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第5章  命の価値と、医者の使命  26.王妃からの施し

「本当、カレンの処方した薬はよく効くわ」


「ありがとうございます、王妃様」


 入り口を護衛の兵が守っている、強固かつ絢爛豪華な王妃様の自室に招かれたカレンは、薬箱の中から薬を手渡した。


ドレッサーに座って自分の顔を鏡で見ている王妃は、カレンから受け取ったクリームを顔に満遍なく塗っていく。



「うーん、この甘い香りと、肌に吸い付くような感触……たまらないわ」



顔に白いクリームを伸ばし、細い指で揉み込みながら、王妃は恍惚の表情を浮かべている。



「はい、西方で採れる蜂蜜を練り込んでおりますので、高密度かつ高保湿で、肌に良いと思いますよ」



蜂蜜自体が非常に高価で貴重なので、それを保存食や菓子ではなく、美肌用の材料として存分に使えるのも、宮廷の王妃様ならではの贅沢で特別なことなのである。


一度試しに使ってみたらお気に召したらしく、金に糸目はつけないから毎日使えるように処方して欲しいと言われた。


それ以降、カレンは仕事の合間を縫っては、蜂蜜を絶妙な分量で調合し美容クリームを作ることに勤しんでいた。



「これで皺が一本でも消えてくれれば最高よね。

 前の宮廷医は男性だったから、こういうことは相談できなかったし、若い女性になって良かった」



目尻の皺が気になるのか入念にクリームを叩き込みながら、王妃はうっとりと鏡で自分の顔を見ている。

そしてくるり、と後ろに待機していたカレンを振り返ると、



「これはご褒美よ。他の人には秘密にね」


と、金貨を数枚手の上に乗せてくれた。



「お、王妃様いけません、こんなにもらえません!」


「やあね、こんなお小遣い程度。

 あなたこそ、新しいバレッタの一つでも買いなさいな」


髪の毛をただ結っただけで、確かにカレンはなんのお洒落もしていない。


王妃様にとっては端金なのだろうが、超高級バレッタが買える値段だ。



「あの口うるさい宰相には、バレないようにね」



髪の毛を櫛で溶かし、綺麗に身支度をしながら王妃はカレンにウインクをしてきた。


皇族の規律や生活にも厳格さを求めるヴィンス宰相は、少し王妃にとっては口うるさい存在のようだ。



「あはは……それでは、お言葉に甘えて」



好意を無下にしない方がいいかと、カレンは金貨をポケットに入れて会釈をし、上機嫌な王妃の部屋を後にした。




 皇族や貴族の方々の体調管理、及び食事の栄養管理などが仕事の主流だが、今のように個人的に薬の配合の依頼をもらうことも多い。


 ニキビ用の薬が欲しいと泣きついてきたクロエ王女の母親なだけあり、王妃様も美意識はかなり高いようだ。


 カレンが廊下を歩いていると、会議室の扉が開いており、中からは会議の声が聞こえた。



(宮廷内の人なら誰でも傍聴できるように、定例会議の際は扉を開放しているのよね。どれどれ……)



 月に二度行われる宮廷の役職付きが集まる定例会議は、平等を期して内容は公開される。使用人や侍女も仕事の合間に見にきているらしく、通りかかったカレンもそっと廊下から会議の様子を覗いてみた。



「先日、王都の商会にて人身売買の依頼が出されており、王都の住人が暗黒街の子供を攫う事件が起こりました。

 幸いなことに犯人は何者かによって捕まり、子供も解放されましたが、そのような非人道的な取引がされているとのことで、より一層商会の検問を強化したいと思います」



 会議の中心で立ち、朗々と話しているのは、黒髪の若き宰相、ヴィンスだ。


 つい先日目の当たりにした、暗黒街の倉庫にて行われていた、罪なき子供達の取引。


 命に値段をつけるような、酷い行いは言語道断だと、強い口調で述べている。



「荒れ果てた街には、心の荒んだものが集うでしょう。今回の人身売買もその結果です。

 そこで、まずは暗黒街の屋敷を修復し、週に二回食事の炊き出しをする。

 職が無い者には、商会にて真っ当な仕事を与える。農家などに従事させれば、人材不足解消と自給率上昇の両方を担えるでしょう」



 ヴィンス宰相が挙げた公約に、会議室に集まった重役たちが一斉に顔を見合わせた。


 この若者はいったい何を言っているんだ、といった否定的な声や感情が、会議室の中に渦巻き、ざわめきが止まらない。


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