰もいないかのようなんですって」


「まさか、外出でも……?」



 不思議そうに首を傾げる令嬢たちに、夜はギルドに行くため自室を空けているヴィンス宰相の行動がばれないよう、カレンは慌てて擁護する。



「いえ、この前私がお手洗いに行く際前を通ったら、蝋燭の明かりが漏れ何やら書き物をしている音が聞こえましたよ。遅くまでお仕事されている、非常に勤勉な方ですよね!」



 『お互いの夜の顔は一切他言無用』という密約通り、ヴィンス宰相の秘密がばれそうな時は、自分がかばうしかないという咄嗟の行動だった。


 カレンの言葉に、まあそれもそうよね、と普段の宰相の真面目な勤務態度が功を奏してか、誰も疑いはしなかった。


 冷や汗をかいてしまったが、心の中で安堵のため息をつく。



「でも、暗黒街の治安をよくするために宰相は奔走してらっしゃるけど、正直あんな恐ろしいところ、早く撤去してしまえばいいのにねぇ」


「本当に。そのお金で、王都に素敵なお洋服屋さんやお菓子屋さんを建てて欲しいわ」



 そんな他愛もない世間話に、カレンは胸を掴まれる。


 蝶よ花よと大事に育てられた貴族の令嬢たちは、『暗黒街浄化』計画を謳う、王都に蔓延る反社会的勢力たちと、根本的には考えは変わらないようだ。


 汚くて、恐ろしくて、治安の悪い暗黒街など、消えてしまえばいいと思っている。



(気さくなラシッド店長も、無邪気なルイくんも、傭兵さんや他のギルドのお客さんも……みんないい人で、みんな、必死に生きているだけなのに)



 夜宮廷を抜け出し、闇医者として暗黒街の人たちを何人も救っても、宮廷の人たちからすればこの程度の認識なのかと、カレンはふと虚しさが沸き上がる。


 色とりどりのスイーツや高価な茶器に注がれた紅茶の香り、美しい花が咲く整えられた庭さえ、どこか現実味が湧かない。


 ――ヴィンス宰相は、ずっとこんな報われない思いを抱いていたのかもしれない。



「カレン先生も、私たちも、理想的な殿方が現れてくれればいいわね」


「本当に。王子様のような方が来て、手を取ってそのまま攫ってしまって欲しいわ!」



 きゃー! と頬を赤らめて、理想の男性を思い浮かべては笑い合う令嬢たち。


 それは宮廷という、平和で安穏で退屈な箱庭から、運命の相手に連れ出してほしいと願っているようだった。


 暗黒街という、飢えと貧困と死と隣り合わせの世界とはま真逆の、いっそぜいたくな悩みを抱いている彼女たちを見て、カレンは複雑な気持ちと共に紅茶を飲み干した。

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