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25.なぜそんなに私のことを?

 その話は終わり、夜の石畳を歩き、二人の靴の音だけが響いている。


 もう少し歩けば、宮廷へ着く。


 無言のまま歩いていたが、カレンは意を決して、隣のヴィンスに話しかけた。



「……ずっと思っていたことがあるんですが」



 背の高いヴィンスが、なんだ、と言わんばかりに視線を下ろしてきた。



「何故、私に闇医者をやめるようにと、あの日脅したんですか?」



 頭痛がするからと部下越しに執務室に呼び、暗黒街での目撃情報があると壁際に追い込み責められたあの日。


 いつも穏やかな宰相の冷酷無慈悲な態度に、肝が冷えたのだった。



「私が闇医者として暗黒街に入り浸り、いつか『死神』と宰相が同一人物だと気がつき、あなたの身分を脅かすとでも思ったんですか?」



 カレンは唇を引き締め、はっきりと聞いた。


 秘密裏に動いている『夜の顔』がバレてはいけないという気持ちもあるだろうが。


 あんなにあからさまに、副業は禁止だとか、罪に問われるかもしれないから暗黒街に行くのはやめろと、キツく脅さなくても良かったじゃないか。


 いち宮廷医の私が、誉高き宰相の地位を脅かすような真似をすると思ったのだろうかと、悲しい気持ちになったのだ。



「だとしたら、そんなことをする奴だと思われたのかと、少しショックで……」



 ぽつり、と呟くと、思わず涙がじんわりと浮かんできた。情けないとカレンは自分の目をゴシゴシと擦る。


 ヴィンスはじっとカレンを見下ろし、とはっきりと答えた。



「違う」



 赤い目で見上げてきたカレンを目を合わせ、少し躊躇した後、口を開く。



「君が、暗黒街で危ない目に遭って欲しくなかっただけだ」


「えっ……?」



 思いもよらない言葉に、カレンは気の抜けた返事をしてしまう。


 フードの上から頭を掻きながら、ヴィンスは気まずそうにカレンから視線を逸らした。



「宮廷医として昼の仕事だけしていれば、命の危険は無いだろう。

 やり方は少々手荒かったが、あれしか方法がなかった」



 宰相という正体がバレるとか、自分の地位が脅かされるからではなく。


 純粋に、若い女性であるカレンの身を案じて、暗黒街に行かないよう諭したのだ、と。


『死神』の姿では顔の中で見えるのは目の周りだけだが、気まずそうに目を伏せる態度や、声色の感じから、嘘はついていないとカレンは分かった。



「まあ、すぐに俺の正体を見破って君と密約を結ぶ羽目になるとは、流石に思わなかったが」



 上司である宰相に忠告されれば、普通ならば素直に聞き入れるのだろう。


 しかしカレンは、自分の譲れない矜持の元、ヴィンスと密約を交わすように話を持っていった。


 そして、今二人で暗黒街の『死神』と『闇医者』として共闘しているに至る。


 ずっと聞きたかった疑問は解決したが、また新たな疑問がカレンの頭の中には浮かんでしまった。



「なんで、そんなに……」



(私のことを、大事にしてくれてるんですか?)



 そう続けようとして、しかしそれが自意識過剰な言葉だと気がつき、カレンは口を紡ぐ。



(本当に私の身の安全を心配していただけなら、なんて優しい人なんだろう)



 一見冷たくて、恐ろしいほど合理的な彼だが、驚くほど人間味があるじゃないか。


 そんな話をしていたらいつの間にか宮廷の目と鼻の先まで歩いて帰ってきていた。



「ついたよ。今はちょうど門番が交代の時間だ。

 裏門から静かに入るといい」


「ありがとうございます」



 危険な夜道の用心棒が代わりの『死神』が、そうカレンを促す。


 しかし、ヴィンスはふとカレンの顔を凝視すると、静かに一歩、近づいてきた。



「傷が」



 そう言うと、いつの間にか倉庫での乱闘騒ぎの際についたのか、カレンの頰の傷をそっと撫でた。


 ヴィンスの温かい指先が、夜風で冷えたカレンの頬に触れる。



「君は優しくて献身的だが、自分のことに関しては無頓着だな」



 傷ついた人にはすぐに駆け寄り癒すのに、自分の怪我は気が付かないカレンを揶揄うかのように。



「だから、目が離せない」



 月明かりを背に、顔をほとんど隠した『死神』は優しく目を細める。


 少し呆れているような、微笑ましく思っているような、そんな瞳は、月明かりに照らされほのかに紫色に輝いていた。


 カレンが息を呑み、どうしていいかわからず固まっていると、



「では、気をつけて」



 と後ろ手を振って、『死神』ことヴィンス宰相は颯爽と去って行ってしまった。



「あ、あなたはどこから宮廷に入るの?」



 ふと我に帰りカレンがその高い背に声をかけると、



「……秘密だ」



『死神』はそっと口の前で人差し指を添え、そのまま宮廷の裏へと消えていってしまった。


 宰相しか知らない抜け道や隠れ扉なのがあるのだろうか。


 その背を見送り、カレンは自分の心臓が高鳴っているのを感じた。



(ああもう、収まって、心臓の鼓動……!)



 触れられたせいで、たちまち熱くなってしまった自分の頰を押さえ、カレンは内心叫ぶ。


『密約』を結んだ不思議な相手は、どうやら一筋縄ではいかなそうだった。

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