第20話 デート②
馬車に揺られること1時間。私たちは目的地であるテルシア牧場に辿り着いた。少し標高の高い場所に位置するテルシア高原にある牧場だから、テルシア牧場という名前らしい。
あの後、私は何とか話題を逸らし、他愛もない話で間を繋げた。これ以上赤くなっては、心臓が持たないと判断したためだ。
私たちはゲートを通り、アミューズメント施設の敷地に入場した。入口のところに大きな地図の看板があるため、それを2人で眺める。
「さてと、どう回りましょう。」
「俺は何か手作り体験教室をしてみたい。こういう機会でもないと、できないことばかりだからな。」
「私もそれに賛成です!それに、申し込みをしないといけないでしょうし、最初に向かいましょう。」
最初に行く場所は、満場一致で手作り体験エリアに決まった。時間的にはその次にちょっと早めのお昼ごはん、動物触れ合いコーナー、お花畑の観覧という順番で行くことになった。
◇◇◇
手作り体験エリアは、施設内の西の方角にあった。私とイヴァンは体験教室一覧を眺め、どれにするか決めあぐねている。
「ハーバリウム作り、陶芸、植物を使った工作、野菜の収穫体験なんてものもありますね。」
「食べ物も捨てがたいな。パンとピザとクッキーを作れるらしいぞ。乳しぼり体験からのバターやチーズも作れるらしいが…」
「私たちには慣れ親しすぎますね。」
「だな、どうする?」
私はイヴァンの様子を見て決めようかと思ったけど、ここは少し我儘になってもいいだろうか。
「私はパン作りがしたいです!」
「そうか、よし!じゃあ申し込んでこよう!」
そう言うと、イヴァンはパンの手作り体験ができる建物を目指して歩き始めた。私はその背中を追うように歩く。彼の後ろ姿を見て、足が長くて歩幅の大きいはずのイヴァンが、私に合わせて小さく歩いてくれているのが分かって少し嬉しかった。
◇◇◇
「予約取れたぞ。30分後に開始だから、あまり遠くにはいかないようにとのことだ。」
「そうですか。では、手作り体験エリア周辺をぐるっと見て回るくらいにしましょう。」
イヴァンは慣れたように手続きを済ませ、私の元に戻ってきた。
「イヴァンはここに何度も来たことあるんですか?」
「ああ、昔祖母が生きている時に家族でな。祖母はブランディ牧場で育った人だから、こういう場所が好きだと言っていた。」
そういえば、イヴァンの母方の祖母とブランディ牧場3姉弟の父方の祖父は、姉弟なんだっけ。つまり、イヴァンとブランディ3姉弟ははとこ同士ということか。ブランディ牧場は特別な家柄ではないはずだから、イヴァンの祖父である先代の国王は身分違いによる結婚なのではないだろうか。
ラルヴァクナ王国では、王族による一夫多妻のみ認められている。そのため、妻の1人くらいは平民でも大丈夫、みたいな感覚があるのだろうか。私には想像できないほど違う世界の話である。
「アメリア、あっちに行ってみよう。陶芸の展示もあるらしい!」
「分かりました、行きましょう。」
私はイヴァンの隣に並び、そっと彼の指先を握ってみた。手を繋ぐ勇気はなかったため、人差し指の第二関節までを握る。イヴァンは私から手に触れたことにびっくりしていたけど、何も言わず微笑みながらそのままでいてくれた。
◇◇◇
私たちは陶芸教室の小屋の作品を眺めたり、遠くの牧草地にいる羊の群れを眺めたりしながら時間を潰した。イヴァンと過ごす2人きりの時間は心地が良く、話が尽きない。聖獣舎のこと、ブランディ牧場のこと、公務のことなど身の回りの出来事を始め、この牧場の話題もあちこちに散らばっている。
そんなことをしている間に、あっという間にパン作り教室の時間になった。
「こんにちは。パン作り教室へのご参加、ありがとうございます!わたくし、指導役のオカーニャと申します。よろしくお願いします!」
オカーニャさんの声に合わせて、あちこちから挨拶の声があがる。家族連ればかりだと思っていたけど、意外とカップルも参加しているらしい。私たちは目立つことなく、参加者に紛れている。…いや、イヴァンは一部の参加者にチラチラ見られている。彼だけは正体がバレているかもしれない。
子供も気軽に参加できるパン作りを謳っているため、作業台には既に数種類のパン生地が用意されている。おそらく、これを形にしていくのだろう。
ちらっと横のイヴァンを見てみると、パン生地とオカーニャさんの方を交互に見ながら子供のように目を輝かせている。そんな様子が可笑しくも可愛くもあり、私はバレないように小さく笑った。
「パン生地の仕込みは既に済ませてあります。机の上にあるのは、何も混ぜていないノーマルの生地、人参を練りこんだオレンジの生地、葉野菜を練りこんだ緑の生地です!」
周りからは、『人参嫌い!』とか『俺全部食べれる!』といった子供たちの歓声があがっている。私はそれを微笑ましく感じながら、オカーニャさんの話の続きを聞く。
「ウサギの形、クマの形、などなど。生地を組み合わせてもよし、好きな形のパンを作ってください!」
使い捨ての紙エプロンが配られ、各々が着用し作業を開始する。その時、イヴァンを見つめている女の子の姿が見えた。イヴァンもそれに気が付き、女の子に微笑みながら小さくこんにちはと挨拶をする。女の子は話しかけられたことにびっくりしたのか、近くにいた母親の背中に隠れてしまった。
「あはは…すみません、この子ったら人見知りで。格好良いお兄さんに話しかけられて、照れてしまったみたいです。」
女の子のお母さんが申し訳なさそうにイヴァンに話しかける。イヴァンは『こちらこそいきなり話しかけてすみません』と謝り返している。
「この子、イヴァン王子に似ていて格好良いって言っていたんですよ。イヴァン王子のファンで。」
「ママ、言っちゃダメ…!」
女の子は恥ずかしそうにしながら、お母さんの服の背中を引っ張っている。
「ははは!ありがとう。イヴァン王子に似ているなんて、光栄ですね。」
イヴァンはこういう状況にも慣れているのか、いつもの様子を崩すことなく対応した。私は少し正体がバレたのかもと危惧していたけど、あえて本人がイヴァンの名前を出すことで、別人であると認識をさせるテクニックなのかもしれないと1人感心をする。
「さて、何の形で作りましょうかね。」
「俺はもう決めている。ポチみたいなパンを作る。」
意外な名前が出てきて、私は思わず聞き返す。
「ポチ?天狼のポチですか?」
「ああ、耳と顔と、首周りのふさふさの毛を表現する。お前は?」
「私?私はそうですね…じゃあ、天竜のグレグビーを。」
「…難しくないか?」
「…やっぱり?じゃあ、ぶち猫のシフで。」
私は緑のパン生地とノーマルなパン生地を取り、形を整えていく。ノーマルな生地で丸を作り、その上に上手く耳と八割れ部分を作っていく。トッピング用に用意されていた木の実やチョコレートのペンを使い、猫のシフを完成させていく。
イヴァンも順調に形を作り、天狼のポチを完成させた。本人はすごく満足気で、目を輝かせながら私に完成したポチを見せてくれた。私はそんな様子のイヴァンが、堪らなく愛おしく感じた気がした。




