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29.夜通しの処置

奥の部屋へブランケットを敷き、そこに怪我人を寝かせた。



「部屋を暖かくしたいので、ストーブも近くに」

「ああ」



石炭の入ったストーブは重いが、ヴィンスは嫌な顔一つせずカレンに従ってくれた。


血塗れの彼の体を優しく拭き、全身を見る。



(切り傷もあるけど、多くは打撲……痣がひどいわ。内臓も損傷しているかも。

 とにかく出血量が多いから止血しなくちゃ)



青年の体は胸や腹が内出血しており、紫色に染まり非常に痛々しい。骨も折れているかもしれない。


痣には痛み止めの薬草を貼り、一番大きな胸の傷を縫わなくてはと、カレンは薬箱から針と糸を取り出す。



「あ、あの、俺たちも何か手伝うか……?」



毒を受けた傭兵や、ギルドの客たちが恐る恐るドアの外からカレンに尋ねてくる。



「ありがとうございます。清潔な布とお湯はいくらでも欲しいので、用意してくださると助かります。

 ただ沢山の人が出入りすると埃が立つので、入り口に置いてください」



「わ、わかった」


「俺、自分の家からも持ってくるよ!」



カレンの的確な指示に、客たちは慌てて準備に走っていた。


床に落ちた血痕を雑巾で拭きながら、ラシッド店長も心配そうにこちらを見ている。


傷口を消毒し、医療用の針に糸を通し、血が滲む肌を塗っていく。


ひと針ひと針丁寧に進めていくが、血を多く失ったせいで部屋を温かくしても寒いらしく、青年はガタガタと震えており、手元が狂ってしまう。



「頑張ってね、お兄さん、ミア先生」



少年のミアが、二つのコップに注いだお水を、そっと入り口の床に置いてくれた。



「ありがとう、ルイくん」



カレンはみんなの優しさに微笑んだ。


温めた部屋の中、横になった重症の青年の胸を縫いながら、カレンは集中する。


自分の頰に汗が流れ、処置中の患者の体に落ちてしまいそうになった瞬間、側に寄り添っていたヴィンスがそっとカレンの頰の汗を横から拭った。



「助かります」


「……ああ」



黒いローブを被り黒いマスクをした『死神』は、真剣に処置を行うカレンをじっと見つめていた。


長らく時間がかかったが、大きく一文字に切られた肌を縫い終わり、糸を切る。


傷は塞がったのでこれ以上血を失うことはないだろうとほっと息をつくが、すぐに高熱と痣の処置をしなければいけないため、再び薬箱を開けるカレン。



「……たくねぇ……」



患者の青年の口から、掠れた声が聞こえた。

唇に耳を寄せカレンがその声を聞き取ろうとすると、



「死にたくねぇ……母ちゃん……死にたくねぇよ……」



と、恐怖に震えて何度も何度も呟いていた。


仰向けに目を閉じている彼の目尻には、涙が滲んでいる。


意識が無いながらも、死の恐怖と戦っているのだろう。



「大丈夫、私が必ず助けますから」



震える彼の手を握り締めると、弱々しい力で握り返してくれた。



彼の処置には数時間かかった。

夜は深まり、日付をまたぎ、体調が落ち着いたのはもう朝方に近い時間だった。


ふう、と大きく息をつき、カレンが薬箱を閉じると、真っ白な顔色で震えていた患者は、スースーと寝息を立てていた。


何とか峠は超えたようだ。



(よかった、私でも、救える命があって……)



そう安堵した瞬間、ふっと力が抜け、カレンは近くの壁にもたれかかってしまった。


何時間も飲まず食わずで集中していたからか、緊張の糸が切れてしまった。


夜通し処置したせいで急な睡魔に襲われ、瞼が重く下がってくる。


ぐらり、と体から力が抜けたと思たが、すぐにたくましい腕で支えられる。



「よくやった。君も、今はゆっくり眠るといい」



耳元で囁かれた低い声。


 瞼を閉じる瞬間の瞳に映ったのは、慈しみの目をした『死神』の姿だった。


力を使い果たし眠りにつくカレンの体を、ヴィンスが優しく抱き留めていたのだった。


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