14、2人は同一人物?
「――先日、あなたが暗黒街のギルドにいたという報告が上がっています」
背中越しに話しかけられ、目の前の書類を強制的に読まされているカレンの鼓膜を、宰相の低い声が揺らす。
『金髪を高く結い、翡翠色の目、医師免許を携帯している』
『偽名としてギルドでは「ミア」と名乗っている』
『薬箱を携帯し、宮廷医の予算で購入した薬や包帯を怪我人に使用』
などと、図星の内容が羅列されている。
まずい、とか、バレた、という焦りがぐるぐると頭の中を支配し、カレンは二の句が継げない。
(誰かが通報した……? でも私が宮廷医なんてギルドの人たちには分からないはず。
どこかに内通者が……?)
冷や汗が頬を流れるのを感じる。あまりの窮地に目の前のドアノブを開けて部屋から飛び出したい衝動に駆られるが、背後の宰相はきっと逃してはくれないだろう。
「宮廷医の身分を隠し、許可なく暗黒街へと出入りをする。……それが世間に露見すれば、あなたの輝かしい宮廷医としての経歴は終わりだ。
それどころか、不法侵入と国家公務員法違反で免職、最悪の場合は投獄も免れないでしょう」
淡々と、カレンの罪を列挙していく。その冷酷さが、逆にカレンには恐ろしい。
ドクン、ドクン、とカレンの心臓が恐怖に呼応する。
職を失うどころか、犯罪者になってしまうかもしれないという宰相から突きつけられた現実に、目の前が真っ白になりそうだった。
本当に困っている怪我人や病人を救いたい。そこに貧富や身分の差は関係ない。
そんな医師としての尊い信念が、誰かからの目撃情報にて、簡単に打ち破られようとしている。
(ラシッド店長や怪我を治した傭兵さんが、気づいたとしても宮廷にわざわざ私を通報するメリットはない。ルイくんは子供だし……私を通報した人………まさか、『死神』が……?)
黒いローブとマスクをつけ、冷たい瞳をしていた、不気味な男の姿が頭をよぎる。
「由緒正しき宮廷医がこんなことをしているなど、宮廷の信用問題にも関わります」
仕事ができるヴィンス宰相は淡々と目の前の問題児を言葉で締め上げる。
息を潜めて書類を見つめているカレンに、そっと語りかけた。
「この情報は、まだ私の耳にしか入っておりません。カレン先生、今後一切ギルドへと出入りするのは辞めると、今私の前で誓ってください。そうすれば、この件は不問としましょう」
それはヴィンス宰相からの譲歩だった。
「……あなたは優秀な医師だ。
そんな人を無碍に追い出すのは、私としても本意ではありませんからね」
そして、カレンの普段の行いが良いことによる最大の恩赦でもあった。
ギルドへもう行かないのならば、罪はなかったことにしてくれると言うヴィンス。
(確かに、宮廷医しての身分を捨てる事は……できない……)
宮廷をクビになれば、没落貴族として貧しい生活を送る両親への仕送りもできない。
もし前科までついてしまえば、医師免許の剥奪さえもあり得る。必死に勉強した努力が水の泡だ。
宰相は、約束を破るような人ではないだろう。
誠意を見せ反省すれば、本当に許してくれるはずだ。
頭の中にはギルドの人たちの優しい笑顔が浮かぶが、背に腹は変えられないと、カレンは彼に従おうと意を決して口を開く。
しかし――ふとその瞬間、彼が扉に手をついている、その左手の甲が目に入った。
男らしい大きい手のひら。
そこには、人差し指と薬指の付け根から二つ伸びた太い血管が、手首で合流している。
そして手首は服の袖で隠れているが、微かに、古い傷跡がはみ出して見えた。
その形の血管は、つい最近見たことがある。
採血がしやすそうだ、なんて呑気に思った、麻薬の運び屋にナイフで切りつけられて怪我をした、黒いローブを着た男の手。
(『死神』と、同じ血管と、傷……!)
自分の頭の中に浮かんだ仮説に驚き、慌てて背後を振り返る。
その時の巻き上がった風で、ふわりと甘い香りがした。
(――髪につける、香油の香り)
カレンの頭の中で、一つの仮説が色づき始める。
(まさか、本当に、ヴィンス宰相と『死神』が同一人物……?)
だとしたら、通報者ではなくヴィンス宰相本人が、闇医者ミアを発見した本人となる。
誰にも言う事なく、直接カレンに忠告を下してきたのだろうか。




