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16.俺に交渉しようと?

「それだけじゃありません。左手の甲に、特徴的な太い血管がありますね。

 人差し指と薬指の付け根から伸びて、一つに繋がっている」



確信を得た、一番の理由だ。



「指紋と同じく、血管の形は一人一人みんな違います。私は医師です、特徴的な血管の形を見間違えることはありません。

 怪我をした『死神』の治療をした時に見た彼の血管と、ヴィンス宰相の手のものは、全く同じです」



処置をしたのも一昨日の夜だ、見間違うはずがない。

カレンは強い気持ちで、宰相に言い放つ。



「ヴィンス宰相。あなたこそ、暗黒街を救う『死神』なんでしょう?」



身長差のせいで見上げる形になるカレンが、はっきりと問う。


ヴィンスはその問いにはすぐには答えず、ゆっくりと手を挙げると、自分の左腕の甲をまじまじと見つめ出した。


自分の血管の形や太さなど、生まれてこの方、気にしたこともなかったとでも言うように。


カレンは唇を噛み締めながら、まだ反論が来るかと固唾を飲んでいた。


しかし、そこで初めて、



「はははっ!」



ヴィンス宰相は急に破顔し、声を上げて笑った。


くっくっく、と肩を揺らし、いつもの穏やかで上品な微笑みではなく、おかしくてたまらないとでもいうような、無邪気な笑い方だった。


カレンはそんなヴィンスの姿を見るのは初めてだったので、思わず面食らう。


ひとしきり腹を抱えて笑った後、静かにヴィンスが姿勢を正す。



「………参ったな。声色も口調も変えて顔も隠していたが、なるほど、血管の形か」



特徴的な血管を見せつけながら、おかしくてたまらないと、笑みが湧き上がってくる口元を隠すように押さえている。


顔の下半分を覆われ、目だけがあらわになっているその顔は、まさにローブとマスクで顔を覆い、目だけしか見えない『死神』と同じ顔だと思った。



(やっぱり、彼とヴィンス宰相は、同一人物……!)



カレンの直感と、その後の状況証拠で、たどり着いた真実だった。



「さすがだよ、カレン先生。

 いや、『ミア』だったかな?」



皮肉げに眉毛を下げながら笑うヴィンスは、ギルド内だけで告げたミアという、カレンの偽名を口にする。


いつもの敬語ではなく、砕けた話し方。


 宰相としての、硬い仮面が剥がれた瞬間だった。


ヴィンスはその端正な顔をカレンに近づけ、そっと囁く。



「……俺の秘密を知ったからには、ますます君を放っておくわけにはいかないな」



 髪を掻き上げ、面白そうに笑うヴィンスに、身構えるカレン。


今までは自分の事を私、相手をあなた、と丁寧に呼んでいたのに。俺、君、と雑に話している。


物騒な彼の物言いは、秘密を知られたからには逃がすことはできないという、脅しも含んでいそうだった。


(まずい。私が暗黒街に出入りしているのを許してもらおうと思って、正体を突き止めたけど、逆効果だったかしら……!?)


大人しく、もうギルドには行かないと誓うだけで良かったか。


いや、やはり暗黒街で闇医者をして人々を救うのは自分の望みだし、今後も続けたいという意思がある。


 カレンは急に態度がフランクになったヴィンスに戸惑いながらも、自分の立場のために、もう一押しをする。


「わ、私以上に、宰相であるあなたがギルドに出入りしているのが世間にばれた方が、まずいんではないですか?」


震えながらも、カレンは彼の『夜の活動』を指摘する。


レザンヌ王国の政治の核を担う彼が、実は夜な夜な暗黒街で活躍していたなんて方が、ぽっと出の宮廷医のカレンより、とんでもないスキャンダルになるだろう。


ヴィンスはすっと表情を消し、冷たい目でカレンを見つめてきた。



「……面白いな。宰相の俺に、交渉しようと?」



 他国との外交の第一線を担っている宰相に対して、交渉を切り出してくるのは、なかなか肝が据わっているか、無謀だとでも言うように。


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