28.深夜の来訪者
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宮廷での昼の業務を終え、陽が落ち暗くなってから、カレンは自室の窓からこっそり夜の街へと駆け出す。
ギルド『黒猫の足跡』はその日は繁盛していて、たくさんの来客で盛り上がっていた。
「はい、じゃあ今回の薬草回収の報酬だ」
カウンターの中のラシッド店長が、金貨の入った布袋を手渡す。
受け取ったのは、カレンが初めてギルドに来た日に治療した魔獣から毒を受けた傭兵だ。
「ありがとよ、でもやっぱ薬草集めじゃ金は稼げねぇなぁ。やっぱりガツンと魔獣退治で一発稼ぎたいぜ。なあ、闇医者先生」
ガタイのいい傭兵は、カレンの言った通り毒を受けた腕を酷使しないようにという忠告を守っているらしく、薬草集めなど簡易な依頼を受けているようだ。
「ちゃんと言いつけを守ってくださって助かります。あとひと月したら、剣を振るうのは大丈夫でしょう。ですが、木の伐採ぐらいにしてください」
「魔獣退治はまだ駄目かい? 俺のかかりつけ医さんは厳しいなぁ」
傭兵がそう言うと、仲の良いギルドの仲間たちもビールジョッキを掲げながら愉快に笑っていた。
まだ闇医者ミアとして夜ギルドに来るようになり日が浅いが、ここで少しずつ受け入れられていると感じ、カレンは素直に嬉しかった。
すると、カウンターでオレンジジュースを飲んでいた少年、ルイがカレンの前にとことこと歩いて来て、裾を引っ張ってきた。
「あのねミア先生、この前の男の子と女の子たちと仲良くなって、この前魚釣りの仕方を教えてあげたんだ!」
「へえ、そうなんだ。偉いね!」
「ふふふ、僕の方がお兄さんだったからね」
ルイは自慢げに鼻の下を指で擦りながら胸を張る。
この前人身売買から助けた子供達と、あの後も仲良くなって遊んでいるようで微笑ましい。
「『死神』のお兄ちゃんに教えてもらった餌をつけたら、今日もよく釣れたんだぁ!」
ルイはギルドの後ろの席で腕を組んで座っていた、『死神』ことヴィンスに元気に声をかける。
黒いローブに黒いマスクをし、項垂れて何か考え事をしていた彼が、その声に視線を上げる。
「そうか、よかったな」
「うん!」
無邪気に笑うルイの頭をポンポンと撫で、大人と子供とはいえ、二人の間に確固たる信頼関係があることが窺える。
そんな和やかな雰囲気を壊すような人物が、ギルドに現れた。
ギィ……と軋んだ音を立てて扉が開き、ズル、ズルと足を引き摺るような音が続いた。
「いらっしゃいまーー……」
ラシッド店長が来客に挨拶をしようとして、その声は途中で止まった。
若い男の客は、服はズタズタに破け、全身から血を流していたからだ。
「なっ……! 大丈夫かよアンタ!?」
一番最初に気がついたカウンターの中の店長がその姿に驚き声をあげると、店中の視線が彼に集まり、そしてみんな一斉に息を呑む。
「た、助けてくれ、頼む……死にたくない……」
途切れ途切れそう言って、男はテーブルに手をつくと、力なく膝から床へと崩れ落ちた。赤い血がゆっくりと広がっていく。
どうやら、重症のまま気を失う直前まで、灯りを頼りに必死にギルドまで体を引きずって歩いて来たらしい。
「大変……!」
カレンは慌てて立ち上がって駆け寄り、力無く倒れている男の手を取り、咄嗟に脈を測る。
「見ない顔だな、暗黒街の奴じゃない。隣町か?」
「王都の身なりじゃないだろ。魔獣にやられた旅人かもな」
テーブルで飲んでいるギルドの客が、遠巻きに見ながら口々に告げる。
脈はまだあるが、かなり弱い。瀕死の重症で、事態は一刻を争うとカレンは判断した。
(落ち着け、落ち着け。まずは傷口を消毒し縫合、体温が下がっているから温めて、解熱剤と解毒剤も必要。薬箱の中にあったかしら……!)
ぐるぐると頭の中で、これから医師としてやらなければいけないことが溢れ出てきて、思わず冷や汗が沸くカレン。
そんなカレンの肩を、優しく叩く人がいた。
振り返ると、黒いローブを着た夜の顔のヴィンス。
「俺にできることはあるか」
遠巻きに野次馬するわけでもなく、重症人を怖がって逃げるでもなく。
ヴィンスは冷静に、自分に役割があれば手を貸すと言ってくれた。
その優しさに、混乱していた頭が少し落ち着く。
カレンは深呼吸をして、素直に頼み事をする。
「ありがとうございます。まずは奥の広い部屋に寝かせたいです。運んでくれますか?」
「ああ、もちろんだ」
ヴィンスは頷くと、自分の服が汚れることも厭わず、血濡れの男を優しく担ぎ、ギルドの奥の部屋へと運んでくれた。
「ぐっ……ううっ……」
ヴィンスの肩に体重を預けた男は、一歩ごとに苦悶の息を吐く。
張り詰めた空気がギルド内に降り、客たちの視線が集まっている。




