20.人攫いの無法者
「前言撤回しよう、ミア。………来たぞ」
笑っていた顔からすっと表情を消し、真剣な眼差しになったヴィンスは、倉庫の陰に潜み顎で中の様子を差した。
こつこつ、と複数の靴音ががらんとした倉庫の中に響く。
扉の陰からこっそりと顔を出すと、中には成人男性が二人立っていた。
「少ないんじゃないか? これじゃ足りないと思うが」
「仕方ない、捕まえられたのがこれだけだったんだ」
何か話しているが、後ろを向いて立っているため顔は見えない。
しかし、彼らは革靴に上着を着ており、暗黒街の住人にしてはやけに身なりがいいな、とカレンは思った。
その足元を見て、ぎょっとする。
「ううっ……」
「助けてぇ……!」
なんと、男たちの足元には手足を縛られた幼い子供が三人、床に座り込んでいたのだ。
彼らの泣き声が、倉庫の壁に響いてカレンたちの方にも届く。
「――子供? ひ、ひどい……!」
「……暗黒街に住む貧しい子供をさらって、取引をするんだ。くだらん連中だろう」
カレンの非難の声に、ヴィンスが相槌を打つ。冷静沈着な彼も、さすがに許せないのか、語気に怒りを含んでいた。
「巻き込まれると危ないから、君はここに隠れていてくれ。諸々終わったら合図する」
そう言って、ヴィンスはそっと倉庫の中に歩いていく。
真っ黒な服は、闇に紛れ込むにはぴったりである。
「さあ行くぞ、泣いてないで立ち上がれ」
人攫いの男が、一人の男の子の腕を掴み、無理やり立たせようと引っ張った。
しかし、このまま言いなりになってばかりでは駄目だと思ったのか、少年はその男の腕に噛み付いた。
「痛っ……!」
子供とはいえ手加減なく噛みつかれ、男は叫び声を上げて思わず後ずさる。
「今だ、みんな逃げよう!」
噛み付いた少年が他の二人を立ち上がらせ、逃げようと促す。
しかし女の子がもたついてしまい、足を滑らせて再び転んでしまった。
「待て! このっ……!」
人攫いの男が、逃げようとする男の子を捕まえ、噛みつかれた腹いせに振り上げた拳を落とそうとした瞬間、
シュンッ!
何かが風を切る音がして、その次に人攫いの男の絶叫が聞こえた。
その腕に、ナイフが刺さっていたからだ。
「くっ……!? 誰だ!」
鮮血を床に滴らせながら、男が怒号を上げる。
子供相手に暴力を振るう前に、ヴィンスがナイフを的確に相手の腕に投げたのだ。
ゆらり、と物陰から視界に現れたまっ黒な男に、人攫いは息を呑む。
「お前たち、その身なりはこの街の者ではないな。
誰に命じられた、言え」
黒いローブから覗く、黒く冷徹な瞳に射抜かれ、ナイフの痛みに耐えながら反論する。
「だ、誰が言うものか……!」
頑なに口を割らない人攫いの一人が、腰から剣を抜いた。
「仕事の邪魔をするな!」
そう言って剣を振りかぶってきたので、ヴィンスは同じく腰に下げていた細剣で弾き返す。
キィン! と甲高い金属音が響き渡る。
鍔迫り合いをしてしばらく睨み合っていたが、ヴィンスはさっと身を引くと、軽やかな腕の動きで体勢を崩した男に向かって細剣を突き立てた。
「ぐあぁ!」
肩と腕を突き刺された男は、血を流しながら膝から崩れ落ちる。
「……急所は外した。
とどめを刺されたくなければ、黒幕を吐け」
ヴィンスはゆっくりと近づき、膝をついた男の首に、細剣の銀に輝く刃を押し当てる。
「ひぃ……! 本当に知らないんだ……!
商会に暗黒街の子供を攫って、使用人として高く売る、依頼が来ただけで……!」
商会、と言うのは暗黒街のギルドと似ているが、王都の中にあり農業や商売の依頼を仲介する場所だ。
方法は同じだが、ギルドと違うのは『国を通した合法か、非合法か』ということぐらい。
しかし、人攫いの依頼などが密かに出ているなら、王都の商会もなかなかに腐敗しているのだろう。
「依頼人とやりとりはしていないのか?」
「手紙で交わしただけだ、『暗黒街浄化』を唱えている奴だとは思うけど、それ以上は知らない……!」
肩の痛みに耐えている男は、観念して全て白状をしている。
胸ポケットから紙切れがはみ出ていたので、ヴィンスは静かに近づき、紙を引き抜くと、それは依頼主と交わした手紙のようだった。
中には金銭の契約が書かれているが、差出人名や住所は一切不明である。
「……ふん」
どうやら、これ以上脅しても本当に知らないのだろう。
手紙を自分の懐にしまい、つまらなそうに鼻で笑うと、ヴィンスは人攫い二人の首筋に素早く手刀を放ち、気絶させた。
ドサッ、と二人が冷たい床に崩れ落ちる音が響く。




