第3章 交わされた二人だけの密約 12.ヴィンス宰相は不思議な人
ヴィンス宰相は不思議な人だ。
平民出身で法務学校を首席で卒業、最初は宮廷に何人もいる王の側近の一人だったのだが、貴族だらけの世界で自分の身分もおくびにも恥じず、宮廷の旧体制を糾弾し、改革し、それに成功していった稀有な男。
最初は内部からの反発が酷かったようだが、交流の無い閉ざされた国との外交に成功し、以前より小麦の輸入量が格段に増え、市場にパンが出回り飢える人が減ったこと。
そして守衛隊の人数増加及び城壁の強化により、王都の町の治安をよくしたこと。
身分に関係なく、優秀な若者は特待生として各学園に入学可能、卒業後の就職の斡旋も補助したことで、貴族の子供ばかりだった宮廷内も知識と実務を積み将来有望なも人材が増えたのだ。
カレンが医学学校に入学した時、特待生はほんの一握りで卒業までとても苦労したので、今の学生たちは羨ましい限りである。
宮廷入りしてたった三年でたくさんの功績を上げたヴィンスは、最初皇帝よりもっと上の役職を授けられる予定だったようだが、
「私には、もったいないほどの名誉。
お気持ちだけで結構です」
と断り、現場の指示ができる宰相の座に甘んじているらしい。
よく言えば謙虚、悪く言えば自分に自信が無いのか。
真剣なまなざしで、このレザンヌ王国に住む人々の生活をより良くするための法律の制定や調整に日々奔走しているが、たまに空虚な、遠い目をしている時もある。
華やかで豪華な宮廷で働きつつ、その中で生活する自分の信念や理想が乖離しているのだろうか。
今の、宮廷医として過ごす昼のカレンのように。
宮廷の食堂にて昼食を食べながら、カレンはヴィンス宰相のことを考えていた。
昨日尚書室で会って以来、どうも宰相と『死神』が似ている、なんて絵空事が頭に浮かんでしまっていたから。
スープにパンをつけて口に運びながら、もやもやとした気持ちが未だに晴れない。
「昨日の舞踏会、見ているだけでも楽しかったわ」
「美しい音楽に、踊る貴族の方々……ロマンティックだったね」
食堂は、昨夜宮廷の大広間で大々的に行われた、舞踏会の話で持ち切りだ。
看護師や侍女たちは、配膳などの手伝いで参加したようだが、貴族たちの優雅な社交場は実に非日常的で、思い返してはうっとりしている。
(そういえばクロエ王女も、ニキビが治ってお目当てのご子息と踊れたって喜んでたな)
数日前にニキビができて泣きついてきたクロエ王女も、無事肌荒れが治り楽しめたらしく、朝の回診の時やけに上機嫌だった。
「お父様に、カレンに褒美をあげるよう伝えておくわ!」
と、よほど肌荒れの軟膏を貰えて助かったのか、最高権力者である皇帝に一言添えてくれるとまで言ってくれた。
(お給料上がると良いな。
でも、こっそり外出と副業をしているのがばれたら怖いから、今のままでいいか)
宮廷医という役職付きのカレンは、立候補すれば舞踏会への参加もできるのだが、没落貴族の生まれのため社交界には縁がなく、ダンスの作法については不勉強なので興味はあまりなかった。
どっちにしろ、宮廷に夜遅くまで多くの人が出入りするため、守衛隊の警備も堅く、いつものように窓から出て暗黒街に向かうのも難しそうだったし、昨日は日ごろの疲れを取るため、かすかに聞こえる宮廷楽団のヴァイオリンの音色を子守唄に早めに寝たのだ。
「ヴィンス宰相も結局顔出されなかったわよね」
「ほんと、タキシード姿を見たかったな」
ここでも美形なため人気のヴィンス宰相の噂話だ。
確かにいつも執務服に身を包んでいるため、フォーマルなタキシード姿などは想像できない。
「知識職は頭を使うからか線が細い方が多いけれど、ヴィンス宰相は肩幅広く意外とたくましくあられるから……きっとタキシードもかっこよかったでしょうに」
声をひそめて、きゃー! と恥ずかしそうに悶える看護師と侍女たち。
「やだ、あなたそんなところまで見てるなんて!
カレン先生からも何か言ってください!」
「そ、そうね……昔運動していたのかしらね」
恋愛目線で宰相のことを見ている部下を叱ってくださいという申し出に、思わずトンチンカンなことを言ってしまうカレン。
確かに、宰相は事務職の割にはよく見ると背も高く、体格がいいかもしれない。
知的で冷静な性格と、たくましい体のギャップが、より一層女性人気を高めているのだろうか。




