13.宰相と2人きり
「カレン先生、失礼します」
そんな楽しい女子ランチ会に、眼鏡をかけた臣下の青年が話しかけてきた。
「お食事が終わりましたら、ヴィンス宰相の執務室に行ってくださいませんか」
「は、はい。何かあったのでしょうか」
噂をすればなんとやら。
話しかけてきたのはヴィンス宰相の右腕の側近だった。
「宰相は連日の激務で少し頭痛がするらしく。
先生に痛み止めの処方をお願いしたいとのことです」
「承知しました。もう食べ終わりますので、すぐに向かいますね」
カレンがそう答えると、ぺこりと会釈をして側近の青年。
「それと、個人的なことなので看護師の方は連れずお一人で来て欲しい、とのことでした」
去り際にそう付け足すので、
「……? はい、わかりました」
なぜ単身なのかわからないが、カレンは言われるがままに頷き、最後のパンのかけらを口に入れ、飲み込むと立ち上がった。
***
ヴィンス宰相の執務室は、その地位の高さから廊下の奥の広い部屋を与えられている。
政治の実務を担当して者ならば頻繁に訪れるだろうが、宮廷医のカレンがくることはほぼ無い。
深呼吸をし、扉をコンコン、とノックする。
「中におります、どうぞお入りください」
室内からヴィンス宰相の声がかかった。
「失礼いたします。宮廷医のカレンが参りました」
カレンは挨拶をしながら静かに入室し、扉を閉めて一礼をした。
「ああ、カレン先生。私の部下から聞きましたか。
お忙しいところわざわざ申し訳ありません」
ヴィンス宰相は奥の執務机の前に座り、何か難しそうな書類に万年筆で記入しているところだった。
カレンの姿に気がつくと、ペンを置いて急に呼び出したことを謝罪する。
「いえ、頭が痛いとのことですが、大丈夫でしょうか……?」
薬箱を手に持ったカレンが机の前に近づき、ヴィンス宰相の顔色を見る。
彼は元々色白だが、今日はさらに青白く見える。
目も少し充血していて、体調万全には見えない。
「はは、そんな大げさなものでは無いのですが、いつもの片頭痛です。
舞踏会の準備や撤収で、少々最近寝不足だったもので」
ヴィンス宰相は情けなそうに頰を掻きながら、眉毛を下げて微笑んだ。
確かに、昨日行われた舞踏会の招待状や食事の手配、貴族たちへの施しの準備などの裏方は、ヴィンス宰相がほとんど行っていたはずだ。
年に数回のことで、社交界には必要な行事とはいえ、大量の事務仕事を回すのは骨が折れたことだろう。
カレンは薬箱を開き、様々な色の粉薬の中から、目当てのものを取り出しそっと手渡した。
「このお薬をお飲みください。温かい白湯で飲めば、痛みが和らぐはずです。
一回飲んだ後は、半日開けてくださいね」
ドクダミとアザミを擦った粉薬は痛み止めとして一般的によく処方され、即効性があるが、依存性がない安全な薬だ。
「ありがとうございます。
では早速食後に飲みましょう」
ヴィンス宰相はカレンから粉薬を受け取ると、感謝を告げる。
「はい、お大事にお過ごしください。
それでは、失礼いたします」
多忙なヴィンス宰相は休みを取ることはせずに、薬を飲んで執務を続けるのだろう。
邪魔をしないようにと、カレンは恭しく礼をすると、薬箱を持って踵を返した。
宰相の執務室の扉から出ようと、ドアノブに手を伸ばす。
しかしその時、
「――カレン先生、まだお話があります」
後ろから、引き止める声がかかった。
「はい?」
カレンは振り返ろうと思ったが、振り返れなかった。
いつの間にか、音もなく静かに忍び寄り背後にいたヴィンス宰相が、背中からカレンを囲い込むように立っていたから。
カレンの目の前には、今まさに開けようとしていた部屋の扉。
そしてその背後に立ち、左手をドアにつけ、身長差があるためカレンの後頭部を見下ろしてくる、ヴィンス宰相。
逃げ場がないよう、壁際に追い詰められてしまった。
「な、なんですか……!?」
肩越しに振り返ると、逆光で表情が見えないが、ヴィンス宰相が無言で立ちふさがっていた。
カレンを背後から囲んだまま、右手で書類を取り出し、眼前にかざす。
「カレン先生、こちらの書類をお読みください」
先程までの優しさはどこへやら。温度を感じない、氷点下の声。
カレンが、ヴィンス宰相が指でつまんでいるその書類の文面に目を通すと、そこには、
『暗黒街にて宮廷医カレン・フォーニエの目撃情報有り』
と大きな文字で記載してあった。




