34.昼の宰相に礼を
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死にかけの青年を救い、しかし彼は重罪人で、被害者に責められ。
医者としての責務や尊厳について突きつけられ、今一度、一から考えさせられた日だった。
次の日、宮廷内での仕事の合間に、カレンは宰相の執務室を訪れた。
「失礼します」
「カレン先生、いかがいたしましたか」
ノックして扉を開けると、広い机に座り膨大な量の書類を前にペンを走らせている、若き宰相ヴィンスの姿が。
品がよく清らかな姿は、昨日の夜、ギルドで村人に責められていたカレンを庇ってくれた、無骨な『死神』と同一人物とは、分かっていても信じられない。
急に訪れた宮廷医カレンに、そこでようやくペンを置き姿勢を正すヴィンス宰相。
「ヴィンス宰相が最近寝不足なんじゃないかと思いまして。よく眠れるお薬と、頭痛薬を持参しました」
「ありがとうございます。ちょうど切れたところだったので、早速今夜飲ませていただきますね」
数包みの薬を受け取り、机の引き出しの中に入れるヴィンス。
穏やかな笑みを浮かべ、上司と部下の模範的な会話だけを行う二人。
夜はどうせまたギルドで会うというのに、どこで誰が聞いているかわからないので、便宜上の丁寧口調だ。
『お互いの夜の顔は、一切他言無用』という、二人だけの密約。
皮肉屋なのも、少し意地悪なのも、砕けた口調も。きっと宮廷ではカレンしか知らない。
「そういえば、昨夜捕縛した盗人の青年は今朝方、王都の収容所に入ったようです。
本人の希望で、罪を償った暁には修道院へ行き、文字の勉強をし就労訓練を行います」
ヴィンス宰相が、カレンへと事の顛末を報告してくれた。
「それは良かった! 就職できれば、もう盗みは働かなくてもいいですもんね」
「ええ、人生は長いですから、彼の未来もきっと変えられるでしょう」
本人に更生の意思があるのならば、もう罪は犯さずに生きていけるはずだ。
すでに書類の処理をしたらしき宰相は、ふうと息を吐く。
「暗黒街の壊れた建物の修復も間も無く行われます。週二回の炊き出し用の食材と人材も確保いたしました。ここまで順調に進んだのは、宮廷医のあなたが職人や調理師の健診をそつなくこなしてくれたおかげです」
宮廷を通して雇う人は、長く働いてもらうために健康面で問題ないか、必ず宮廷医のカレンが問診を行うのだ。大規模で何十人いようが、全員分行ない書類に残す。
今宰相の机に積まれている書類の中に、カレンがサインして提出したものもあるのだろう。
「これで、暗黒街も少しずつ治安が良くなりますね」
「ええ」
カレンが嬉しそうに金髪のポニーテールを揺らすと、ヴィンス宰相も優しく頷く。
昼は宮廷で、夜はギルドで、お互いができる最善を尽くそう。
窓から風が吹き、机に座るヴィンス宰相の黒髪と長いまつ毛が揺れていた。
「……今後も頼りにしてますよ、カレン先生」
『頼んだぞ、ミア』
頭の中で、夜の『死神』の声と重なった気がした。
宰相の執務室では、そんな穏やかな時間が過ぎていたが。
壁一つ隔てたほ廊下では、眉間に皺を寄せた貴族たちが歩いていた。
「ふん、なんの後ろ盾もない平民が、偉そうにしやがって……」
ドアに掛けられた『ヴィンス宰相』という名札を見て、公爵は苦々しそうに告げる。
中にいる本人に聞こえないよう声を潜めてはいるが、表情にははっきりと嫌悪感が浮かんでいる。
「宮廷の予算を貧民たちに使うなんてどうかしてる。慈善活動のつもりか?」
横を歩く伯爵も、鼻で笑う。
二人は革靴を鳴らし宮廷の廊下を並び歩きながら話す。
「『暗黒街浄化』計画も、早急に進める必要があるな」
「ああ。鉄面皮なあいつの『黒い噂』も暴くとしよう」
公爵と伯爵は顔を見合わせると、ニヤリと笑う。
「あの宰相の涼しい顔がどんな風に歪むのか、今から見るのが楽しみだな」
代々の貴族社会を良しとし、明確に平民以下の者を差別する。
身分差を無くすことを推進している宰相に反感を抱く『反宰相派』の二人は、高笑いをしながら足を止めずに歩いて行った。




