32.住人たちの怒号
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数日後。
夜も深く月が上がり、暗黒街のギルド『黒猫の足跡』の中では、今日も荒くれ者達が集まっている。
「よおし、かかってこい!」
「おいおい、また腕怪我するんじゃねぇか?」
傭兵が腕が回復したのか確かめるために、ギルドの客に腕相撲を仕掛けており、それを見てどっちが勝つかを小銭を賭けている客もいる。
カウンターの中のラシッド店長が愉快に野次を飛ばし、そんな騒がしいのを横目に、カレンはすりこぎで薬草を潰して薬を作っていた。
少年ルイは釣り具の整備をしながら、ホットミルクを飲んで笑っている。
黒いローブを着た『死神』は、今日も暗黒街の見回りをして不届き者をやっつけてきたらしく、一仕事を終えて落ち着いているのか壁際の席で静かに文庫本を読んでいる。
そんな、いつも通りのギルドにーー急な来訪者が訪れた。
ドンドン、ドンドン!
乱暴に店の入り口の扉を何度も叩く音。
楽しく腕相撲をしていたのに、あまりに大きな音に盛り上がっていた場が静まってしまった。
「誰だ? 何度もノックしなくても店は開いてるよ」
興を削がれたラシッド店長が腰巻エプロンの姿で扉を開けると、雪崩れ込むように数人がギルド内に入ってきた。
全員見るからに怒りの表情を浮かべ、鼻息が荒い。
そうして、村人らしき質素な服を着た中年の男性が叫ぶ。
「ミアって女の医者はここにいるか!?」
急に闇医者としての偽名を呼ばれ、はっとしたカレンは薬草を作る手を止め、立ち上がる。
「は、はい、私ですが……どなたかお怪我されたのですか?」
興奮状態で駆けつけてきた様子なので、もしかして急病人でも出たのかと、薬箱を手にカレンが入り口に近寄る。
しかし村人は首を横に振ると、店の外にいた一人の男を三人がかりで羽交締めにし、そいつを店の中に入れた。
「あ、あなたは……」
羽交締めにされていたのは、つい数日前に大きな傷と痣だらけで死の淵を彷徨っていたところを助けた、あの青年だったのだ。
「す、すまねぇ……先生……俺……」
痩せた身体の彼は、項垂れたまま、カレンに謝罪の言葉をかける。
その唇は殴られたのか血が滲んでおり、腕は牛舎で使う牛を繋ぐためのロープでぐるぐる巻きにされ、身動きができないように捕縛されていた。
「一体、何があったんですか?」
まだ完治したわけではないのに、青年のひどい扱いに眉根を寄せて尋ねると、
「アンタだな、この男を助けた医者ってのは。
こいつは山一つ超えた村で散々盗みを働いて、バレたら暴力まで奮った極悪人なんだぞ!」
「え……!?」
中年男性は、盗みを働かれた張本人らしく、怒り心頭で叫ぶ。
「数人がかりで棍棒で殴って捕まえてたけど、隙を見て逃げやがった。
あの傷じゃどっかでくたばったと思って安心してたが、アンタが助けたらしいな?」
その言葉に、信じられないとばかりに、カレンは口を手で覆う。
「そ、そんな……」
彼が重症を負っていたのも、盗みを働き、その村人たちから体罰を受けたところを逃げてきたからだった。
(身体中に丸い痣があったのは、捕まった時の折檻の跡だったのね……)
崖から落ちたにしては不自然な怪我だとは思っていたのだが、想像の上を行く悲惨さだ。
「そしたらまた今日、隣の村で盗みを働いてたんだよ、この馬鹿野郎は!」
なんと先日助けた青年は、ギルドから去った途端また町を襲い、盗みと暴力を働き再び捕まったのだという。
「傷が治ろうが、腐った性根は一生治んないな」
羽交締めにしている若い男性も、吐き捨てるように盗人の青年を睨みつけている。
「すまねぇ……俺……文字も読めねぇし、生まれつき身体弱いから、ろくに働けなくて……飢えて死なないためにはこうするしかなくて……ろくに食べさせられなかったから、母ちゃんも死んじまって……」
縄で縛られた元重症の青年が涙を流し謝るのを目の前にし、戸惑うカレン。
確かに彼は青年男性の割には痩せて貧弱な体をしていた。
死の間際に何度も母親の名前を呼んでいたのは、満足に食べさせてあげられなかった後悔だったからか。
盗みや暴力は確かにいけないことだし、罪は償わなくてはいけないが、命の炎が消えないようにと必死に救った彼のことを、心の底からは責められないでいた。




