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30.宰相の手作りサンドイッチ

***


トントン、と包丁がまな板を叩く音で目が覚めた。


カレンが霞む目で辺りを見回すと、視線の先には寝息を立てて横になっている、重症だった青年の姿。


自分がギルドの闇医者ミアとして、突然の来訪者の処置に奮闘したことを思い出す。


眠い目を擦り、いつの間にか自分にかけてもらっていたブランケットを捲る。


ふわあ、とカレンがあくびをすると、窓の外からは柔らかい朝の光が差し込んできていた。ちゅんちゅん、と鳥の囀りも聞こえて、のどかな朝の風景だ。



(……ん、朝?)



まずい。



「ち、遅刻だわ!」



自分は夜はギルドの闇医者だけれど、夜も深いうちに宮廷に戻り、日中は王都の宮廷で宮廷医をしていなければいけない。


大変な処置をしていたとはいえ、朝までギルドで過ごすなんて言語道断。



(今から急いで走って戻らなきゃ、でも陽が出て明るいから、途中で誰かにバレちゃう、かも!?)



ギルドの奥の部屋を借りて処置をしていたので、カレンは慌てて店の方へと出ると、香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。



「ああ、起きたのか、おはよう」



ギルドのカウンターの中には、黒いフード姿のヴィンスが料理をしている所だった。


数時間しか寝ておらず、目の下が隈で髪の毛がボサボサなカレンを見て、妙に爽やかに朝の挨拶をしてきた。



「お、おはようございます。なんで、あなたもまだいるんですか」



宮廷医の自分もだが、責任ある立場の宰相が、朝になってもまだギルドにいることに、さっと血の気が引く。



「まだ朝の五時だ。始業は九時だから、今から戻って仮眠しても間に合うよ」



しかしヴィンスはちっとも焦らず、皿の上に作った料理を盛っていた。


辺りを見回すと、テーブルにもたれかかって傭兵やギルド客は眠っており、椅子をつなげた上にラシッド店長もエプロンをつけたまま横たわり、ルイも小さい体で毛布にくるまっている。


 カレンの処置が終わるまで待っていてくれたみんなも、さすがに眠ってしまったようだ。


 数人の寝息やいびきが明るい朝のギルド内に響き渡っている。



「君は一人で大変な処置をして疲れている。

 今日は一日宮廷医は休んで、ここにいるといい。

 私が有給処理の書類を代筆で出しておく。

 まだ勤め始めてから一度も有給をとっていなかっただろう?」



ギルド内にいる全員が深く眠っているため、ヴィンスは身分を隠さずに宰相としてうまくやっておくとカレンに伝える。



「で、でも……」



真面目なカレンが急に休むことに抵抗を感じて悩んでいると、



「峠は越えたかもしれないが、今日一日ぐらいは患者の彼の体調を見ていたほうがいいだろうしな。

 隙間時間に君も仮眠するといい」



ヴィンスがカウンターの中から、奥の部屋で眠る患者を顎で差す。


拒絶反応でまた高熱が出るかもしれないし、血を多く失ったことには変わりないので、体調の変化は確かにこまめに確認したい。



「じゃあ、今日は一日お休みするということで……」


 ヴィンスに説得され、宮廷まで一心不乱に走って帰ろうとしていたカレンは一気に力が抜けへなへなとカウンターの椅子に腰掛けた。


 そんなカレンの前に、皿とコップが差し出される。


 新鮮なオレンジを絞ったオレンジジュースと、焼いたチキンと新鮮な野菜が挟まったサンドイッチだ。


 付け合わせとして、スクランブルエッグとソーセージも乗っている。



「朝食だ、食べるといい」



 ラシッド店長は爆睡しているため、キッチンを冷蔵庫の中身を拝借してささっと作ったのだろう。


 お腹が減るいい香りがする朝食を見て、思わずカレンは吹き出して笑ってしまった。



「あっはは!」


「何がおかしい?」


「だって、サンドイッチの断面が綺麗過ぎますし、焼き加減や並べ方も完璧で……お店で出るのより美味しそうなんですもん」



 腹を満たすために作った男の時短料理にしては、あまりにきちんとし過ぎて、ここまで彼の性格が出るのかとカレンは笑ってしまったのだ。


 医療学校で寮生活をしていた時にカレンも良く自炊をしていたが、自分はもっと盛り付けも焼き加減も雑だったし、何なら少し焦げても大丈夫でしょ、とか思っていたのに。



「さすがは完璧なヴィンス宰相、料理の腕も几帳面ですね、ふふ」


「……冷めるから早く食べてくれ」



 自覚がなかったらしく、カレンに笑われて少し恥ずかしそうに頭を掻くヴィンス。



「いただきます、あー美味しい!」



お腹が減っていたので大きな口を開けてかぶりつくと、ジューシーなチキンの肉汁が寝不足な体に染み渡るようだった。



「絶品です」


「そうかい。宮廷をクビになったら、このギルドで料理人になるのもいいかもしれないな」


「ふふ、きっと今以上に繁盛しますよ」



カレンに相槌を打つと、ヴィンスは口につけているマスクを下げ、余ったらしきサンドイッチに齧り付いた。


普段は宮廷でナイフとフォークを持ちお上品に食事をしているのに。


 カウンターの中で立ったままパンの端を頬張り、ソースがついた指を舐める彼を見て、少し男らしくて雑な部分もあるのかと思った。


 顔の半分を覆っていたマスクをずらすと、彼の高い鼻や形の良い唇があらわになり、相変わらずの眉目秀麗っぷりである。


 宰相と宮廷位のままでは知れなかった、ヴィンスの素の部分が見れて、もしかしたら自分しか知らないのかもと少しくすぐったく感じるのだった。

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