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17.共依存関係の密約

それは『死神』が、地面に転がる無法者たちを見つめる時の顔と同じく、冷たい表情だった。


しかしカレンは首を横に振り、交渉を続ける。



「いえ。私たちの暗黒街での目的は同じはずです。

 貧しい人、恵まれない人たちを救いたい。……違いますか?」



 ヴィンスもまた、自分と同じ目的――恵まれない人の救済という信念を持っているはずだと、カレンは食い下がる。


 そうじゃなければ、少年ルイが自立するために、魚釣りなど根気強く教えない。


 店主のラシッドを救って、片目だけの被害に抑えることはしない。

 

 自ら重傷を負ってまで、麻薬の運び屋を成敗などしないはずだ。


 カレンの言葉に、ヴィンスの冷血な瞳が微かに熱を帯び、興味深そうなものに変わる。



「私は、自分の医学の知識を生かして、一人でも多くの人を救いたいんです。

 どうか、闇医者の件は黙っていてくれませんか。私も、宰相の夜の顔のことは誰にも言いません」



 それは、カレンの心からの願いだった。

 まだ暗黒街には救うべき人がたくさんいる。


 絢爛豪華で平和な宮廷で、ニキビの薬や皺取りの薬を作っているだけでは、自分の慈恵の心は満たされない、と。



「あなたも、今までたった一人で戦ってきたんでしょう?」



 今なら、ヴィンス宰相も自分と同じ気持ちだったのだということがわかる。


 宰相として昼は宮廷や国のために法を整備し、夜は『死神』として、直接悪を成敗する。


 それがどれだけ大変で、どれだけ尊いことなのか、今のカレンには心から理解ができた。


 二人は静かに向かい合い、お互いの気持ちを探り合い黙っていたが、しばらくしてヴィンスが、ふう、とため息をついた。


 カレンの覚悟を感じ、素直に頷く。



「……大人しく暗黒街への出入りをやめて宮廷医として過ごすかと思ったが。

 俺の正体を突き止めて、脅す訳でもなく交渉するなんてね……俺は君を侮っていたようだ」



 やれやれ、という様子で肩をすくめると、彼は右手に持っていた書類を折りたたむ。


 そして、自分で作成したのであろう、『暗黒街にて宮廷医カレン・フォーニエの目撃情報有り』と書かれたその紙を、ビリビリに破り捨てた。


 紙の破片が宙を舞い、ヴィンスは丸めたそれをくず入れに投げ入れる。



「いいだろう。君の医療の腕は役立つ。

 昼は俺の宮廷の忠実な部下として。

 夜は、暗黒街の死神と闇医者として、共に助け合おうじゃないか」


 そう言って、ヴィンスは左腕の袖をまくった。

 特徴的な手の甲の血管と、袖の下に隠されていた、包帯で巻かれた傷だらけの腕。


 自分はこの前、君が治療した『死神』で正解だと、答えを示すかのように。


「平民出身の俺が宰相の地位にいることを面白く持っていない者も、この宮廷には多い。

 少しでも悪い噂がたてば、ここぞとばかりに引き摺り下ろされるのも想像に容易い。

 君の口止めをしておかないといけないな」


 そして共闘を結ぶように、その左手を握手をしようとカレンの前に差し出してくる。


 カレンは戸惑いながらも頷き、彼の手を握り返し、握手をした。


 ――その瞬間、彼は強い力でカレンを自分の胸へと引き寄せた。



「お互いの夜の顔については、一切他言無用だ」



 そして宰相の服を着たヴィンスは、『死神』の皮肉屋な声で、そっとカレンの耳元で囁く。



「……このことは、誰にも言ってはいけないよ」



 自分の口元に人差し指を添え、不敵に微笑みながら。


 長い睫毛に、すっと通った鼻筋。

 涼やかな目は、紫色に光っている。



 それは、宮廷医と宰相、闇医者と『死神』の間で、秘密裏に交わされた約束。



「……もちろんです。私も、宮廷医も闇医者も、辞める気はありませんから」



 夜の窓から外へと飛び出したあの日から、とっくに覚悟は決まっている。



「交渉成立だ。カレン先生。そして……ミア、これからよろしく頼むよ」



 眉毛を下げて薄く目を細めて、困ったような笑顔でヴィンスはカレンに笑いかけてきた。


 きっと、本当はこの喋り方でこの表情が、彼の素の姿なのだろう。




 そうして『お互いの夜の顔については、一切他言無用』という、二人だけの密約が交わされた。



 それは、破った場合はどちらも破滅する、綱渡りの共依存関係の始まりだった。


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