15.三つの証拠
(でも、なぜ? 宮廷で慕われて地位の高いヴィンス宰相が、わざわざ暗黒街に……)
浮かんだ仮説は、にわかには信じがたい。
振り返ったのに何も喋らず、黙り込んでいるカレンを訝しげに思ったのか、
「……何か、言うことは?」
と、ヴィンス宰相がカレンの言葉を促した。
逆光で見えなかったヴィンス宰相の顔が、ふと窓から差し込んだ光で照らされた。
扉の前で足止めをされ、至近距離で見上げた彼のその黒い瞳は――陽の光に照らされると、微かに紫色に輝いたのだ。
宝石のアメジストのように、美しい瞳の色。
カレンは確信した。
三つの状況証拠が、ヴィンス宰相があの『死神』と同一人物なのだと、証明している。
「さあカレン先生。もう宮廷から夜抜け出してギルドには行かないと、私に誓ってくださいますか?」
ヴィンス宰相の黒い髪が揺れ、侍女たちから人気の端正な顔は恐ろしく冷たい。
カレンは覚悟を決めて、唇を開いた。
「確かに、私は宮廷を抜け出して数回、暗黒街のギルドで怪我人を処置いたしました。
それは規則を破る軽率な行為だったと思います。申し訳ございません」
事実を認め、素直に謝罪する。
「ですが――ヴィンス宰相も、暗黒街を出入りしているじゃないですか?」
カレンの言葉に、ほんの少しだけ目を見開き、驚くヴィンス。
「……私が、ですか?」
しらばっくれているのか、扉についていた腕を下ろし、まっすぐにカレンを見つめるヴィンス。
「はい、私が会った暗黒街の義勇兵、『死神』と、あなたは同じ人だと思います」
言ってしまった。
放った言葉はもう戻せない。
カレンは唾を飲み込みながら、相手の出方を伺う。
しかし、相手も法務学校主席卒業の特別賢い人だ。
一切動揺など表情に出さず、淡々と問い返す。
「……『死神』という存在は、私の耳にも入ってます。しかしその者と私が、なぜ同一人物だと?」
王都の治安の維持や無法者の処罰も仕事の内である宰相は、『死神』という存在は知っているのだろう。
「怪我をしていた『死神』の治療をした時、彼の髪から高価な香油の香りがしました。
ヴィンス宰相がつけているものと、同じだと思います」
カレンは、人差し指を立てて一つ目の理由だと告げる。
「そして、ぱっと見は黒い瞳ですが、光が当たると紫に色になる、珍しい瞳……それが二人の共通点です」
じっくり覗き込まないと微かな色の変化などわからないが、『死神』は腕を縫っている時に、そしてヴィンス宰相は、壁際で問い詰められている今、その瞳の色が分かった。
二つ指を立てて理由を告げるカレンに、長いまつ毛を伏せてため息交じりに口を開くヴィンス。
「香油など、どこでも手に入るものです。
金さえあれば暗黒街の者でも買えましょう。
この瞳の色は確かに珍しいですが、同一人物だとまで断定はできないですよ」
ヴィンスは冷静に反論する。
確かに、暗黒街の者でも店に行けば香油は買える。
瞳の色が似ているのも、たまたまかもしれない。
暗黒街の者と同類など、心外だと言わんばかりに、ヴィンス宰相は肩をすくめて否定する。
しかし、カレンは三本目の指を立てた。




